植物の陸上進出は バクテリア由来の遺伝子によって可能になった

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2025-01-09 金沢大学,基礎生物学研究所

金沢大学理工研究域生命理工学系の小藤累美子助教、自然科学研究科生命科学専攻博士前期課程の馬川直之(研究当時)ら、基礎生物学研究所の堀内雄太特別協力研究員(研究当時:総合研究大学院大学生命科学研究科基礎生物学専攻博士課程)、石川雅樹助教、長谷部光泰教授らの共同研究グループは、植物が陸上へ進出する鍵となった、生殖細胞を保護する器官が、バクテリア由来の遺伝子によって作られていることを発見しました。
植物は、動物と同じように精子と卵を作って生殖します。現在、陸上は植物で覆われていますが、約5億年前には、植物は海や湖などの水中でしか生きられませんでした。植物の陸上進出を可能にしたのは、体の中に水を行き渡らせる器官(葉脈などの水通導器官)と、卵や精子を乾燥から保護する器官の進化だったと考えられてきました。しかし、どのような遺伝子の変化によってこれらの器官が進化したのかは分かっていませんでした。本研究グループは、一昨年、GRAS転写因子(※1)と呼ばれるバクテリア由来の遺伝子が、水通導器官の形成を担っていることを発表しました(石川ら 2023 米国科学アカデミー紀要)。さらに研究を進めた結果、今回、卵や精子を保護する器官も同じ遺伝子によって作られることを発見しました。この結果、植物の陸上化に必要だった三つの主要な器官が、すべてバクテリア由来の遺伝子によって進化したことが明らかになりました。
本研究の知見は、植物の陸上化のような、生物の大きな進化には、異なった生物からの遺伝子の移入が重要な役割を果たし得ることを示しています。このことは、遺伝子が少しずつ変化して進化が進むという、従来の進化メカニズムに新たな視点を加えるものです。
本研究成果は、2024 年 12 月 31 日に英国国際学術誌 『New Phytologist』のオンライン先行版に掲載されました。
植物の陸上進出は バクテリア由来の遺伝子によって可能になった【研究の背景】
陸上植物の系統は、約4億9千万年前までに淡水性緑藻類である共通祖先から分岐しました。その後、陸上環境への移行に伴い、陸上生活に適応した形態的特徴が進化しました。その特徴の一つが、生殖器官である配偶子嚢(※2)です。祖先の藻類では、一細胞がそのまま生殖細胞へと分化しますが、陸上植物では多細胞の配偶子嚢が形成され、細胞層によって外界から保護された内部で生殖細胞(卵や精子)が作られるようになりました(図1)。造卵器の内部では、受精卵から胚が発生します。このように、陸上環境における紫外線や乾燥などのストレスから生殖細胞と胚を守る仕組みが進化したことで、植物の陸上進出が可能になったと考えられています。
配偶子嚢は、祖先である化石植物や、現在地球上に存在する植物に広く存在する生殖器官です(注:種子植物では数細胞に退縮しています)。配偶子嚢の形態は、植物のグループ間や雌雄の配偶子嚢(造卵器と造精器)で異なりますが、いずれも発生過程で形成分裂(※3)を起こし、生殖細胞へと分化する内側の細胞と、その周囲を包む構造となる外側の細胞を形成します。この過程は、配偶子嚢発生の鍵として注目されてきましたが、その制御に関わる遺伝子はこれまで特定されていませんでした。

【研究成果の概要】
本研究グループは、配偶子嚢の発生に関与する遺伝子を特定するために、コケ植物であるヒメツリガネゴケの5,400のジーントラップ系統(※4)から、発生中の造精器と造卵器の両方が染色される30系統を選抜しました。この中の1系統から、GRAS転写因子ファミリーに属するLAS遺伝子を単離しました。
全ゲノム配列を調べた結果、ヒメツリガネゴケには単離された遺伝子のほかにもう一つLAS遺伝子が存在することが分かりました。両方の遺伝子について、遺伝子操作を行い、機能を調べたところ、二つのLAS遺伝子を失わせたヒメツリガネゴケでは、雌雄の配偶子嚢である造卵器と造精器の両方で形成分裂が起こらず、生殖細胞である卵も精子も作られなくなりました(図2)。さらに、これらのLAS遺伝子からつくられたタンパク質が、配偶子嚢で形成分裂が起こる前後の細胞の核内に存在することが確認され、LAS遺伝子が形成分裂を制御している可能性が示されました(図3)。また、LAS遺伝子を全ての細胞で人工的に発現させた場合、通常は形成分裂が起こらない時期や場所の細胞でも形成分裂が起こり、余分な内部細胞が形成されることが分かりました(図4)。これらの結果から、LAS遺伝子が、これまで未解明だった雌雄両方の配偶子嚢で形成分裂を引き起こす因子であることが明らかになりました。

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図2:LAS遺伝子を失わせたヒメツリガネゴケの造精器と造卵器

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図3:LASタンパク質の局在
fig4.jpg図4:LAS遺伝子を人工的に発現させたヒメツリガネゴケ

さらに、LAS遺伝子が属するGRAS転写因子は、土壌バクテリアから、陸上植物と陸上植物に最も近縁な藻類である接合藻類(ミカヅキモやアオミドロを含むグループ)の共通祖先のゲノムに水平伝播(※5)した遺伝子であることが知られています。本研究グループは一昨年、LAS遺伝子が別なGRAS転写因子のSHR遺伝子を抑制することで、ヒメツリガネゴケの葉で水通導器官である葉脈を作る形成分裂を誘導することを明らかにしました。本研究ではさらに、LAS遺伝子が子孫を残すための重要な役割を持つ生殖器官で形成分裂を誘導すること、その制御経路には葉脈形成で共同して機能するSHR遺伝子が関与しないことが示されました(図5)。

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図5:LAS遺伝子の制御経路

配偶子嚢は、雌雄で形成分裂の様式、形態、機能が異なりますが、LAS遺伝子はその両方で形成分裂を誘導することが確認されました。このことから、LAS遺伝子は多細胞性の生殖器官の進化において重要な役割を果たしたと考えられます。さらに、本研究により、土壌バクテリアから植物の祖先のゲノムに水平伝播したLAS遺伝子が、植物の陸上適応に重要な三つの器官(造卵器、造精器、水通導器官)の進化に寄与したことが明らかになりました。

【今後の展開】
本研究により、LAS遺伝子が配偶子嚢と葉脈で異なる制御経路を介して形成分裂を誘導していることが明らかになりました。今後、LAS遺伝子が制御する下流の遺伝子経路を解明することで、器官の進化とLAS遺伝子の制御経路進化の関係が明らかになることが期待されます。
また、LAS遺伝子が雌雄の配偶子嚢において、特有の形成分裂を誘導していることが分かりました。今後、形成分裂が起きる際の細胞形態や分裂方向の詳細な解析を進めるとともに、下流遺伝子経路を明らかにすることで、細胞分裂方向の制御機構を解明できることが期待されます。
さらに、これらの知見は、遺伝子のわずかな変化によって生物は進化するという従来の進化メカニズムに加え、他の生物から移入した遺伝子が植物の陸上化のように大きな進化を引き起こす可能性を示唆しています。この視点は、進化生物学に新たな理解をもたらします。
地球環境の変化に伴い、作物の強靭な環境適応能力の向上が求められています。LAS遺伝子が、生殖細胞のような重要な細胞を守る組織の形成を誘導する役割を果たしていることは、品種改良や農業生産の向上における応用の可能性を示唆しています。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 萌芽研究、基盤研究(S)、文部科学省 科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「植物の挑戦的な繁殖適応戦略を駆動する両性花とその可塑性を支えるゲノム動態」、新学術領域研究「植物の生命力を支える多能性幹細胞の基盤原理」「細胞システムの自律周期とその変調が駆動する植物の発生」などの支援を受けて実施されました。

【掲載論文】
掲載誌名:New Phytologist
論文タイトル:Physcomitrium LATERAL SUPPRESSOR genes promote formative cell divisions to produce germ cell lineages in both male and female gametangia
(ヒメツリガネゴケのLATERAL SUPPRESSOR遺伝子は雄雌両方の配偶子嚢で形成分裂を促進し生殖細胞系列を生成する)
著者:Yuta Horiuchi, Naoyuki Umakawa, Rina Otani, Yousuke Tamada, Ken Kosetsu, Yuji Hiwatashi, Rena Wakisaka, Saiko Yoshida, Takashi Murata, Mitsuyasu Hasebe, Masaki Ishikawa, Rumiko Kofuji
(堀内雄太、馬川直之、大谷里奈、玉田洋介、幸節健、日渡祐二、脇坂怜奈、吉田彩子、村田隆、長谷部光泰、石川雅樹、小藤累美子)
掲載日時:2024年12月31日にオンライン先行版に掲載
DOI:10.1111/nph.20372
URL:http://doi.org/10.1111/nph.20372

【用語解説】
※1  GRAS転写因子
遺伝子の働きを調節する植物特有の一群の転写因子の総称。複数のグループ(サブファミリー)に分かれており、被子植物では植物の形作りや植物ホルモンの応答などに働くことが知られている。サブファミリーには、LAS遺伝子ファミリー、SCR遺伝子ファミリー、SHR遺伝子ファミリーなどがある。

※2  配偶子嚢 gametangia
内部で配偶子を作る多細胞の生殖器官。卵を作るものを造卵器、精子を作るものを造精器と呼ぶ。造卵器は、その内部で受精が起き、受精卵からの胚発生を保護する。

※3  形成分裂 formative division
新しい組織や器官を生成する際に起きる、親細胞とは異なる種類の細胞を作るような分裂のこと。対義語は、同じ種類の細胞の数を増やす増殖分裂。

※4  ジーントラップ系統
プロモーターを持たないレポーター遺伝子がゲノム中にランダムに挿入された生物集団。特定の部位でレポーター遺伝子が発現する生物を選び、近傍のDNA配列を調べることで、特定の細胞や器官で働く遺伝子を単離することができる。

※5  水平伝播
異なる生物間で遺伝子が転移する現象。単細胞生物ではかなりよく起きることが知られており、生物の進化に影響を与えると考えられている。対義語は、子孫へと遺伝子が伝わる「垂直伝播」。
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【本件に関するお問い合わせ先】
■研究内容に関すること
金沢大学理工研究域生命理工学系 助教
小藤 累美子

基礎生物学研究所 助教
石川 雅樹

基礎生物学研究所 教授
長谷部 光泰

■広報に関すること
金沢大学理工系事務部総務課総務係
基礎生物学研究所広報室

生物工学一般
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