ゲノム情報に基づく脳梗塞発症のリスク予測法を確立

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久山町研究の前向きコホートでもその有用性を検証

2020-02-04   岩手医科大学,九州大学,日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • 2016年にいわて東北メディカル・メガバンク機構が開発した脳梗塞発症のリスク予測法を、全国平均とほぼ同じ年齢・職業分布の久山町研究(福岡県)で検証しました。
  • ゲノム情報に基づく脳梗塞発症のリスクは高血圧や喫煙などの生活習慣病のリスク因子と独立して存在すること、また、それらと同程度のリスク因子になることを明らかにしました。
  • 遺伝的体質を脳梗塞などのリスク評価に加えることで、一人ひとりの体質に合わせた個別化医療・個別化予防の早期実現に貢献する可能性を示しました。
概要

岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM、機構長 佐々木真理)*1研究チームは、ゲノム情報に基づく脳梗塞発症のリスク予測法(iPGM)と、全国平均とほぼ同じ年齢・職業分布で一般的な日本人集団を対象にした久山町研究*2の追跡調査のデータを用いて、遺伝的体質と脳梗塞発症の関連を調査し、iPGMの有用性を示しました。

本研究成果は、国際科学雑誌 Stroke に2020年1月31日付(現地時間、オンライン公開)で掲載されました(Genome-Wide Polygenic Score and the Risk of Ischemic Stroke in a Prospective Cohort | Stroke )。

研究の背景

脳卒中はわが国の主要死因の一つです。脳卒中*3は、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血*4に分類され、脳卒中による死亡のうち、脳梗塞が60%を占めます。また、死に至らずとも、寝たきりなど要介護の原因になるため、医療的に重要な問題となっています。

国内外のこれまでの研究により、脳卒中のリスクと関連する32個の遺伝子座が明らかになっていましたが、それらの遺伝子座の情報を用いて脳梗塞発症を予測しても、その予測精度は高くありませんでした。そこでIMMは、遺伝統計学的な解析手法を駆使し、脳梗塞との関連性が不確かな遺伝子座を含め、より多くの遺伝子座(約357,000個の遺伝子座)の情報を加味して脳梗塞発症のリスク(遺伝的スコア)を計算するiPGM法を2016年に開発・発表しました。その発表では、脳梗塞患者群と健常者群のデータにおいてiPGMを用いて計算された遺伝的スコアは、脳梗塞発症と有意に関連することを報告しました(八谷剛史 他 Genetic Predisposition to Ischemic Stroke: A Polygenic Risk Score, Stroke, 2016)。この成果は症例対照研究から得られたため、この関連についてより質の高いエビデンスを得るためには、地域一般住民を対象にした前向きコホート研究*5での検討が必要でした。

研究の成果

今回の研究では、iPGMを用いて計算された遺伝的スコアと脳梗塞発症の関連について、世界で初めて、地域一般住民を対象とした前向きコホート研究で調査しました。対象者3,038人(久山町住民40歳以上の男女、うち脳梗塞発症者91人)をiPGMで算出された遺伝的スコアにより5群に分類し、分類群ごとに脳梗塞発症のリスクを推計しました。その結果、遺伝的スコアが最も高い群(遺伝的スコアが上位20%の対象者、5人に一人が該当)は、遺伝的スコアが最も低い群(遺伝的スコアが下位20%の対象者)と比べて、脳梗塞発症のリスクが2.4倍高いことが分かりました。また、疾病発症に関わるとされる因子(高血圧、糖尿病、喫煙など)の影響を取り除いて分析をしても、同様の結果が得られました。このことから、iPGMによる遺伝的スコアは、既知のリスク因子と独立して、脳梗塞発症のリスクと関連していることが分かりました(図1)。

ゲノム情報に基づく脳梗塞発症のリスク予測法を確立

図1.遺伝的スコアのレベル別に見た脳梗塞発症のハザード比*6。図中のQ1~Q5は、遺伝的スコアレベル20%ごとに分類された5群を表し、遺伝的スコアが高くなるほど、脳梗塞の発症リスクが高くなることが示されている。

さらに、遺伝的スコアの下位40%(Q1、Q2)を遺伝的スコア低値群、遺伝的スコア上位60%(Q3~Q5)を遺伝的スコア高値群として詳細に分析した結果、遺伝的スコア高値群は、遺伝的スコア低値群に比べて、脳梗塞発症のリスクが1.63倍高いことが分かりました。

遺伝的スコアによる脳梗塞発症のリスクの違いは、高血圧の有無によるリスクの違い(1.41倍)、糖尿病の有無によるリスクの違い(1.72倍)、喫煙によるリスクの違い(1.54倍)と同程度でした。このことから、脳梗塞発症のリスク評価に、遺伝的スコアが有用である可能性が示されました(図2)。

図2.遺伝的スコアと修正可能な脳梗塞リスク因子の性年齢調整ハザード比の比較。遺伝的スコアは、高血圧や糖尿病・喫煙と同程度のリスク因子になることが示された。

また、遺伝的スコア低値群でリスク因子が0個の方に比べ、遺伝的スコア低値群でリスク因子が2個以上の方は脳梗塞発症のリスクが1.62倍高いこと、遺伝的スコア高値群でリスク因子が2個以上の方は3.03倍のリスクがある一方、遺伝的スコア高値群でリスク因子が0個の方は1.18倍のリスクに留まることが分かりました。このことから、遺伝的スコア低値群、遺伝的スコア高値群のどちらにおいても、リスク因子の個数が増えるほど、脳梗塞発症のリスクが高くなることが明らかになり、遺伝的リスク高値群であっても、修正可能なリスク因子の個数を減らすことで、脳梗塞発症のリスクを低減できる可能性が示されました(図3)。

図3.遺伝的スコアレベルおよびリスク因子の個数別に推計された脳梗塞発症のハザード比。遺伝的スコア低値群、遺伝的スコア高値群のどちらにおいても、リスク因子の個数が増えるほど、脳梗塞発症のリスクが高くなる。

まとめと展望

脳梗塞発症のリスク評価に、遺伝的体質を加味することが有用である可能性が示されました。iPGMでは、約357,000個の遺伝子座の情報を用いますが、これらのデータはDNAマイクロアレイ法*7を用いて廉価(サンプル当たり1万円未満)に測定可能です。この手法を用いて一人ひとりが自身のリスクを知り、生活習慣の改善などに役立てることで、脳梗塞の予防に寄与できる可能性があります。また、将来的には、脳梗塞以外の生活習慣病のリスク評価にも遺伝的体質を加味することで、一人ひとりの体質に合わせた個別化医療・個別化予防の実現が期待されます。

参考

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)による東北メディカル・メガバンク計画のもと、岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)および東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)によって行われています。

用語解説
*1 岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM):
東日本大震災からの復興支援事業である東北メディカル・メガバンク計画の一環として、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED、理事長 末松誠)の支援の下、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo、機構長 山本雅之)とともに、岩手県・宮城県の被災地を中心にした大規模健康調査とゲノムコホート研究を行い、地域医療の復興に貢献するとともに、個別化医療・個別化予防などの次世代医療体制の構築を目指しています。
*2 久山町研究:
九州大学大学院 医学研究院 衛生・公衆衛生学分野(教授 二宮利治)が、福岡県久山町(人口約8,400人)の地域住民を対象に、1961年から50年間以上にわたり生活習慣病(脳卒中・虚血性心疾患、悪性腫瘍・認知症など)の疫学調査を実施しています。久山町住民は全国平均とほぼ同じ年齢・職業分布で偏りがほとんどない一般的な日本人集団であり、久山町研究では健診受診率・追跡率が高く、また、住民の方々のご協力により亡くなられた方の多くを解剖・検査するなど(通算剖検率75%)、精度の高い調査を実施しています。
*3 脳卒中:
脳の血管が破れるか詰まり、脳に血液が届かなくなることで、脳の神経細胞が障害される病気です。障害される部位により、片方の手足・顔半分のまひ・しびれが起こる、ろれつが回らない、経験したことのない激しい頭痛がする、などの症状が起こります。
*4 脳梗塞、脳出血、くも膜下出血:
脳卒中のうち、脳の血管が詰まる場合を脳梗塞、脳の血管が破れる場合を脳出血、脳を覆う膜にあるクモ膜下腔という隙間へ出血する場合を、くも膜下出血と言います(参考:国立循環器病研究センターHP)。
*5 前向きコホート研究:
特定の集団を一定期間追跡することによって、環境要因や遺伝的要因と疾病発生の関連を調べる調査のうち、未来に向かって調査を進める研究を前向きコホート研究と呼びます。
*6 ハザード比:
統計学上の用語で、グループ間で疾病発症率の相対的な危険度を比較するための指標です。例えば、本研究では遺伝的スコアが最も低い群に比べて、遺伝的スコアが最も高い群のハザード比は2.43(多変量調整時)と計算されました。この結果から、遺伝的スコアが最も高い群は、遺伝的スコアが最も低い群と比べて、脳梗塞のリスクが2.43倍高いという解釈が可能です。
*7 DNAマイクロアレイ法:
一度の実験で、個人ゲノムのうち、数十万~数百万の遺伝子座の情報を調べることができる技術のことでDNPチップとも呼ばれます。本研究で用いた形式のものは基板上に小さな穴が空いており、穴ごとに特有のオリゴDNAが接着されています。それらのオリゴDNAとの結合やDNA伸長反応時の蛍光を測定することにより、遺伝子座の情報を調べることができます。
論文題目
English Title:
A Genome-Wide Polygenic Score and the Risk of Ischemic Stroke in a Prospective Cohort: the Hisayama Study
Authors:
Tsuyoshi Hachiya; Jun Hata; Yoichiro Hirakawa; Daigo Yoshida; Yoshihiko Furuta; Takanari Kitazono; Atsushi Shimizu; Toshiharu Ninomiya
Journal Name:
Stroke
日本語タイトル:
前向きコホートにおけるゲノムワイドポリジェニックスコアと脳梗塞リスク:久山町研究
著者:
八谷剛史、秦 淳、平川洋一郎、吉田大悟、古田芳彦、北園孝成、清水厚志、二宮利治
お問い合わせ先
研究内容に関して

岩手医科大学 いわて東北メディカル・メガバンク機構 生体情報解析部門
教授 清水 厚志

九州大学大学院 医学研究院 衛生・公衆衛生学分野
教授 二宮 利治報道に関して

いわて東北メディカル・メガバンク機構 広報・企画部門
部門長 遠藤 龍人

九州大学広報室

AMED事業に関して

国立研究開発法人日本医療研究開発機構 基盤研究事業部 バイオバンク課

医療・健康細胞遺伝子工学
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