忘れた記憶を復活させる薬を発見~既存の薬物で記憶痕跡の再活性化に成功~

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2019/01/08 東京大学 薬学研究科 薬学部

 北海道大学大学院薬学研究院の野村洋講師、京都大学大学院医学研究科の高橋英彦准教授、東京大学大学院薬学系研究科の池谷裕二教授らの研究グループは、脳内のヒスタミン神経系を刺激する薬物をマウスあるいはヒトに投与すると、忘れてしまった記憶をスムーズに思い出せるようになることを発見しました。本研究成果は2019年1月8日付でBiological Psychiatry誌(オンライン版)に掲載されました。
発表概要
覚えてから長時間経過すると、記憶は思い出せなくなります。しかし、ふとした瞬間に思い出せることがあるように、一見忘れたように思える記憶であっても、その痕跡は脳内に残っていると考えられます。しかし忘れた記憶を自由に回復させる方法は存在しません。本研究グループは、脳内のヒスタミン神経系を活性化する薬が記憶に与える影響をマウスとヒトで調べました。その結果、記憶テスト前にヒスタミン神経系を活性化すると、忘れてしまった記憶でも思い出せるようになることを見出しました。この薬の働きには、嗅周皮質と呼ばれる脳領域の活動上昇が関わっていました。また、特にもともと記憶成績が悪い参加者ほど薬の効果が大きいことがわかりました。
本研究成果は、脳内ヒスタミンや記憶のメカニズムの解明に有益であると共に、アルツハイマー病などの認知機能障害の治療薬開発の一助となることが期待されます。
忘れた記憶を復活させる薬を発見~既存の薬物で記憶痕跡の再活性化に成功~
図1 マウス記憶試験の結果 (A)マウスの物体記憶課題の概要。トレーニング時は同じ物体を2つ与える。直後のテストではマウスはトレーニング物体を覚えているので、新しい物体を好む。3日以上経過するとトレーニング物体を忘れて、2つの物体を同じように好む。ヒスタミン神経の活性化薬を与えると、マウスはトレーニング物体を思い出し、新しい物体を好むようになる。(B)トレーニングから時間が経過すると、物体記憶の成績は低下した。(C)ヒスタミン神経の活性化薬(H3受容体逆作動薬であるチオペラミド)をマウスに投与すると、忘れた記憶を思い出せるようになった。(D)本研究で明らかにした記憶の回復の神経メカニズム。
図2 ヒト行動試験の結果 (A)ヒトの記憶課題の概要。トレーニングでは参加者に128枚の写真を見せた。1週間後のテストでは、トレーニングで使った写真32枚、トレーニングで出なかった新しい写真32枚、トレーニングで使った写真と類似の写真32枚を見せ、トレーニングで見たか、類似の写真を見たかを質問した。(B)ベタヒスチン(ヒスタミン神経活性化薬)投与により、プラセボ(注6)投与に比べて物体記憶課題の正答率が上昇した。(C)プラセボ投与時の正答率で参加者を6つのグループに分類した。プラセボ投与時の正答率が低かった参加者(グループ1から3)は、ベタヒスチンの投与により正答率が大きく向上した。一方、プラセボ投与時の正答率が高かった参加者(グループ5、6)は、ベタヒスチン投与により正答率が低下した。

図3 「ヒスタミンが神経活動にノイズを加えることで記憶を回復させること」を説明する確率共鳴モデル (A)脳内に保存された記憶は、時間が経過すると思い出しにくくなり、ある閾値を下回ると思い出せなくなる。このような脳内の処理は、画像に対する2値化(色の濃さが閾値を上回ったら黒、下回ったら白に変換すること)と類似している。(B)色が薄くなった画像にノイズを加えて2値化すると、元の画像が浮かび上がる。このようにして、記憶を思い出せなくなった神経回路にノイズを付加すると、記憶が回復すると考えられる。(C)一方、色が濃い画像にノイズを加えて2値化すると、ノイズを加える前より汚くなる(シグナル/ノイズ比率が悪化する)。同様にして、記憶を思い出すことができる神経回路にノイズを付加すると、記憶とノイズの比率が悪化すると考えられる。

論文情報

Hiroshi Nomura*, Hiroto Mizuta, Hiroaki Norimoto, Fumitaka Masuda, Yuki Miura, Ayame Kubo, Hiroto Kojima, Aoi Ashizuka, Noriko Matsukawa, Zohal Baraki, Natsuko Hitora-Imamura, Daisuke Nakayama, Tomoe Ishikawa, Mami Okada, Ken Orita, Ryoki Saito, Naoki Yamauchi, Yamato Sano, Hiroyuki Kusuhara, Masabumi Minami, Hidehiko Takahashi*, Yuji Ikegaya, “Central histamine boosts perirhinal cortex activity and restores forgotten object memories,” Biological Psychiatry: 2019年1月8日, doi:https://doi.org/10.1016/j.biopsych.2018.11.009.

関連教員

  • 池谷 裕二 / 教授 / 大学院薬学系研究科
医療・健康生物化学工学
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