ヒト胃からのヘリコバクター・スイスの培養に成功~ヒト胃における病原細菌であることを証明~

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ピロリ菌だけでなく、ヘリコバクター・スイスもヒト胃における病原細菌であることを証明

2021-03-24 国立感染症研究所,杏林大学,北里大学,日本医療研究開発機構

  • ヘリコバクター・スイスは豚を自然宿主とし、ヒト胃にも感染するが、ヒト胃からの分離培養の成功例はなく、その病原性には不明な点が多かった。
  • 本研究では胃MALTリンパ腫※1患者を含む複数の胃疾患患者からのヘリコバクター・スイスを人工培地で分離培養することに世界で初めて成功した。
  • 得られたヒト胃由来ヘリコバクター・スイスを用いたマウス感染実験により胃での病態発症を確認し、病態組織から菌の再分離にも成功したことから、コッホの原則※2に従い、ヘリコバクター・スイスがヒト胃における病原細菌であることが証明された。
  • 今後、ヘリコバクター・スイスの病態発症機構の解明や診断法の開発などが期待される。

国立感染症研究所細菌第二部の林原絵美子主任研究官、柴山恵吾部長、同研究所薬剤耐性研究センターの鈴木仁人主任研究官、杏林大学の徳永健吾准教授、北里大学の松井英則講師らの研究グループは、ヒト胃からのヘリコバクター・スイスの培養に世界で初めて成功し、マウス感染実験によりヘリコバクター・スイスが胃の病原細菌であることを証明しました。

ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)はヒトの胃に感染し、胃がんや消化性潰瘍の原因となる病原細菌ですが1983年にオーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルにより培養が成功したことにより(2005年のノーベル医学生理学賞を受賞)、病原性解析、診断法の開発、治療法の確立がされてきました。一方、ヒト胃に感染するピロリ菌以外のヘリコバクター属菌は”ハイルマニイ菌”※3とも呼ばれ,ピロリ菌が検出されない胃疾患の発症原因であることも1980年代より示唆されていました。現在では”ハイルマニイ菌”と呼ばれていた菌の多くが豚を自然宿主とするヘリコバクター・スイスであることがわかってきました。ピロリ菌は主に幼児期に感染し、除菌に成功すれば再感染することはまれですが、ヘリコバクター・スイスは成人においても感染リスクのあることがわかっています。ピロリ菌の国民総除菌時代を迎え、ピロリ菌の感染率の低下に伴い、ヘリコバクター・スイスは胃関連疾患における重要な病原体となることが予想されます。しかし、これまでヘリコバクター・スイスはヒト胃からの分離培養ができなかったため、その病原性や感染経路などの詳細を解明する大きな足かせになっていました。

ピロリ菌は中性条件を好みますが、ピロリ菌のもつ強力なウレアーゼ活性により自身の周りの酸を中和することにより強酸性の胃内でも生存することができます。一方、ヘリコバクター・スイスはpH5付近の弱酸性条件を好みます。本研究グループはヘリコバクター・スイスが中性条件下では短時間でその生存性が顕著に低下することに着目し、胃生検組織を酸性条件に保つことにより、ヒト胃からヘリコバクター・スイスを培養することに世界で初めて成功しました(図1)。


図1 胃MALTリンパ腫※1患者より分離されたヘリコバクター・スイスの電子顕微鏡像特徴的なコイル状のらせん構造をもち、両端の複数の鞭毛により活発な運動性を示す。さらに、患者の胃から分離されたヘリコバクター・スイスを用いたマウス感染実験により、感染4か月後のマウス胃粘膜に、炎症性変化および化生性変化などの病態発症が確認されました。また感染マウスの胃から分離された菌は,ゲノム解析により感染させた患者由来のヘリコバクター・スイスと同じであることが分かりました。つまり、コッホの原則※2により、ヘリコバクター・スイスが胃の障害を引き起こす病原細菌であることが確認されたのです(図2)。
図2 ヒト胃からのヘリコバクター・スイスの培養とその病原性の証明に成功ヘリコバクター・スイス感染マウスの胃では非感染マウスでは認めない胃粘膜へのリンパ球浸潤と化生性変化を認めた※4。また、ヒト由来株は豚由来株とゲノムレベルで高い相同性を示した。


臨床検体から分離されたヘリコバクター・スイスの完全ゲノム配列を決定し、豚由来株のゲノムと比較したところ、ヒト由来株のゲノムは豚由来株のゲノムに類似しており、豚に感染しているヘリコバクター・スイスがヒトにも病原性を有する人獣共通感染症の起因菌である可能性が強く示されました(図2)。

ヘリコバクター・スイスはピロリ菌の持つ主要な病原因子であるCagAやVacAを保有しないことから、ピロリ菌とは異なる機序でその病態を発症すると考えられています。本研究ではヒト由来ヘリコバクター・スイスのゲノム上には菌株特異的なplasticity zone※5が存在していることを明らかにしており、今後、これらの領域を含む病原因子の感染における役割の解明が期待されます。

また、ヘリコバクター・スイスなどのピロリ菌以外のヘリコバクター属菌は、ピロリ菌検出法では検出できないため、主に胃生検体から調製したDNAを材料としたPCR法で感染診断が行われていましたが、今回ヘリコバクター・スイスが培養できるようになったことにより、菌に特異的なタンパク質を標的とした感染診断法の開発が促進されることが期待されます。さらに、本研究ではヘリコバクター・スイスの薬剤感受性測定法を確立しており、今後ヘリコバクター・スイスの薬剤感受性情報が蓄積されることにより、最適な治療法の確立に有用な情報が得られると考えられます。

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「ヒト胃に感染するピロリ菌以外のヘリコバクター属菌による感染病態の解明」(研究開発代表者:林原絵美子)、「薬剤耐性菌対策に資する診断法・治療法等の開発研究」(研究開発分担者:鈴木仁人)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「ヘリコバクター・ハイルマニイ感染とその対策」(研究開発代表者:松井英則)、同学術研究助成基金助成金基盤研究(C)「胃MALTリンパ腫におけるH. suisおよび胃内microbiomeの病態解析」(研究開発代表者:徳永健吾)による支援を受けました。

本研究成果は、2021年3月23日にProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(オンライン版)に掲載されました。

論文情報
タイトル
“Isolation and characterization of Helicobacter suis from human stomach”
著者名
Emiko Rimbara1$#, Masato Suzuki2$, Hidenori Matsui3#, Masahiko Nakamura4, Misako Morimoto5, Chihiro Sasakawa5, 6, Hiroki Masuda7, 8, Sachiyo Nomura7, Takako Osaki9, Noriyo Nagata10, Keigo Shibayama1, Kengo Tokunaga11#($ 筆頭著者、# 責任著者)
所属
  1. 国立感染症研究所 細菌第二部
  2. 国立感染症研究所 薬剤耐性研究センター
  3. 北里大学 大村智記念研究所
  4. 北里大学 薬学部
  5. 一般財団法人日本生物科学研究所
  6. 千葉大学 真菌医学研究センター
  7. 東京大学 大学院医学系研究科 消化管外科学
  8. 日本医科大学 消化器外科
  9. 杏林大学 医学部 感染症学教室
  10. 国立感染症研究所 感染病理部
  11. 杏林大学 医学部 総合医療学教室
DOI番号
10.1073/pnas.2026337118
用語解説
※1 胃MALTリンパ腫
胃の慢性炎症で形成される粘膜関連リンパ組織(mucosa-associated lymphoid tissue:MALT)のB細胞由来の低悪性度リンパ腫。ピロリ菌感染が認められる場合が多く、除菌治療が有用である。一方、ピロリ菌の検査陰性の場合においても除菌治療をすると寛解する場合も報告されている。
※2 コッホの原則
ドイツの細菌学者ロベルト・コッホにより提唱された感染症の病原体を特定する際の指針。①ある一定の病気には一定の微生物が見出されること、②その微生物を分離できること、③分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること、④そしてその病巣部から同じ微生物が分離されること、からなる4原則。
※3 ハイルマニイ菌
ヒト胃に感染するピロリ菌以外のヘリコバクター属菌はその大規模調査を行ったドイツ人医師ハイルマンにちなみ、ヘリコバクター・ハイルマニイ(”ハイルマニイ菌”)と名付けられた。その後、ヒト胃の”ハイルマニイ菌”には豚や犬猫由来の複数のヘリコバクター属菌が含まれることがわかり、その多くは豚を自然宿主とするヘリコバクター・スイスであることがわかった。ヘリコバクター・ハイルマニイは猫由来のヘリコバクター属菌として正式な菌名登録がされている。
※4 アルシアンブルー・PAS(AB-PAS)染色
粘液を染める組織染色法。酸性粘液物質が青(アルシアンブルー)、中性粘液物質が赤紫色(PAS)に染まる。マウス胃でのアルシアンブルー陽性細胞は化生性変化の指標の一つ。
※5 plasticity zone
可塑的なゲノム領域。菌株特有の遺伝子を含む領域のことを指す。ピロリ菌ではplasticity zone内の遺伝子が、分離される地域や疾患と関連していることが報告されている。
お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ先
国立感染症研究所 細菌第二部
林原絵美子(りんばらえみこ)

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