胎児のNUDT15遺伝子型によって、母親が服薬するチオプリンが胎生死を引き起こす可能性をマウスモデルで解明

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2021-03-23 滋賀医科大学,東北大学,日本医療研究開発機構

滋賀医科大学医学部内科学講座(消化器・血液内科)の安藤朗教授、河原真大講師らの研究グループは、東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野角田洋一助教との共同研究の結果、母親が服用するチオプリンが、胎児のNUDT15遺伝子型によっては胎生致死を引き起こす可能性があることを、マウスモデルを用いて解明しました。

チオプリンは、免疫調節薬として炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)やリウマチ性疾患(全身性血管炎や全身性エリテマトーデスなど)に広く使用されます。副作用として白血球減少があることが知られており、この副作用にNUDT15遺伝子の遺伝子多型(注1)が関与することが最近わかってきました。

NUDT15はチオプリンの代謝酵素です。これまでの研究で、139番目のアミノ酸が変化する遺伝子多型(NUDT15 R139C)があると酵素活性が低下して、チオプリンによる造血幹細胞(注2)障害および白血球減少が引き起こされることが報告されています。また、日本人の5人に1人がこの遺伝子多型を有していることもわかっています。

炎症性腸疾患やリウマチ性疾患は若年者や中年者を中心に発症し、しばしば妊娠中の疾患コントロールとしてチオプリンが使用されます。なお妊娠中のチオプリン服用は禁忌とされていません。上述の通り、チオプリン毒性とNUDT15遺伝子多型の関連性が明らかになってきましたが、NUDT15遺伝子多型の観点からみた妊娠中のチオプリン服用の胎児に対する安全性については不明です。

そこで今回の研究では、本研究グループが開発した世界で唯一のNUDT15 R139Cを模倣したマウス(Nudt15 R138Cノックインマウス)を用いて、その安全性を検討しました。その結果、母マウスがNudt15 R138Cヘテロ型で胎仔マウスがNudt15 R138Cホモ型、もしくは母マウスが野生型で胎仔マウスがNudt15 R138Cヘテロ型の場合、母マウスへの治療量のチオプリンを投与することによって胎仔マウスが生まれてこなくなり、死亡する可能性が示唆されました。一方で、母マウスと胎仔マウスのNUDT15遺伝子型が同一の場合は、母マウスへの治療量のチオプリンを投与しても問題なく胎仔マウスが生まれてくることから、影響をうける可能性は低いと考えられました。

マウスでの研究結果がそのままヒトに当てはまるわけではありませんが、今回の研究結果は、胎児のNUDT15遺伝子型を推定することで、妊娠中のチオプリン服用による胎児の安全性をより高める重要な知見になりうると考えられます。胎児のNUDT15遺伝子型の決定には、父親の遺伝子型が関与します。例えば、両親とも正常型であれば胎児も正常型です。この場合は安全にチオプリンを服用できるのではないかと考えられます。しかし両親ともヘテロ型の場合、25%の確率で胎児はホモ型になるので、この場合はチオプリン以外の薬を選択する方が良いかもしれません。現在、ヒトでも同様のことが起きていないかを確認する臨床研究が同じ研究グループの中で進められており、その結果を含めて、より安全に妊娠中にチオプリンによる治療ができるようにしていきたいと考えています。

この成果は、「Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology誌」に、2021年3月22日(日本は2021年3月23日)掲載されました。

背景

チオプリンとは、古くから抗がん剤や免疫調節薬として使用されるメルカプトプリン(MP)やアザチオプリンといった薬剤の総称です。潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患や全身性エリテマトーデスなどのリウマチ性疾患の治療に頻繁に使用され、安価でよい治療効果が得られる薬剤として多くの患者に投与されています。こうした疾患は若年者や中年者に多いという特徴があり、妊娠中の患者への投与についてこれまでも議論が続けられてきました。現時点では、欧米からの報告では胎児への影響が少ないとする報告が多いことから、妊娠中のチオプリン服用は禁忌とはされていません。

最近NUDT15の遺伝子型によって、チオプリンによる毒性の一つである白血球減少の程度が大きく変わることが明らかになってきました(Kakuta Y, et al, J Gastroenterol 2018; 53:1065-1078)。NUDT15は、遺伝子本体であるDNAを傷害するチオプリン代謝産物を無毒化する酵素です。139番目のアミノ酸がアルギニンからシステインに変化する遺伝子多型(NUDT15 R139C)があると、この酵素活性が低下してDNA障害が強くなるため、重度の白血球減少が起こる確率が格段に上がります。このNUDT15 R139C遺伝子多型は、欧米人で少なく日本人に多いことが判明しており、日本人の約20%がNUDT15 R139Cヘテロ型と言われています。さらに現在では、NUDT15 R139Cを測定するキットが開発され、チオプリンを使用する際には事前に患者のNUDT15遺伝子型を測定することが推奨されており、保険診療上も認められています。

このようにチオプリン毒性とNUDT15遺伝子多型との関連性が明らかになってきましたが、NUDT15遺伝子多型の観点からみた妊娠中のチオプリン服用の胎児に対する安全性についてはこれまで検討されてきていませんでした(図1)。そこで私たちはマウスを用いて、母マウスへのチオプリン投与がNUDT15遺伝子多型を持つ仔マウスにどのように影響を与えるのかを検討することにしました。今回実験に使用したNudt15 R138Cノックインマウスは、私たちが以前に樹立した世界で唯一のヒトのNUDT15 R139Cを模倣したマウスモデルで、チオプリンに対する感受性がヒトに酷似していることをすでに報告しています(Tatsumi G, et al, Leukemia 2020;34:882-894)。

NUDT15遺伝子多型の観点からみた妊娠中のチオプリン服用の胎児に対する安全性に関する図図1

研究内容
①Nudt15 R138Cヘテロ型の母マウスにチオプリンを投与すると、ホモ型仔マウスが産まれなくなることが判明

Nudt15 R138Cヘテロ型のオスとメスを掛け合わせて、同時に母マウスにチオプリンを投与し、産まれてくる仔マウスのNudt15 遺伝子型を確認しました(図2)。通常はメンデルの法則に従い、産まれてくる仔マウスの25%はホモ型です。しかし、ヘテロ型の母マウスにとって耐容可能な0.5mg/kgのメルカプトプリンを投与すると、ホモ型の仔マウスが全く産まれてこなくなりました。

Nudt15 R138Cヘテロ型の母マウスにチオプリンを投与すると、ホモ型仔マウスが産まれなくなることが判明図2

②Nudt15 R138C野生型の母マウスにチオプリンを投与すると、ヘテロ型仔マウスが産まれなくなることが判明

Nudt15 R138Cヘテロ型のオスと野生型(正常型)のメスを掛け合わせて、同時に母マウスにチオプリンを投与し、産まれてくる仔マウスのNudt15 遺伝子型を確認しました(図3)。通常はメンデルの法則に従い、産まれてくる仔マウスの50%はヘテロ型です。しかし、野生型の母マウスにとって耐容可能な1.0mg/kgのメルカプトプリンを投与すると、ヘテロ型の仔マウスが産まれてこなくなりました。

Nudt15 R138C野生型の母マウスにチオプリンを投与すると、ヘテロ型仔マウスが産まれなくなることが判明
図3

③胎仔マウスの造血幹細胞が減少していることが理由の一つと判明

Nudt15 R138Cヘテロ型のオスとメスを掛け合わせて、同時に母マウスにチオプリンを投与し、胎生期の仔マウス内にある造血幹細胞数を調べました(図4)。その結果、チオプリンの投与によってホモ型の胎仔マウス内の造血幹細胞が大きく減少することが明らかとなりました。

胎仔マウスの造血幹細胞が減少していることが理由の一つと判明
図4

今後の展開

マウスモデルの結果から、胎児がチオプリンに対する感受性の高いNUDT15の遺伝子型を持つ場合(母親がNUDT15R139Cヘテロ型で胎児がNUDT15R139Cホモ型、もしくは母親が野生型で胎児がNUDT15R139Cヘテロ型)では、母親が大きな副作用なく服用できているチオプリンが胎児に強い毒性をもたらす可能性があることが示唆されました。一方で、胎児が母親と同じ遺伝子型か、母親よりチオプリンに対する感受性の低いNUDT15遺伝子型を持つ場合は、強い毒性は表れない可能性が高いことも示唆されました。マウスでの研究結果がそのままヒトに当てはまるわけではありませんが、今回の研究結果は、胎児のNUDT15遺伝子多型を推定することで、妊娠中のチオプリン服用による胎児の安全性をさらに高める重要な知見になりうると考えられます。

胎児のNUDT15の遺伝子型を直接測定することは実際には困難ですが、推測する方法はあります。それは父親のNUDT15遺伝子型を確認することです。今回の結果がヒトでも当てはまるとすると、両親ともに正常型であれば胎児も正常型であると推定されますので、妊娠中の病気のコントロールに安心してチオプリンを服用いただけると思います。一方で、母親がヘテロ型で父親がヘテロ型もしくはホモ型の場合、25%もしくは50%の確率で胎児はホモ型となることが想定されるため、妊娠中の病気のコントロールにはチオプリン以外のお薬を使用する方がよいかもしれません。このように、妊娠中の患者と、そのパートナー(遺伝学的な父)の遺伝子型が分かることで、より安心してチオプリンを妊娠中に使うことができる可能性があります。現在、ヒトでも同様のことが起きていないかを確認する臨床研究が同じ研究班の中で進められており、その結果を含めて、より安全に妊娠中にチオプリンによる治療ができるようにしていきたいと考えています。

これまでの長期のデータから、チオプリン製剤そのものが妊娠・出産・胎児に与える影響は、病気のコントロールが悪化することによる妊娠への影響よりも少ないと考えられています。それを踏まえて、関連学会の治療指針やガイドライン等では妊娠中での使用が可能とされ、十分な管理のもとで使われています。本研究結果は、その考え方を覆すようなものではありません。ただ、どんな妊娠・出産もリスクはあり、リスクの原因がわからないこともたくさんあります。リスクがわからない治療より、どんな状況がリスクなのかを知ることで、むしろチオプリンは妊娠中に安全に使える可能性があります。今後さらなる臨床研究を通じて、妊娠中のチオプリン服用がより安全に行えるようにしていきたいと考えています。

本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援等を受けて実施されました。

  • 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業「NUDT15遺伝子型に基づき個人に最適化された安全かつ有効的なチオプリンによる免疫調節療法の開発」(研究開発代表者 東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野 角田洋一)
  • 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」
用語解説
(注1)遺伝子多型
同じ種であっても個々のゲノムの塩基配列は微妙に異なります。この変化が、ヒトそれぞれの多様性を生み出す一つの要素となり、病的な影響を与える場合と与えない場合とがあります。後者で人口の1%以上の頻度で存在する遺伝子の変異を遺伝子多型と呼びます。特に薬物代謝酵素では、酵素活性の低下や欠如に関与することが知られ、通常の状態では病的な影響を及ぼしませんが、特定の薬物を投与した時にだけ強い副作用を生じることが多数報告されています。
(注2)造血幹細胞
血液細胞の供給の源となる幹細胞で、自己複製能力と様々な血球へ分化できる多分化能を有しています。この細胞が障害を受けると、血球産生能力が低下し血球減少を来すことになります。
論文情報
論文名
Thiopurine use during pregnancy has deleterious effects on offspring in Nudt15R138C knock-in mice
著者名
Takayuki Imai, Masahiro Kawahara*, Goichi Tatsumi, Noriaki Yamashita, Ai Nishishita-Asai, Osamu Inatomi, Atsushi Masamune, Yoichi Kakuta, and Akira Andoh
(*は責任著者)
雑誌名
Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology
巻号
Online Publication
研究内容のお問い合わせ先

滋賀医科大学医学部 内科学講座(消化器・血液内科)
講師 河原真大

東北大学大学院医学系研究科 消化器病態学分野
助教 角田洋一

機関窓口
滋賀医科大学 総務企画課広報係
東北大学病院 広報室

AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部疾患基礎研究課
免疫アレルギー疾患実用化研究事業担当

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有機化学・薬学細胞遺伝子工学
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