植物の葉のクチクラの構造を分子レベルで解明

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クチクラの構造モデルの常識を覆す発見

2019-05-13 京都大学

長谷川健 化学研究所教授、羽馬哲也 北海道大学助教らの研究グループは、植物の葉の表面を覆う脂質膜である「クチクラ」の分子の構造を解明することに成功しました。
クチクラは、雨や乾燥などの様々な環境ストレスに対して防御の役割を果たす非常に多機能な薄膜です。これまで、クチクラを構成する分子の種類(炭化水素のワックス、クチンと呼ばれるポリエステル、多糖類など)の同定に関する研究は進んできましたが、葉の表面における分子の並び方(分子配列)や分子の向き(分子配向)についてはわかっておらず、クチクラが持つ機能の本質を理解するには至っていませんでした。
本研究では偏光変調赤外反射吸収分光法を用いることで、ヤセイカンランの葉のクチクラを前処理(溶媒による抽出など)することなくそのままの状態で非破壊分析し、ワックス、クチン、多糖類の配列・配向を分子の官能基レベルで明らかにすることに世界で初めて成功しました。また、これまでのクチクラの構造モデルでは「クチクラの外部(表面近傍)には多糖類は存在しない」と考えられてきましたが、本研究によって「クチクラの外部に多糖類(ヘミセルロース)が存在する」ことが明らかとなりました。
本研究成果は、これまでのクチクラの構造の常識を覆し、クチクラの構造モデルを大きく改善するものです。これにより、クチクラの機能の起源に迫るとともに、環境ストレスや病原菌や害虫に対する耐性を持つ植物への品種改良、生体模倣材料の設計・開発にもつながることが期待されます。
本研究成果は、2019年4月24日に、国際学術誌「Plant and Cell Physiology」のオンライン版に掲載されました。

図:クチクラの構造。(左)従来のモデル。(右)ヤセイカンランのクチクラの構造。

 

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1093/pcp/pcz063

Tetsuya Hama, Kousuke Seki, Atsuki Ishibashi, Ayane Miyazaki, Akira Kouchi, Naoki Watanabe, Takafumi Shimoaka, Takeshi Hasegawa (2019). Probing the Molecular Structure and Orientation of the Leaf Surface of Brassica oleracea L. by Polarization Modulation-Infrared Reflection-Absorption Spectroscopy. Plant and Cell Physiology, pcz063.

詳しい研究内容について

植物の葉のクチクラの構造を分子レベルで解明
~クチクラの構造モデルの常識を覆す発見~

ポイント
・植物の葉の表面を覆う脂質膜「クチクラ」の分子レベル構造を,非破壊分析することに成功。
・クチクラの外部に多糖類が存在することを発見し,これまでのクチクラの構造の常識を覆す。
・環境ストレス耐性,病原菌や害虫に対する抵抗性を持つ植物や生体模倣材料の開発への応用に期待。

概要
北海道大学低温科学研究所の羽馬哲也助教,京都大学化学研究所の長谷川健教授らの研究グループ は,植物の葉の表面を覆う脂質膜である「クチクラ*1」の分子の構造を解明することに成功しました。
クチクラは,雨や乾燥などの様々な環境ストレスに対して防御の役割を果たす非常に多機能な薄膜 です。これまで,クチクラを構成する分子の種類( 炭化水素のワックス,クチンと呼ばれるポリエス テル,多糖類など)の同定に関する研究は進んできましたが,葉の表面における分子の並び方(分子配列)や分子の向き(分子配向)についてはわかっておらず,クチクラが持つ機能の本質を理解する には至っていませんでした。
そこで,本研究では偏光変調赤外反射吸収分光法*2を用いることで,ヤセイカンラン*3の葉のクチ クラを前処理(溶媒による抽出など)することなくそのままの状態で非破壊分析し,ワックス,クチ ン,多糖類の配列・配向を分子の官能基レベルで明らかにすることに世界で初めて成功しました。ま た,これまでのクチクラの構造モデルでは「クチクラの外部 (表面近傍)には多糖類は存在しない」 と考えられてきましたが,本研究によって「クチクラの外部に多糖類(ヘミセルロース)が存在する」 ことが明らかとなりました。この結果はこれまでのクチクラの構造の常識を覆し,クチクラの構造モ デルを大きく改善するものです。これにより,クチクラの機能の起源に迫るとともに,環境ストレス や病原菌や害虫に対する耐性を持つ植物への品種改良,生体模倣材料の設計・開発にもつながると期 待されます。
なお,本研究成果は,2019 年 4 月 24 日「 水)公開の Plant and Cell Physiology 誌に掲載されまし た。


偏光変調赤外反射吸収分光法によるヤセイカンランの葉の測定の様子

【背景
陸生植物の葉や茎の表皮は,クチクラ(cuticle)と呼ばれる脂質膜で覆われています。クチクラは, 植物を雨や乾燥,紫外線,病原菌や害虫から守る役割を果たすことで知られています。さらにクチク ラは,植物が成長する際には組織同士が結合してしまうことを防ぐ潤滑剤としても働き,植物が生き ていくうえで欠かせない多機能な薄膜です。
これまでの研究によって,クチクラは「炭化水素のワックス」や「クチン」と呼ばれるポリエステ ルのような高分子,「多糖類」などで構成されていることが知られています。一方,クチクラはこれら 有機物が均一に混ざったものではなく,葉の表面からの深さによって構成物質が異なります。クチク ラの内部(表皮の細胞壁近く)は「クチクラレイヤー(cuticle layer)」と呼ばれ,多糖類に富むことが 知られています( 図 1 左)。クチクラの外部 (表面近傍)は「クチクラプロパー(cuticle proper)」と 呼ばれ,主にワックスとクチンで構成され,多糖類は存在しないと考えられてきました。クチクラプ ロパーよりさらに上部( 葉の最表面)には「クチクラ外ワックス(epicuticular wax)」と呼ばれるワッ クスの層があります。
クチクラの構造については未だ不明な点も多く,特に「クチクラの外部に多糖類が存在するかどう か?」は論争が続いてきました。またクチクラに限らず,電池や医療材料などに用いられている有機 薄膜がもつ機能の起源は,薄膜内での分子の並び方(分子配列)や,分子の向き(分子配向)に由来 します。
しかし,これまでの手法では,クチクラの分析のために試料の前処理 (溶媒による抽出など)や, 試料を破壊することによる分析が必要であったため,クチクラの分子が葉の表面で実際にどのように 配列,配向しているかについては,今に至るまでほとんどわかっておらず,クチクラが持つ機能の本 質を分子レベルで理解するには至っていませんでした。

【研究手法】
研究グループは,「偏光変調赤外反射吸収分光法」を用いて,植物の葉のクチクラについて分析を行 いました( 図 2)。この方法は赤外分光法の一種で,試料の前処理を必要とせず,そのままの状態でク チクラの赤外スペクトルを 10 分程度で非破壊測定することができます。
本研究では,ヤセイカンランの葉のクチクラを分析しました。ヤセイカンランのクチクラの厚さは およそ 3-6μm であり,偏光変調赤外反射吸収分光法で分析できる深さ( 0.1-0.5μm 以下)よりも厚 いことが知られています。そのため,ヤセイカンランのクチクラを偏光変調赤外反射吸収分光法によ って分析することで,クチクラの外部にどのような分子が存在し,それらがどのような配列,配向に なっているかを調べました。さらに,クチクラ内部を調べるために,全反射減衰赤外分光法( 分析深 さおよそ 2μm)を用いた分析も行うことで,クチクラ外部と内部とで分子の組成や構造がどのよう に異なるかを調べました。

【研究成果】
偏光変調赤外反射吸収分光法を用いて,ヤセイカンランの葉のクチクラの赤外スペクトルを測定し たところ,キシランやキシログルカンといった多糖類(ヘミセルロース)に由来するピークが検出さ れました( 図 3)。この結果は,これまで「クチクラの外部には多糖類は存在しない」という従来のク チクラの構造モデルの常識を覆すものです。さらに全反射減衰赤外分光法の結果から,クチクラ内部 には別の種類の多糖類( ペクチン)が豊富に存在することが明らかとなり,「ヤセイカンランのクチク ラ外部と内部とでは,存在する多糖類の種類が異なる」ことがわかりました (図 1 右)。 また,偏光変調赤外反射吸収分光法によって得られたスペクトルのピーク位置( 波数)やピークの 向き( 上向き/下向き)を詳細に解析することで,クチクラ外ワックスの炭素鎖は規則正しい配列を しており(結晶),葉の表面に対して垂直に配向している( 炭素鎖は葉の表面で立っている)など,ク チクラの分子の配列・配向を分子の官能基レベルで世界で初めて明らかにしました (図 3,4)。

【今後への期待】
本研究の成果は,これまでの植物の葉のクチクラの構造モデルを覆すものであり,クチクラが持つ 機能を分子レベルで理解するための重要な一歩となります。また,本研究で用いられた手法・成果は, 環境ストレス耐性や病原菌や害虫に対する抵抗性の付与を目指した品種改良への応用や,新しい生体 模倣材料*5の設計・開発への応用につながると期待されます。

論文情報
論文名: Probing the Molecular Structure and Orientation of the Leaf Surface of Brassica oleracea  L. by Polarization Modulation-Infrared Reflection-Absorption Spectroscopy (偏光変調反射吸収赤外分光法を用いたヤセイカンランの葉の表面の分子構造・配向に関す る研究)
著者名: 羽馬哲也 1,関 功介 2,石橋篤季 1,宮崎彩音 1,香内 晃 1,渡部直樹 1,下赤卓史 3,長谷 川健 3 (1北海道大学低温科学研究所,2長野県野菜花き試験場,3京都大学化学研究所)
雑誌名: Plant and Cell Physiology 植物生理学の専門誌)
DOI: 10.1093/pcp/pcz063
公表日 :2019 年 4 月 24 日 (水) (オンライン公開)

【参考図】


図 1.クチクラの構造。( 左)従来のモデル。 (右)ヤセイカンランのクチクラの構造。


図 2.偏光変調赤外反射吸収分光法による葉の測定のイメ―ジ図。


図 3.偏光変調赤外反射吸収分光法で測定したヤセイカンランの赤外スペクトル。


図 4.本研究でわかったヤセイカンランのクチクラの分子の配列と配向。

【用語解説】
*1 クチクラ(cuticle) … 植物の葉や茎の表皮の外側を覆う厚さ 0.1 から 10μm ほどの脂質膜。種に よっては 200μm ほどにもなる。英語ではキューティクル,日本語では角皮とも呼ぶ。

*2 偏光変調赤外反射吸収分光法 … 物質の表面に入射する光は入射面に対してその電場振動の向き が平行な p-偏光と垂直な s-偏光に分けることができる。偏光変調赤外反射吸収分光法は,赤外反射 測定における p-/s-偏光の依存性を利用した方法である。フーリエ変換赤外分光器から出力される赤 外光を偏光子と光弾性変調器によって偏光に変調をかけて試料に照射し,p-偏光の反射光と s-偏光の 反射光から赤外スペクトルを演算する( 図 2)。従来の赤外分光法と異なり,赤外スペクトルを得るた めに「参照基板を用いたバックグラウンド測定」を行う必要がないため,参照基板が用意できない生 体試料 (植物の葉など)の分析に適している。

*3 ヤセイカンラン … アブラナ科アブラナ属の植物の一種。キャベツ,カリフラワー,ブロッコリー をはじめとする様々な野菜の原種となっている。

*4 全反射減衰赤外分光法 …ダイアモンドなど屈折率の大きな物質でできたプリズムに試料を密着さ せ,プリズム側から赤外光を入射しプリズム/試料界面で全反射した光を測定することで,試料の赤 外スペクトルを得る方法。

*5 生体模倣材料 … クチクラをはじめ生物が持つ構造・機能を模倣した材料。バイオミメティック材 料とも呼ぶ。

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