北極ツンドラに生息する土壌微生物多様性のメカニズムを解明

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2023-06-20 国立極地研究所

樹木が高く成長することができない北極ツンドラ域の土壌の中では、微生物が温度や水分など非生物的な要因からどのような影響を受けているかについて少しずつ明らかになってきていますが、他の生物からどのような影響を受けているかについてはほとんど情報がありません。国立極地研究所のWong Shu-Kuan特任研究員と内田雅己准教授を中心とする研究グループは、北極域に位置するカナダ・サルイットでの現地調査と、土壌微生物の遺伝子データ解析から、土壌細菌の群集構造と、その組成に影響を及ぼす要因について詳細に調査しました。その結果、土壌細菌の多様性は、非生物的な要因よりも植生や微生物同士の関係性の影響を強く受けていることが明らかとなりました。

北極ツンドラに生息する土壌微生物多様性のメカニズムを解明

調査地付近の様子(撮影:金子 亮)

研究の背景

土壌微生物は土壌中の有機物を分解して温室効果ガスである二酸化炭素やメタンを生成したり、植物に栄養塩類を供給したりと、生態系の中で重要な役割を担っています。北極ツンドラでは、どのような微生物が存在しているのか、また、温度や水分、水素イオン濃度(pH)などの非生物的な要因と微生物の関係に関する研究は行われてきていますが、微生物の多様性が生物的な要因も含めて、どのような要因によってコントロールされているのかというメカニズムについては、ほとんどわかっていませんでした。

研究の内容

北極の低緯度に位置するカナダのサルイットにおいて、地形的に異なる尾根部(A)、谷部(C)、その中間部(B)(図1)の計225地点で、地表面の様子や植物、土壌温度、水分、炭素・窒素含量、pHなどを調査しました。

図1:調査地を示す。調査地S1~S3において、Aは尾根部、Bは中間部、Cは谷部。

その結果、風が強く土壌が乾燥している尾根部では、砂礫や乾燥に強い地衣類・蘚苔類が地表面の大半を覆っているのに対して、風が弱く土壌が湿潤な谷部では、大半が維管束植物に覆われており、物理環境の違いが植物の分布や種の組成に影響を与えていることが分かりました(図2)。

図2:調査地の地表面の様子。尾根部は地衣類・蘚苔類や砂礫の被度(地面を覆っている部分)が高いのに対し、谷部は維管束植物の被度が高い。

次に、それぞれの調査地から採取した土壌細菌のDNA配列を解析し、地形、土壌温度、土壌水分、pHなどの非生物的要因と、土壌細菌の分布の関係を調べた結果、地形の違いによらず広く分布し幅広い環境条件に生息する細菌群「ジェネラリスト」と、特定の環境条件下でしか生息できない細菌群「スペシャリスト」、その中間的な細菌群「コモン分類群」に分類できました。

また、尾根部、谷部、中間部から採取した細菌群の構造を調べたところ、「ジェネラリスト」は地形の違いによらず、含まれる細菌グループの相対存在量が似通っていましたが、「スペシャリスト」は地形によって細菌グループの相対存在量が大きく異なることも示されました(図3)。

図3:それぞれの地形における細菌群集の相対的な存在量

このような違いがどのようなメカニズムにより決まっているのかを調べるため、ネットワーク解析や共分散構造分析をすると、「ジェネラリスト」の組成は、非生物的要因である土壌水分やpHよりも、生物的要因である維管束植物の影響を強く受けており、「ジェネラリスト」が「コモン分類群」や「スペシャリスト」の組成に影響を与えていることが明らかとなりました。一方で、特定の環境条件にしか生息できない「スペシャリスト」は、同じ生息場所にいる他の細菌群集と選択的なつながりを持っていることもわかりました(図4)。

図4:非生物的・生物的な環境要因とそれに直結する微生物で構成されたネットワーク。

本研究により、温暖化などの環境変化によって植物の分布や種組成が変化することは、土壌微生物の多様性にも大きく影響する可能性が示されました。

今後の展望

本研究は、北極の低緯度のツンドラ域における微生物群集の形成に植物が果たす重要な役割を明らかにするものです。一方で土壌微生物は、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの発生や植物へ栄養を供給するなどの重要な役割を担っています。植物やその他の要因が微生物群集にどのように影響するのか、また、微生物がそれに応答した結果、植物や周囲の環境がどのように変化するのかという相互作用を理解することで、ツンドラ域の生態系の機能に関する重要な知見を得ることができ、地球規模の環境変化に対する変化や応答をより正確に予測することができるようになることが期待されます。

発表論文

掲載誌:Environmental Microbiome
タイトル:Vegetation as a key driver of the distribution of microbial generalists that in turn shapes the overall microbial community structure in the low Arctic tundra
著者:
Shu‑Kuan Wong(国立極地研究所 北極観測センター)
Yingshun Cui(Gyeongsang National University(韓国))
Seong‑Jun Chun(National Institute of Ecology(韓国))
金子 亮(研究当時:国立極地研究所 国際北極環境研究センター)
増本 翔太(筑波大学 生命環境系)
北川 涼(森林総合研究所 関西支所)
森 章(東京大学 先端科学技術研究センター)
An Suk Lim(Gyeongsang National University(韓国))
内田 雅己(国立極地研究所 生物圏研究グループ)
URL:https://environmentalmicrobiome.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40793-023-00498-6
DOI:https://doi.org/10.1186/s40793-023-00498-6
論文公開日:2023年5月10日

研究サポート

本研究は文部科学省北極域研究推進プロジェクト(ArCS)(JPMXD1300000000)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)(JPMXD1420318865)、JSPS科研費(基盤研究B、P18H03413)、韓国環境省(NIE-A-2023-10)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 先端研究推進系 生物圏研究グループ 内田 雅己

報道について
国立極地研究所 広報室

生物環境工学
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