2020-01-28 国立感染症研究所,北里大学,日本医療研究開発機構
概要
国立感染症研究所ウイルス第二部の村上耕介主任研究官の研究グループは、北里大学の片山和彦教授、米国ベイラー医科大学のMary K. Estes教授のグループと共同で、一部のノロウイルスが、胆汁酸により誘導される複数の細胞活動を巧みに利用して、細胞内に侵入していることを明らかにしました。この研究成果は、2020年1月2日付で米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)のオンライン版に掲載されました。
研究の背景
ノロウイルスは冬季に流行する急性胃腸炎の主要病原体で、大規模な食中毒を引き起こすこともあります。本研究グループは、”小腸オルガノイド(※1)”においてノロウイルスが増殖することを2016年にサイエンス誌に発表しました。また、一部のノロウイルスが、小腸オルガノイドへの感染時に胆汁を必要とすることも明らかにしたのですが、ノロウイルス感染時における胆汁の働きについては不明のままでした。
研究の成果
今回、本国際共同研究グループは、小腸オルガノイドへの感染時に胆汁を必要とするノロウイルスを用い、ウイルスが細胞に侵入する過程に焦点を当てて研究しました。その結果、胆汁に含まれる胆汁酸(※2)とセラミド(※3)が、ノロウイルスの細胞への侵入に重要な役割を果たすことを発見しました。また、胆汁酸を細胞培養液に加えると、1) エンドサイトーシス(※4)の促進、2) エンドソーム酸性化(※5)の誘導、3) 腸内腔側細胞膜のセラミドレベルの増加、といった複数の細胞活動の変化を引き起こすことも明らかにしました。さらにノロウイルスが、これら複数の細胞活動の変化を巧みに利用して細胞に侵入していくことを示しました。
今後の展開
ヒトが食品を摂取すると、小腸への胆汁の分泌という生体反応が引き起こされます。食中毒関連ウイルスであるノロウイルスが、この生体反応に相乗りして細胞へ侵入しているという新しい理解は、ノロウイルスに対する予防・治療法の開発を考える上で重要な情報になります。今後、ノロウイルスに対して有効な消毒薬、抗ウイルス剤が開発・確立されることで、ノロウイルスによる脅威が大幅に減少することが期待されます。
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の「下痢症ウイルスの病原性発現機構の解明及び新規治療薬・ワクチン等の開発に向けた研究(研究開発代表 染谷雄一)」及び「効率の良い培養細胞系・動物系が確立されていないウイルスの感染評価系の開発と診断・治療・予防法の基盤開発(研究開発代表 村松正道)」、日本学術振興会 科学研究費助成事業「基盤研究C(研究代表 村上耕介)」、その他NIH研究費の研究支援を受けて行われました。
論文情報
- タイトル:
- Bile acids and ceramide overcome the entry restriction for GII.3 human norovirus replication in human intestinal enteroids
- 著者:
- Kosuke Murakami, Victoria R. Tenge, Umesh C. Karandikar, Shih-Ching Lin, Sasirekha Ramani, Khalil Ettayebi, Sue E. Crawford, Xi-Lei Zeng, Frederick H. Neill, B. Vijayalakshmi Ayyar, Kazuhiko Katayama, David Y. Graham, Erhard Bieberich, Robert L. Atmar, and Mary K. Estes
- URL:
- https://doi.org/10.1073/pnas.1910138117
用語説明
- ※1 小腸オルガノイド
- 生体内の小腸と解剖学的、機能的に類似した特徴をもつ組織構造体のことです。本研究で用いた手法を村上らが日本語で紹介した書籍もあります(羊土社 実験医学別冊 オルガノイド実験スタンダード ISBN978-4-7581-2239-9)
- ※2 胆汁酸
- 胆汁酸は、胆汁を構成する成分の一つであり、肝臓においてコレステロールから合成されます。界面活性剤としての性質を持っているため、食物中の脂質とミセルを形成し、細胞への脂質の取り込みを促進します。また特定の受容体に特異的に結合し、さまざまな細胞活動を引き起こします。
- ※3 セラミド
- セラミドはスフィンゴ脂質の一つであり、細胞膜を構成する成分の一つです。酸性スフィンゴミエリナーゼ(※6)の触媒により、スフィンゴ脂質の一種であるスフィンゴミエリンからも合成されます。
- ※4 エンドサイトーシスとエキソサイトーシス
- エンドサイトーシスは、細胞外分子や細胞膜タンパク質などを細胞内に取り込むメカニズムのことで、エンドサイトーシスで生じる膜小胞をエンドソームと呼びます。逆にエキソサイトーシスは、細胞内の分子を細胞外に分泌するメカニズムのことです。
- ※5 エンドソーム酸性化とリソソーム
- エンドサイトーシスで取り込まれた分子の一部は、エンドソームを経由して、様々な分解酵素を含むリソソームに輸送され、リソソーム内で消化されます。エンドソーム内のpHは徐々に低下して酸性化していき、リソソーム内のpHは酸性に保持されています。
- ※6 酸性スフィンゴミエリナーゼ
- スフィンゴミエリンからセラミドを生成する酵素で、リソソーム内に存在しています。近年、リソソームのエキソサイトーシスによって細胞外へ分泌されることが報告されています。
- ※7 脂質ラフト
- 脂質ラフトは細胞膜に存在しており、脂質二重層に浮かぶ”筏”のような領域のことです。スフィンゴ脂質やコレステロールから形成されており、さまざまな膜タンパク質が集合していることから、シグナル伝達、膜輸送などの細胞機能の重要な役割を果たします。細菌やウイルス感染にも関与していることが分かっています。
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国立感染症研究所ウイルス第二部
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日本医療研究開発機構 戦略推進部 感染症研究課