家族性先天性甲状腺機能低下症を起こすゲノム異常を特定 ~遺伝性疾患研究は新たな段階へ~

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2024-04-08 国立成育医療研究センター

慶應義塾大学医学部小児科学教室の鳴海覚志教授、東北大学東北メディカル・メガバンク機構ゲノム解析部門の田宮元教授・高山順准教授、国立成育医療研究センター周産期病態研究部の中林一彦室長らの研究グループは日本人先天性甲状腺機能低下症患者を対象とした研究を行い、15番染色体の非コードゲノム異常が疾患発症に関わることを特定しました。これまで先天性甲状腺機能低下症の親子例の90%以上が原因不明でしたが、75%がこの異常によることがわかりました。また、成人ではこのゲノム異常が腺腫様甲状腺腫の原因となることもわかりました。東北メディカル・メガバンク機構の試料の解析から、この異常の一般住民調査参加者における頻度は約12,000名に1名でした。
これまで非コードゲノムはほとんど機能を持たないと考えられてきましたが、先天性疾患と成人疾患の両方において、一般住民でも観察されるほど高頻度な異常が存在することが世界で初めて示されました。同様の研究手法を原因不明の遺伝性疾患に応用することで、非コードゲノムが持つ機能の解明が進むことが期待できます。本成果は、2024年5月7日(米国東部標準時間)にNature Geneticsのオンライン版に掲載されました。

研究の背景と概要

生命の設計図といわれるゲノムDNAは、タンパク質の構造情報が含まれるコード領域(注1)と、そうでない非コード領域に大別されます(図1)。非コード領域(非コードゲノム)はヒトゲノム全体の98%以上を占めますが、機能がほとんどないと考えられてきました。

家族性先天性甲状腺機能低下症を起こすゲノム異常を特定 ~遺伝性疾患研究は新たな段階へ~【図1】ゲノムのコード領域と非コード領域のイメージ図

このため、2024年現在、患者診療の一環として行われる遺伝子検査では、非コード領域は調べられていません。
本研究で見つかった先天性甲状腺機能低下症に関わるゲノム領域は15番染色体の非コードゲノムであり、その頻度(1/12,000)から日本だけで約10,000人の患者が存在すると想定されます。これは非コードゲノム異常によるメンデル遺伝病として最も高頻度なものであり、非コードゲノムとメンデル遺伝病を結びつける画期的な研究成果です。また、本研究で採用した研究手法(図2)を原因不明の遺伝性疾患に応用することで、非コードゲノムが持つ機能の解明の進展が期待できます。

ゲノム研究に用いられる標準的な手法と本研究の手法の比較【図2】ゲノム研究に用いられる標準的な手法と本研究の手法の比較

研究の成果と意義・今後の展開

研究対象の先天性甲状腺機能低下症は、甲状腺の形や機能に生まれつきの異常があり、甲状腺ホルモンの合成量が不足するために低身長や知的障害などが起きる先天性疾患です。全世界で2,000〜3,000出生に1名に見られる最も高頻度な先天性内分泌疾患として知られています。研究グループは日本人先天性甲状腺機能低下症患者989名を対象とした遺伝学的研究を行い、うち214名(22%)ではコード領域を調べる標準的な遺伝子解析で診断を確定できましたが、約80%が未診断でした。中でも、親子例100名のうち診断を確定できたのはわずか6%でした。
研究グループはまず、5世代13名の患者からなる原因不明の先天性甲状腺機能低下症の大家系に対して連鎖解析(注2)を行い、ゲノム異常が存在する候補領域を15番染色体の約300万塩基対まで絞り込みました。続いて、この大家系と小規模な原因不明家系(10家系)で候補領域の全ゲノム解析(注3)を行い、8家系に共通する非コードゲノム異常を特定しました。この異常は患者全体(989名)では14%に観察され、家族歴のある患者に限るとその割合は42%に増加し、さらに親子例では75%に達しました(図3)。

先天性甲状腺機能低下症における遺伝的異常

【図3】先天性甲状腺機能低下症における遺伝的異常

本研究を通じて、特に家族歴のある先天性甲状腺機能低下症においては15番染色体非コードゲノム異常が主因であることが判明した。
本研究でゲノム異常を持つ患者(通常は小児)の両親を調査した結果、先天性甲状腺機能低下症として治療中である場合(親子例)に加えて、腺腫様甲状腺腫と呼ばれる甲状腺疾患が高頻度に見られることがわかりました。このことは、小児期には先天性甲状腺機能低下症であったものの、時間経過とともに腺腫様甲状腺腫へと変化する可能性を示すものです(図4)。

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【図4】非コードゲノム異常による甲状腺疾患の臨床像の経年的な変化

研究グループはこの非コードゲノム異常が東北メディカル・メガバンク機構のコホート調査参加者(主に東北地方在住の一般住民)38,722名のうち3名に認められたことに着目し、凍結保存されていた血液試料を調べたところ、全ての試料でサイログロブリン(注4)濃度が高く、腺腫様甲状腺腫あるいはその前状態であると推測されました。以上から、この非コードゲノム異常による甲状腺疾患(先天性甲状腺機能低下症もしくは腺腫様甲状腺腫)の日本における頻度は約12,000名に1名と推測されました。
今後は、この非コードゲノム異常がどのような分子メカニズムで甲状腺の形状や働きに影響を与えるのか、患者が長期的にどのような臨床経過をたどるか、などの研究を計画しています。

発表論文情報

英文タイトル:Functional variants in a TTTG microsatellite on 15q26.1 cause familial non-autoimmune thyroid abnormalities
タイトル和訳:15q26.1のTTTGマイクロサテライトの機能的バリアントが家族性非自己免疫性甲状腺異常を引き起こす
著者名:鳴海覚志、長崎啓祐、桐谷光夫、上原絵理香、秋葉和壽、中尾佳奈子、志村和浩、阿部清美、杉澤千穂、
石井智弘、都研一、長谷川行洋、丸尾良浩、室谷浩二、渡邊奈津子、西原永潤、伊藤裕佳、小飼貴彦、亀山香織、中林一彦、
秦健一郎、深見真紀、島彦仁、菊池敦生、高山順、田宮元、長谷川奉延
掲載誌:Nature Genetics(オンライン版)
DOI:10.1038/s41588-024-01735-5.

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本件に関する取材連絡先

国立成育医療研究センター 企画戦略局 広報企画室

医療・健康
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