2019-09-18 京都大学
竹内理 医学研究科教授らの研究グループは、ヒト細胞において、遺伝暗号であるコドンの偏りが、メッセンジャーRNA(mRNA)の安定性を制御し、タンパク質発現に影響していることを見出しました。
DNAから転写され作られるmRNAは、タンパク質を構成するアミノ酸配列へと変換される3つの塩基配列であるコドン(遺伝暗号)を持っています。mRNAの分解は、さまざまな機構で調節されていますが、ヒト細胞で、mRNAのタンパク質コード領域がmRNAの安定性にどのように影響するかは不明でした。
本研究では、ヒトのコドンが、3番目の塩基位置にGまたはCを持つコドン(GC3)と3番目の塩基位置にAまたはTを持つコドン(AT3)に大きく分類できることを見出しました。GC3コドンは、mRNAの安定化に、AT3コドンはmRNAの不安定化に関与することを見つけ、核酸配列内のコドンを変更することにより、選択した遺伝子のタンパク質発現を増加または減少させることが可能となることを見出しました。この機構を利用することにより、将来的に、細胞でのタンパク質発現の調節を介して、医療や工業的に利用されることが期待されます。
本研究成果は、2019年9月4日に、国際学術誌「EMBO Reports」のオンライン版に掲載されました。
図:コドンの偏りによるmRNA分解とタンパク質翻訳制御
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.15252/embr.201948220
Fabian Hia, Sheng Fan Yang, Yuichi Shichino, Masanori Yoshinaga, Yasuhiro Murakawa, Alexis Vandenbon, Akira Fukao, Toshinobu Fujiwara, Markus Landthaler, Tohru Natsume, Shungo Adachi, Shintaro Iwasaki, Osamu Takeuchi (2019). Codon bias confers stability to human mRNAs. EMBO reports.
詳しい研究内容について
ヒト細胞のコドン(遺伝暗号)に隠された暗号を解明
―ヒトコドン最適化制御による治療戦略の開発へ―
概要
京都大学大学院医学研究科 竹内理 教授らの研究グループは、ヒト細胞において、遺伝暗号であるコドンの 偏りが、メッセンジャーRNA(mRNA)の安定性を制御し、タンパク質発現に影響していることを見出しまし た。
DNA から転写され作られる mRNA は、タンパク質を構成するアミノ酸配列へと変換される 3 つの塩基配列 であるコドン(遺伝暗号)を持っています。mRNA の分解は、さまざまな機構で調節されていますが、ヒト細 胞で、mRNA のタンパク質コード領域が mRNA の安定性にどのように影響するかは不明でした。
本研究では、ヒトのコドンが、3 番目の塩基位置に G または C を持つコドン(GC3)と 3 番目の塩基位置に A または T を持つコドン(AT3)に大きく分類できることを見出しました。GC3 コドンは、mRNA の安定化 に、AT3 コドンは mRNA の不安定化に関与することを見つけ、核酸配列内のコドンを変更することにより、 選択した遺伝子のタンパク質発現を増加または減少させることが可能となることを見出しました。この機構を 利用することにより、将来的に、細胞でのタンパク質発現の調節を介して、医療や工業的に利用されうると考 えています。
本研究成果は、2019 年 9 月 4 日に国際学術誌「EMBO Reports」にオンライン掲載されました。
図 コドンの偏りによる mRNA 分解とタンパク質翻訳制御
1.背景
メッセンジャーRNA(mRNA)は、DNA から転写されることにより作られ、アミノ酸により構成されるタン パク質へと遺伝暗号が翻訳され、ヒトの体を形作っています。mRNA において、遺伝情報は、アミノ酸配列へ と変換される 3 つの塩基配列であるコドン(遺伝暗号)の形式でコードされています。20 種類存在するアミ ノ酸のそれぞれにコドンが対応していますが、ほとんどの場合、1 種類のアミノ酸が、複数のコドンによって コードされています。
mRNA の量やタンパク質翻訳の効率は、作られるタンパク質の量に直結することから、一度作られた mRNA の量は、その分解のスピードをコントロールすることにより、調節されています。mRNA 分解調節は、細胞の 恒常性維持や、細胞分化、免疫反応の調節など、さまざまな生命機能制御に重要であることが明らかとなって きています。
mRNA には、コドンによりタンパク質をコードしている部分と、タンパク質をコードしていない部分(非翻 訳領域)が存在し、ヒトにおいては、非翻訳領域が、mRNA の分解調節に重要であると考えられてきました。
しかし、2015 年に、酵母を用いた研究で、タンパク質コード領域のコドンの偏りが酵母の mRNA 分解に影 響を与えることが報告されました(Coller J ら、Cell 2015)。また、ゼブラフィッシュの受精卵における母性 mRNA 分解にもコドンの偏りが重要であることが報告されています(Mishima ら Mol Cell 2016)。しかし、 ヒト細胞で、mRNA のタンパク質コード領域が mRNA の安定性にどのように影響するかは不明でした。
そこで本研究では、ヒトにおいてコドンの偏り(バイアス)がヒト細胞の mRNA 安定性に影響を与えるか をバイオインフォマティクス解析や実験的研究により検討しました。
2.研究手法・成果
まず、バイオインフォマティクス分析を通じて、ヒト遺伝子の特定の部分が、複数あるコドンのうち特定の コドンを使用する方向に偏っていることが分かりました。さらなる解析により、ヒトコドンは 2 つの異なるグ ループに大別してクラスター化できることが明らかになりました。コドンの 3 番目の塩基位置にグアニン(G) またはシトシン(C)を持つコドン(GC3)と、3 番目の塩基位置にアデニン(A)またはチミン(T)(RNA で はウラシル(U))を持つコドン(AT3)です。また、ヒト細胞株における全 mRNA の分解速度を解析したデー タを用いて、GC3 コドンが mRNA を安定化するが、AT3 コドンが mRNA を不安定化することが分かってきま した。さらに、興味深いことに、GC3 コドンの頻度が高い mRNA は、AT3 リッチの対応物と比較してより効 率的に翻訳されることが分かりました。そこで、前者を「最適」、後者を「非最適」コドンとして示し、GC3 含 有量に基づいて mRNA の最適性を定量化する方法を開発しました。
また、免疫応答に重要な遺伝子である REL や IL-6 を用いて、これらをコードする核酸配列内のコドンを、 実験的に最適化もしくは非最適化することにより、これらの遺伝子の mRNA の分解を制御したり、タンパク 質発現を増加または減少させることができました。さらに、コドンによる mRNA 調節が、タンパク質翻訳に 依存する機構、および翻訳とは独立した機構によって行われていることを見出しました。このうち、翻訳とは 独立したコドンによる mRNA 制御因子を質量分析法により同定を試み、ILF2、ILF3 という RNA に結合する タンパク質が AT3 コドンを豊富に持つ mRNA に結合し、mRNA の量やタンパク質翻訳に関与することも明ら かとなりました。
3.波及効果、今後の予定
本研究では、ヒト細胞において、コドンの偏りが mRNA の分解やタンパク質翻訳の効率性に大きく関わり、 これが、GC3 や AT3 といったコドンの 3 番目の塩基の比較的単純な違いによって説明され得ることを明らか にしました。さらに、ILF2 や ILF3 といったタンパク質がとくに AT3 コドンの豊富な mRNA に結合し、コド ンの偏りによる mRNA 制御の一端を担っていることを解明しました。
今後は、これらの経路の背後にある正確な分子メカニズム、重要な調節タンパク質、および細胞種特異性な どに関し研究を行っていきます。
免疫反応や細胞の恒常性維持、分化などの多くの生物学的プロセスは mRNA とタンパク質の複雑な調節に 依存しているため、転写後および翻訳プロセスの調節不全は、さまざまな疾患を引き起こします。これらの制 御プロセスを明らかにすることにより、疾患の治療的介入のための戦略へとつながる可能性があると考えてい ます。この戦略により、治療的介入のターゲットを特定し、免疫調節障害や、癌関連疾患の診断または予後の バイオマーカーの開発などにもつながる可能性があると考えています。工業的には、細胞のタンパク質産生/ 分解機構を改変して、大量の組換えタンパク質を効率的に産生する方法の開発につながるかもしれません。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤 (S) 18H05278 (研究開発代表者: 竹内 理)の一環で行わ れました。
本研究は、理化学研究所、近畿大学、産業技術総合研究所、ドイツ Max Delbrück Center と共同で行ったも のです。
<研究者のコメント>
本研究では、遺伝暗号であるコドンの 3 番目の塩基が GC もしくは AT であるかという偏りが、さらなる遺伝 暗号となって、mRNA の安定性やタンパク質翻訳を調節するというユニークなシステムを持つことを見出し ました。このような 2 重暗号は、科学的に興味深いだけでなく、人為的にタンパク質産生量を調節する上でも 今後有用である可能性があると考えています。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Codon bias confers stability to human mRNAs(コドンの偏りがヒト mRNA の安定化に寄与する)
著 者:Fabian Hia, Sheng Fan Yang, Yuichi Shichino, Masanori Yoshinaga, Yasuhiro Murakawa, Alexis Vandenbon, Akira Fukao, Toshinobu Fujiwara, Markus Landthaler, Tohru Natsume, Shungo Adachi, Shintaro Iwasaki, Osamu Takeuchi
掲 載 誌:EMBO Reports DOI:10.15252/embr.201948220