2023-05-08 早稲田大学
発表内容の概要
東京都健康長寿医療センター研究所の石神 昭人(いしがみ あきひと)副所長らは、早稲田大学の近藤 嘉高(こんどう よしたか)講師ら、株式会社ニチレイフーズの青木 仁史(あおき ひとし)研究開発部付部長、東京大学の高橋 伸一郎(たかはし しんいちろう)教授らと共同で、高齢期にむけた健康の維持にとって最適な食事のタンパク質比率は、25〜35%であることを明らかにしました。この研究成果は、食事のタンパク質バランスによる健康維持や健康長寿に大きく貢献するものと期待されます。本研究成果は、2023年4月28日(金)にGeroScienceの電子版に掲載されました。
研究目的
昔から長生きの秘訣のひとつに、バランスの良い食事があげられます。農林水産省の令和3年度食料需給表(概算)によると、日本における1人・1日あたり供給熱量は2271 kcal、熱量比率の内訳はタンパク質が13.8%、脂質が32.5%、炭水化物が53.7%です。では、健康長寿に最適な食事の三大栄養素(タンパク質、脂質、炭水化物)バランスは、いくつなのでしょうか。最近、マウスに成長期から一生涯にわたり低タンパク質・低脂質・高炭水化物の食餌を与えて飼育すると、寿命が延びることがわかってきました。一方、高齢者においては低栄養によるサルコペニアやフレイルの高リスクが問題となっており、その予防あるいは改善するためにも、充分な量のタンパク質を摂取することが推奨されています。したがって、健康長寿に最適な三大栄養素バランスは、成長期、若齢期、中齢期、高齢期といった各ライフステージで異なると考えられます。本研究では、日本における高齢期にむけた健康維持や健康長寿に理想的なタンパク質比率を明らかにすることを目的に実験を行いました。
研究成果の概要
本研究では、若齢(6月齢)と中齢(16月齢)の雄マウスにタンパク質比率の異なる食餌(カロリー比率5%(P5群), 15%(P15群), 25%(P25群), 35%(P35群), 45%(P45群))を与えて2ヶ月間飼育し、タンパク質比率や月齢が異なると健康にどのような影響があるかを詳しく調べました。各食餌のカロリーを4.2 kcal/gに揃えるため、脂質の比率は日本を想定した25%に固定して、炭水化物の比率を変えました。すなわち、P5群(タンパク質5% 炭水化物70% 脂質25%)、P15群(タンパク質15% 炭水化物60% 脂質25%)、P25群(タンパク質25% 炭水化物50% 脂質25%)、P35群(タンパク質35% 炭水化物40% 脂質25%)、P45群(タンパク質45% 炭水化物30% 脂質25%)の5群としました。P15群は、現在の日本における三大栄養素バランスに最も近いです。
2ヶ月後、中齢マウスの体重は若齢よりも高値であり、P5群は他群よりも低値でした(図1)。また、中齢マウスが食べた食餌量は若齢よりも多く、そしてP5群の摂食量は他群よりも多かったものの、P45群では少ないこともわかりました。体内のタンパク質量を調節するため、摂取するタンパク質が不足すると摂食量が増える、もしくは摂取タンパク質量が増加すると摂食量が減るという現象は、「Protein leverage(タンパク質のてこ)」として知られています。
P5群では、肝臓に多くの脂肪滴が認められ、中性脂肪と総コレステロールが高値でした(図1)。また、中齢のP5群やP15群は、若齢よりも中性脂肪が高値でした。肝臓に脂肪が蓄積する現象は、タンパク質の食べる量が不足するとおこる栄養失調(クワシオルコル)に特徴的な症状です。一方、P35群は、若齢、中齢ともに中性脂肪が蓄積しませんでした。
血糖値は、若齢、中齢ともにP25群、P35群が低値でしたが、P45群はむしろ高値を示しました(図1)。P45群は、食餌の炭水化物比率が30%と低いことから、体内でタンパク質のアミノ酸を分解して糖を合成している可能性が考えられます。また、血液中の中性脂肪の値は食餌による違いはありませんでした。しかし、総コレステロール値はP15群が最も高値、P5, P35, P45群では低値でした。
次に、タンパク質比率の異なる食餌や月齢の違いにより、体内のアミノ酸レベルは異なるのではないかと考え、血液中のアミノ酸濃度(20種類)を測定しました。体のなかで作ることができない9種類の必須アミノ酸の血液中濃度は、食餌、月齢、飼料による違いは認められませんでした。一方、体のなかで作ることができる11種類の非必須アミノ酸濃度の血液中濃度は、若齢、中齢ともにP5群が最も高値を示し、P45群で最も低値を示しました(図1)。P5群は、食餌からのタンパク質が不足したため、体のなかで非必須アミノ酸を合成した可能性が考えられます。一方、P45群は、食餌からの炭水化物が不足した結果、体のなかで非必須アミノ酸を分解することにより、エネルギー源として利用した可能性が考えられます。また、血液中の分岐鎖アミノ酸濃度(BCAA)は、P35群とP45群で最も高値を示しました。分岐鎖アミノ酸は、筋肉においても重要なアミノ酸ですので、十分なタンパク質を摂取することは予備力を高めるともいえます。
さらに、マウスの血液中アミノ酸濃度をもちいて、機械学習である自己組織化マップ(self-organizing map: SOM)解析を行いました。その結果、似たアミノ酸濃度のプロファイルをもつマウスで構成される塊(クラスター)がいくつか形成されました。さらに、血液中アミノ酸濃度のプロファイルは、月齢やタンパク質比率の異なる食餌のみで、決定されることもわかりました。自己組織化マップに肝臓の中性脂肪量を重ね合わせると肝臓の中性脂肪量が高いクラスター(P5群やP15群, P45群のマウスが多い)や少ないクラスター(P35群のマウスが多い)が認められました。従って、血液中アミノ酸濃度のプロファイルと肝臓の中性脂肪量は良く相関することが明らかになりました。
図1:若齢および中齢のマウスにタンパク質比率が25%または35%の食餌を与えると、15%(日本の平均)に比べて肝臓の中性脂肪量や血糖値、血液中の脂質濃度が抑制された。
研究の意義
本研究から、若齢、中齢ともにタンパク質比率が25〜35%が最も健康的であることが明らかになりました。この研究成果は、食事の三大栄養素バランスによる健康維持や健康長寿に大きく貢献するものと期待されます。今回はマウスの実験結果であり人に当てはめるのは早計ですが、現在の日本におけるタンパク質の摂取比率は13.8%ですので、食事のタンパク質比率を25〜35%に高めることは、高齢期にむけた健康維持に役立つ可能性が示唆されます。今後は、サルコペニアやフレイル、認知症の予防や改善を目指して、健康長寿に最適な各ライフステージにおける三大栄養素バランスを検討する予定です。
掲載論文情報
- 掲載誌:GeroScience
- 掲載論文の英文表題と著書およびその和訳
Moderate protein intake percentage in mice for maintaining metabolic health during approach to old age
Yoshitaka Kondo, Hitoshi Aoki, Masato Masuda, Hiroki Nishi, Yoshihiro Noda, Fumihiko Hakuno, Shin-Ichiro Takahashi, Takuya Chiba, and Akihito Ishigami * (*corresponding author)
高齢期にむけた代謝健康を維持するためのマウスにおける最適なタンパク質の摂取比率
近藤 嘉高(早稲田大学, 東京都健康長寿医療センター研究所),青木 仁史(株式会社ニチレイフーズ),増田 正人(東京大学、現東洋大学),西 宏起(東京大学),野田 義博(東京都健康長寿医療センター研究所),伯野 史彦(東京大学),高橋 伸一郎(東京大学),千葉 卓哉(早稲田大学),石神 昭人*(東京都健康長寿医療センター研究所)(*責任著者)
- 掲載日時:2023年4月28日(金)
- 掲載URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s11357-023-00797-3
- DOI:https://doi.org/10.1007/s11357-023-00797-3