ヒトiPS細胞由来心筋細胞の生着能改善に向けた新しい方法

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2023-07-14 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. ヒトiPS細胞由来心筋細胞の細胞周期注1)活性を解析する方法を確立した。
  2. Am80注2)が細胞周期を活性化する因子として有望であると同定した。
  3. Am80で処理したiPS細胞由来心筋細胞は、マウスの心臓への生着が促進された。

1. 要旨
 笠本学研究員、舟越俊介助教、羽溪健研究員、吉田善紀准教授(CiRA増殖分化機構研究部門)らの研究グループは細胞周期の進行を観察できるシステム(FUCCI: Fluorescence Ubiquitination-based Cell Cycle Indicator)を使って、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の細胞周期活性を効率的に解析する方法を確立しました。
ヒトのiPS細胞から作られた心筋細胞(hiPSC-心筋細胞)は、再生医療の有望な供給源となっています。しかし、これらの細胞を宿主の心臓に注入した後、十分な生着能を得るためには改善が必要です。
研究グループはFUCCIを使ったin vitroハイスループットスクリーニング注3)により、レチノイン酸受容体(RAR)に作用する物質であるAm80が、hiPSC-心筋細胞の細胞周期を効果的に活性化する因子であることを明らかにしました。
さらに、Am80で処理したhiPSC-心筋細胞を損傷したマウスの心臓に移植した結果、移植片サイズが有意に増大されました。Am80を介した細胞周期活性化には、レチノイン酸受容体である、RARAとRARBの両方を介した内因性Wnt経路の活性化が関与していることが明らかになりました。
この研究により、Am80を用いてhiPSC-心筋細胞の細胞周期を活性化することで、損傷した心臓への細胞移植後の移植片サイズを増大させる効果的な手法が明らかにされました。
この研究成果は2023年7月14日(日本時間)に「Stem Cell Reports」で公開されました。

2. 研究の背景
 ヒトiPS細胞由来の心筋細胞(hiPSC心筋細胞)は、心臓疾患のin vitroでの再現や細胞移植など治療法の開発など、さまざまな応用が期待されています。動物を使ったモデルでは、心筋梗塞の治療にiPS細胞由来の心筋を用いた細胞移植が有効であるとする報告もあります。
しかし、心筋細胞を損傷した心臓に注入しても、生存や生着が不十分であり、治療効果には限界がありました。損傷した心臓に細胞を注入すると、移植後1〜3ヶ月までは移植片が成長を続けました。一方、その後はプラトーに達して成長は見られませんでした(CiRAニュース 2016年1月8日)。
この課題に対処するため、研究グループはhiPSC心筋細胞の生着能を高めることを目指しました。これまでの研究で、移植された細胞の心臓内での増殖は、細胞周期の活性化と密接な関係があることが示されていました。hiPSC心筋細胞における細胞周期の活性化を促進する方法を探求することにより、移植片のサイズを大きくし、心臓細胞治療の治療成績を向上させることをめざしました。

3. 研究結果
FUCCIを発現するiPSC株を用いた細胞周期活性の測定
細胞周期の段階に合わせて赤色や緑色の傾向を発する、FUCCIプローブを発現するiPS細胞株を作製し、心筋分化中の細胞周期活性を測定しました。分裂をしていない細胞(G0-G1期)は赤色、その他は白・緑・黄色に光ります。その結果、20日目のiPSC心筋細胞(day20 CM)の集団には、成熟した細胞と増殖活性の高い細胞とが混ざっていることがわかりました(Fig. 1)。

ヒトiPS細胞由来心筋細胞の生着能改善に向けた新しい方法

Fig. 1 各段階におけるFUCCIにより細胞が発する色の割合
iPSCでは白・緑の細胞が多く、増殖活性が高い。心筋への分化誘導が進むにつれて分裂を停止した赤い細胞の割合が高くなる。

細胞周期が活性化されたhiPSC心筋細胞は良好な生着性を示す
20日目のhiPSC-心筋細胞(day20 CM)は、細胞分裂の途中にある細胞も多く不均一であったため、細胞周期のステージによって生着能を検証しました。細胞分裂が休止している赤色の段階の細胞と、それ以外の活発に分裂が起こっている細胞とに分離し、それぞれを免疫不全マウス(NOGマウス)の心臓に注入しました。すると、赤色の段階の細胞と比べて、その他の色の段階の細胞は、蛍光強度が高くなり、移植片のサイズが大きくなっていました。分裂活性がある細胞を移植すると、良好な生着能を与えると期待されます(Fig. 2)。

Fig. 2 細胞の移植方法と移植後の蛍光強度の変化
Day0の段階の蛍光強度をそれぞれ100とした時の割合で生着率を示している。赤色の細胞(Group1)とその他の色の細胞(Group2)に分けて移植すると、Group2の方が蛍光強度が高かった。

Am80が心筋細胞の細胞周期を活性化して生着させる
細胞周期の活性が移植後の生着度に影響することから、細胞周期を活性化する薬剤の探索を試みました。4000種類以上の化合物の中から、細胞周期を活性化する薬剤を探索した結果、レチノイン酸受容体に作用する薬であるAm80がもっとも強い効果が得られました。
そこで、Am80で処理したiPSC-心筋細胞を、免疫不全マウス(NOGマウス)の梗塞した心臓に注入し、生着率を調べました。すると、Am80で処理した群では、DMSOで処理した対象群と比べて、大きな移植片が観察されました(Fig. 3)。

Fig. 3 Am80による前処理により心筋の生着率が高まる
Am80により分裂期にある細胞を増やしてから、免疫不全マウスに移植をした。対象群(DMSO)と比べて移植片のサイズが大きくなった。

4. まとめと展望
 研究グループは細胞周期の進行を観察できる(FUCCI: Fluorescence Ubiquitination-based Cell Cycle Indicator)システムを使って、ヒトiPS細胞由来心筋細胞の細胞周期活性を効率的に解析する方法を確立しました。この方法を用いて、細胞周期活性を高める薬剤として、Am80を同定しました。
さらにAm80による前処理で、梗塞した心臓へのhiPSC-心筋細胞の生着を促進することを証明しました。この前処理による効果は移植の初期に限られており、移植片の異常な増殖には繋がらないと考えられます。しかし、心臓への細胞移植では、移植片によると考えられる不整脈の報告があり、Am80による前処理が、安全性の点で利用可能かどうか、検証を行う必要があります。

5. 論文名と著者

  1. 論文名
    Am80, a retinoic acid receptor agonist, activates the cardiomyocyte cell cycle and enhances engraftment in the heart

  2. ジャーナル名
    Stem Cell Reports
  3. 著者
    Manabu Kasamoto1,2*, Shunsuke Funakoshi1,3* #, Takeshi Hatani1*, Chikako Okubo1, Yohei Nishi1,
    Yuta Tsujisaka1,2, Misato Nishikawa1, Megumi Narita1, Akira Ohta1, Takeshi Kimura2, Yoshinori Yoshida1,3#
    * 筆頭著者 # 責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 京都大学医学部附属病院
    3. タケダ-CiRA 共同研究プログラム(T-CiRA)

6. 本研究への支援
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会 科研費(17H04176、21H02912)
  2. 日本医療研究開発機構(AMED)
    再生医療実現拠点ネットワークプログラム
    (JP19bm0104001、JP19bm0204003、JP19bm0804008、JP20bm0804022)
    医薬品等規制調和・評価研究事業(JP19mk0104117、JP22mk0101189、22mk0101241)
    再生医療等実用化研究事業(JP19bk0104095)
    橋渡し研究プログラム(JP22ym0126091)
  3. Leducq財団(18CVD05)
  4. iPS細胞研究基金

7. 用語説明
注1) 細胞周期
細胞が成長し、分裂する一連の過程のこと。細胞周期は、G1期、S期、G2期、M期の4つの段階に分けられる。

  1. G1期(成長期1):細胞は成長し、DNAの複製に必要なタンパク質を合成する。
  2. S期(合成期):DNAの複製が行われる。
  3. G2期(成長期2):細胞は成長を続け、細胞分裂に必要なタンパク質を合成する。
  4. M期(分裂期):細胞が分裂し、2つの娘細胞ができる。

注2) Am80
遺伝子の働きを調節する役割を持つ、レチノイン酸受容体(RAR:retinoic acid receptor)に作用する物質として作られた化合物。難治性急性骨髄球性白血病の治療薬としてすでに使用されている薬の成分。

注3) ハイスループットスクリーニング
多種類の化合物を、ロボットなどの自動化技術により網羅的且つ効率的に評価する方法。

細胞遺伝子工学
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