2023-06-02 国立精神・神経医療研究センター
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は、多発性硬化症(以下、MS)経口治療薬(OCH-NCNP1)を用いた医師主導治験の成果を、第64回日本神経学会学術大会(開催時期:2023年5月31日~6月3日)のLate Breaking Symposiumにおいて発表しました。
OCH-NCNP1(以下、OCH)は、NCNPの山村隆特任研究部長らのグループが、海綿に寄生する細菌が産生する糖脂質α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)の構造を修飾して創製した化合物です*1。近年では、その類縁体がヒトの腸内細菌から産生され、ナチュラルキラーT(NKT)細胞に働き、免疫系の恒常性維持に寄与していることが明らかにされています。
NCNP病院で実施された第一相試験(First in human試験)において、OCHの安全性、薬物動態、薬効を示唆するバイオマーカーの変化を確認したことを受けて、OCHの有効性と安全性を評価するためにプラセボ対照ランダム化二重盲検試験を実施し、この度、第64回日本神経学会学術大会にて、結果が発表されました。
研究成果
今回の治験では過去2年間に再発(急性の神経症状の悪化)を認めたMS患者30名が研究に参加しました。各15名がOCHあるいは対照薬(プラセボ)を週1回、24週間服用し、服用期間中の有効性と安全性、バイオマーカーについて検討しました。
その結果、OCH群で、頭部MRI上新規病巣や既存の拡大病巣が少なく、年間再発率が低く、NEDA(注1)を達成する症例が多い傾向を認め、有効性を示唆する結果が得られました。また、安全性のプロファイルについて、OCH 群と対照群の間で差は認められませんでした。
治験に参加した30名のうち、再発寛解型が18人、二次性進行型が12人いました。サブグループ解析を実施したところ、二次性進行型の患者において治療目的となるNEDA達成は、プラセボ群では0%であったのに対し、OCH群で83.3%と有意に高く(p=0.015)、二次性進行型においてより明確な有効性を示す可能性が明らかとなりました(表1)。さらに免疫バイオマーカー解析の結果、OCHを投与された二次性進行型MS患者では、病原性リンパ球として知られているGM-CSF産生ヘルパーT細胞が、投与前と比べ投与後に有意に減少していました(p<0.01)(図1)。詳細な機序は不明ですが、OCHの二次性進行型MSに対する有効性と関連している可能性が考えられました。
表1 二次性進行型MS患者におけるNEDA達成割合
図1 OCH投与前後におけるGM-CSF産生ヘルパーT細胞の推移
A 再発寛解型MS患者における推移
B 二次性進行型MS患者における推移
MSは通常、再発寛解型MSとして発症しますが、一部は神経障害が改善することなく悪化し続けていく二次性進行型MSに移行します。二次性進行型では歩行障害や認知機能の低下などの深刻な問題がゆっくりと進行しますが、一般に難治性で、代表的なUnmet medical needs(注2)となっています。
今回の治験の結果は、二次性進行型MS患者に対し有効な治療法を提供する可能性を示唆するもので、さらなる検証試験が必要と考えられます。
本治験にご協力を頂きました患者さまとそのご家族に、この場を借りて深く御礼を申し上げます。
用語解説
(注1)NEDA (No Evidence of Disease Activity)
MSの治療効果を測る指標の一つで、様々な指標による病気の活動性(Disease Activity)がすべてない(No Evidence)状態をいい、最近ではMSにおける重要な治療目標となっている。今回の治験では、1)再発イベント、2)神経機能障害の悪化、3)MRI画像上の変化の3つの疾患活動性を示すイベントの発生がすべてない状態(NEDA-3)について評価されている。
(注2)Unmet medical needs
いまだに有効な治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズのこと。
参考となるプレスリリース等
・国立精神・神経医療研究センター病院にて神経難病「多発性硬化症」に対する医師主導治験(前期第二相試験)を開始~NCNP初の経口治験薬OCH-NCNP1の有効性・安全性の検証へ~
https://www.ncnp.go.jp/info/2019/20191226.html
・国立精神・神経医療研究センターとEAファーマ株式会社がOCH-NCNP1のグローバルライセンス契約を締結
https://www.ncnp.go.jp/topics/2019/20190906.html
助成金
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。
・日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化事業
参照論文
※1 Miyamoto, K., S. Miyake, and T. Yamamura: A synthetic glycolipid prevents autoimmune encephalomyelitis by inducing TH2 bias of natural killer T cells. Nature 413:531-534, 2001
お問い合わせ先
≪研究に関すること≫
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 免疫研究部
部長:山村 隆
室長:佐藤 和貴郎
≪医師主導治験に関すること≫
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
病院 脳神経内科診療部
副脳神経内科診療部長
岡本 智子
≪報道に関すること≫
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室