2018/11/19 東京大学,理化学研究所
肥満に伴う糖尿病や脂質異常症などの代謝異常の原因として、脂肪組織における抗炎症作用を有するM2aマクロファージの活性低下による慢性炎症が注目されておりますが、なぜ肥満でM2aマクロファージ活性が減弱しているのか、その分子機構は不明でした。東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・生活習慣病予防講座 特任教授 門脇孝、医学部附属病院 病態栄養治療部 部長 窪田直人、理化学研究所 生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム 上級研究員 窪田哲也らは、肥満・インスリン抵抗性に伴う高インスリン血症が、マクロファージのインスリン受容体を介してインスリン受容体基質-2(Irs2)の発現を低下させ、その結果Irs2を介したIL-4によるM2aマクロファージ活性化が減弱し、慢性炎症が惹起されることを発見しました。肥満に伴う慢性炎症の新しい分子機構の解明により、肥満を解消せずとも糖尿病や脂質異常症等、肥満関連代謝疾患を改善できる新たな治療薬の開発につながることが期待されます。
1.発表者:
門脇 孝 (東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・生活習慣病予防講座 特任教授)
窪田 直人 (東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科 病態栄養治療部 准教授)
窪田哲也 (東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科/理化学研究所 生命医科学研 究センター 粘膜システム研究チーム 上級研究員)
2.発表のポイント:
◆抗炎症作用を有する M2a マクロファージ(注 1)の活性が、肥満の時に減弱するメカニズムを明らかにしました。
◆肥満に伴う高インスリン血症が、インスリン受容体基質-2(Irs2;注 2)の発現を低下させ、 IL-4 による M2a マクロファージ活性を減弱させる分子機構を明らかにしました。
◆慢性炎症の新しい分子機構が解明され、糖尿病や脂質異常症等、肥満関連代謝疾患の新たな治療薬の開発につながることが期待されます。
3.発表概要:
肥満に伴う糖尿病や脂質異常症などの代謝異常の原因として、脂肪組織における抗炎症作用を有する M2a マクロファージの活性低下による慢性炎症が注目されておりますが、なぜ肥満で M2a マクロファージ活性が減弱しているのか、その分子機構は不明でした。東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・生活習慣病予防講座 特任教授 門脇孝、医学部附属病院 病態栄養治療部 部長 窪田直人、理化学研究所 生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム 上級研究員 窪田哲也らは、肥満・インスリン抵抗性に伴う高インスリン血症が、マクロファージのインスリン受容体を介してインスリン受容体基質-2(Irs2)の発現を低下させ、その結果 Irs2 を介した IL-4 による M2 a マクロファージ活性化が減弱し、慢性炎症が惹起されることを発見しました。肥満に伴う慢性炎症の新しい分子機構の解明により、肥満を解消せずとも糖尿病や脂質異常症等、肥満関連代謝疾患を改善できる新たな治療薬の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、日本時間 11 月 19 日に英国の科学雑誌 Nature Communications にて発表されます。
4.発表内容:
【研究の背景】
代謝異常を伴う肥満患者と代謝異常を伴わない肥満患者の比較から、肥満に伴う代謝異常の基盤病態として、慢性炎症の重要性が示唆されています。慢性炎症を制御するマクロファージは、大きく炎症性サイトカイン(注 3)を分泌する M1 マクロファージと抗炎症性サイトカイン(注 3)を分泌する M2 マクロファージに分類され、脂肪細胞の肥大化に伴う M1 マクロファージの増加と M2 マクロファージの減少が慢性炎症の原因と考えられています。これまで慢性炎症の分子機構については主に M1 マクロファージ活性化機構を中心に解析されてきましたが、M2 マクロファージ、特にその中でも中心的な役割を果たしている M2a マクロファージ活性が、肥満においてなぜ障害されるのか、その分子機構は全く不明でした。
【研究の内容】
M2a マクロファージは主に IL-4/IL-4 type1 受容体(注 4)、STAT6 やインスリン受容体基質-2(Irs2)を介して活性化されます。肥満モデルマウスのマクロファージでは、IL-4 による STAT6 活性(注 5)は保たれていましたが、Irs2 の蛋白レベルが低下しており、Irs2 を介したシグナルの減弱が認められました。そこでマクロファージにおける Irs2 の役割を明らかにするために、ミエロイド特異的 Irs2 欠損(MIrs2KO)マウス(注 6)を作製し、高脂肪食負荷を行い解析しました。肥満の程度や脂肪細胞のサイズには差はありませんでしたが、このマウスではインスリン抵抗性や耐糖能異常を認め、F4/80 陽性のマクロファージ集簇に伴う crown-like structure(CLS)(注 7)の有意な増加と炎症性サイトカインの上昇を呈しました。 FACS 解析を実施すると、M2 マクロファージ、特に M2a マクロファージ関連遺伝子の発現が著明に低下しており、Irs2 が M2a マクロファージ活性化に重要な役割を果たしていることが明らかとなりました。次に IL-4-Irs2 を介した遺伝子発現調節機構について、EMSA、 Chip-qPCR、共免疫沈降法を用いて解析したところ、FoxO1/HDAC3/NCoR1 が Corepressor Complex を形成していること(注 8)、IL-4 刺激が入ると Irs2/PI3K/Akt を介して FoxO1 がリン酸化され、FoxO1/HDAC3/NCoR1 Corepressor Complex が解離し、M2a マクロファージが活性化されることが明らかとなりました。一連の解析から肥満では、IL-4 による STAT6 活性化は変化しませんが、Irs2 の発現が低下するために Irs2 を介する IL-4 シグナルが減弱し、 FoxO1/HDAC3/NCoR1 Corepressor Complex の乖離が十分に起こらないため、M2a マクロファージ活性が障害されていることが明らかとなりました。
次に Irs2 が肥満で低下するメカニズムを検討するために、インスリン受容体を介したインスリンシグナルに着目し、ミエロイド特異的インスリン受容体欠損(MIRKO)マウス(注 9)を作製し解析を行いました。興味深いことにこのマウスでは MIrs2KO マウスとは逆の表現型を呈し、インスリン感受性を示し炎症性サイトカインも低下し、M2a マクロファージ関連遺伝子の発現も有意に上昇していました。MIRKO マウスのマクロファージでは、Irs2 の発現が有意に上昇しており、Irs2 の発現低下は肥満に伴うインスリン受容体を介した高インスリン血症によるものであることが示唆されました。実際、細胞を用いた実験からコントロールマウスではインスリン添加により Irs2 の発現は低下しましたが、MIRKO マウスではこうした低下は認められませんでした。以上の結果から、肥満・インスリン抵抗性に伴う高インスリン血症はインスリン受容体を介して Irs2 の発現を低下させ、IL-4 による Irs2 を介した M2a マクロファージの活性化が障害されることにより、慢性炎症や代謝異常が引き起こされていることが明らかとなりました。【考察と治療への応用】 本研究により、肥満に伴う高インスリン血症は Irs2 の発現低下による IL-4 を介した M2a マクロファージ活性化障害を引き起こし、これが慢性炎症や肥満に伴う種々の代謝異常の原因となっていることが明らかとなりました。食事療法や運動療法、既存の薬剤等による高インスリン血症是正の重要性が改めて示されるとともに、マクロファージの Irs2 の働きやその下流のシグナルを活性化させるような薬剤が、肥満を解消せずとも糖尿病や脂質異常症等、肥満関連代謝疾患を改善できる新たな治療薬の開発につながることが期待されます。
5.発表雑誌:
雑誌名:Nature communications(オンライン版:11 月 19 日)
論文タイトル:Downregulation of macrophage Irs2 by hyperinsulinemia impairs IL-4-indeuced M2a-subtype macrophage activation in obesity
著者:Tetsuya Kubota*, Mariko Inoue*, Naoto Kubota*, Iseki Takamoto, Tomoka Mineyama, Kaito Iwayama, Kumpei Tokuyama, Masao Moroi, Kohjiro Ueki, Toshimasa Yamauchi, Takashi Kadowaki* (*co-first authors, co-corresponding authors)
DOI 番号:10.1038/s41467-018-07 358-9
6.注意事項:
日本時間 11 月 19 日(月)午後 7 時(英国時間:19 日(月)午前 10 時)以前の公表は禁じられています。
7.問い合わせ先:
【研究に関するお問合せ先】
東京大学医学部附属病院 病態栄養治療部准教授 窪田 直人(くぼた なおと)
【広報担当者連絡先】
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター(担当:渡部・小岩井)
理化学研究所 広報室 報道担当
8.用語解説:
注 1)M2 マクロファージ
M2 マクロファージは M2a、M2b、M2c、M2d と少なくとも 4 つの subtype マクロファージに分類される。IL-4 によって活性化されるものは M2a マクロファージのみであり、アルギナーゼ 1、Ym1、 FIZZ1 といった炎症を抑制する遺伝子を発現している。
注 2)インスリン受容体基質-2(Irs2)
インスリンによりインスリン受容体に引き続き活性化される分子で、肝臓や膵臓など広範な組織分布を示し、インスリン作用の主要な担い手と考えられている。マクロファージではインスリンに加えて IL-4 によっても活性化されることが知られている。
注 3) 炎症性サイトカインと抗炎症性サイトカイン
MCP-1 や TNFαといった生体内において炎症症状を引き起こすサイトカインを総称して炎症性サイトカインと呼び、Arginase1 や YM1 といった炎症を抑制するサイトカインを総称して抗炎症性サイトカインと呼ぶ。
注 4)IL-4 受容体
IL-4 の受容体には Type-1 と Type-2 の 2 つの受容体が存在する。Type-1 受容体は IL-4Rα と commonγ(γC)、Type-2 受容体は IL-4Rα と IL-13Rα1 で形成され、IL-4 は主に Type1 受容体に結合する。結合した後、JAK1 を介して IL-4Rα が活性化され、STAT6 をリン酸化するとともに、γC に存在する JAK3 を介して Irs2 がリン酸化され、下流にシグナルが伝達される。
注 5)STAT6
IL-4 受容体の主要な細胞質内シグナル伝達物質の1つである。IL-4 により JAK1 を介してリン酸化されると二量体となって核内へ移行し、M2a マクロファージの遺伝子の転写を活性化させる。
注 6)ミエロイド特異的 Irs2 欠損(MIrs2KO)マウス
マクロファージのみを特異的に欠損させることが技術的に困難なため、マクロファージを含む顆粒球系細胞特異的に Irs2 遺伝子を欠損したマウス。
注 7)crown-like structures(CLS)
王冠様構造と呼ばれ、肥満に伴い肥大化した後、細胞死に陥った脂肪組織をマクロファージが取り囲んで貪食・処理している構造物。
注 8)FoxO1/HDAC3/NCoR1 Corepressor Complex
FoxO1、HDAC3、NCoR1 が直接結合することによって複合体を形成し、転写を抑制する因子として働くこと。
注 9)ミエロイド特異的インスリン受容体欠損(MIRKO)マウス
マクロファージのみを特異的に欠損させることが技術的に困難なため、マクロファージを含む顆粒球系細胞特異的に IR 遺伝子を欠損したマウス。
9.添付資料:
健常者では、IL-4 によって STAT6 とともに Irs2 が活性化され、これによって M2a マクロファージ活性を抑制している Corepressor Complex である FoxO1/HDAC3/NCoR1 が乖離し、M2a マクロファージ活性が誘導され、慢性炎症は抑制される。ところが肥満者では、インスリン抵抗性に伴う高インスリン血症がインスリン受容体を介して Irs2 の発現を低下させるため、 FoxO1/HDAC3/NCoR1 Corepressor Complex の乖離が十分に起こらず M2a マクロファージ活性が障害され慢性炎症が惹起される。