方向感覚に関わる神経回路のダイナミクス~複数脳部位の同期した活動が頭方位と旋回運動を符号化~

ad

2020-02-05 理化学研究所

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター知覚神経回路機構研究チームの風間北斗チームリーダー、塩崎博史研究員(研究当時)、太田和美テクニカルスタッフⅠの研究チームは、ショウジョウバエを用いて、方向感覚に関わる情報が複数の脳部位にまたがる神経回路のダイナミクスに符号化[1]されていることを発見しました。

本研究成果は、空間知覚や探索行動を担う神経メカニズムの理解につながると期待できます。

昆虫を含む多くの動物の脳には、自分が今どの方向を向いているかによって活動を変化させる「頭方位細胞」が存在します。

今回、研究チームは、バーチャルリアリティ[2]空間を飛行するキイロショウジョウバエ[3](ハエ)の脳活動を記録することで、頭方位の符号化に関わる神経回路を探索しました。その結果、これまでに知られていなかった頭方位細胞の集団を発見しました。そして、今回見つかった細胞集団と既知の頭方位細胞集団は、隣接する脳部位に投射し同期して活動すること、さらに両細胞集団は頭方位に加え、ハエ自身の旋回運動も符号化していることを見いだしました。これらの結果は、方向感覚に関わる情報が、従来考えられていたよりも広い範囲にまたがる神経回路が示す特定のダイナミクスに符号化されていることを示しています。

本研究は、科学雑誌『Neuron』(4月8日号)の掲載に先立ち、オンライン版(2月4日付:日本時間2月5日)に掲載されます。

研究の模式図

複数の脳部位にまたがる神経回路のダイナミクスが頭方位と旋回運動を符号化する

背景

昆虫を含む多くの動物は、自分が今どの方向を向いているかを知覚することで、空間を効率的に移動します。この知覚能力は、動物が特定の方向を向いている際に活動する「頭方位細胞」という神経細胞により担われると考えられています。これまで、哺乳類を用いた研究により、頭方位細胞は多数の脳部位に存在することが知られていますが、哺乳類の脳は大きく構造が複雑なため、頭方位細胞集団がどのような神経回路を形成し、機能するかを調べることは困難です。

この課題を解決するために、研究チームは、脳が小さく、特定の神経細胞の形態を可視化したりその活動を記録したりできる遺伝学的なツールが豊富にそろっているキイロショウジョウバエ(ハエ)に着目しました。近年、ハエの脳からも頭方位細胞が発見されましたが、哺乳類と同じように複数の脳部位に頭方位細胞が存在するかどうか、そして複数の頭方位細胞がどのような機能的ネットワークを形成しているかは分かっていませんでした。

そこで、研究チームは、過去に開発したハエ用のバーチャルリアリティ装置注1)とカルシウムイメージング法[4]を組み合わせることで、飛行中のハエの神経活動を記録し、頭方位細胞が構成する神経回路の同定を試みました。

注1)2017年9月5日プレスリリース「記憶と運動の情報を区別して伝える神経回路を発見

研究手法と成果

ハエを用いたこれまでの研究により、「楕円体[5]」と呼ばれる脳部位に投射する神経細胞集団が、頭方位に応じて活動を変化させることが知られていたことから、研究チームは、楕円体に近接する脳部位である「扇状体[5]」に着目しました。カルシウムイメージング法を用いて、バーチャルリアリティ空間を飛行中のハエの全ての扇状体細胞の活動をまとめて記録したところ(図1A)、活動のピークの位置が刻一刻と変化していることを発見しました(図1B)。

次に、扇状体の各細胞種の活動を個別に記録したところ、この活動が扇状体の中で柱状の神経突起(樹状突起・軸索)を持つ「コラム細胞」と呼ばれる神経細胞種(P-F-R細胞など)に由来することを突き止めました(図1C)。さらに活動パターンを詳しく解析した結果、活動のピークの位置は頭方位およびハエ自身の旋回運動に応じて、扇状体上を移動することが分かりました(図1D)。以上より、扇状体の頭方位細胞集団に相当するコラム細胞集団は、頭方位と旋回運動の情報を同時に伝えていることが明らかになりました。

頭方位と旋回運動に関わる扇状体コラム細胞の活動の図

図1 頭方位と旋回運動に関わる扇状体コラム細胞の活動

A:バーチャルリアリティ空間を飛行するハエから神経活動を記録するための装置。

B:全ての扇状体細胞の活動をまとめて記録した例。高い活動を明るい色で表示している。活動のピークの位置が刻一刻と変化することが分かる。

C:P-F-R細胞という扇状体のコラム細胞の模式図。右は、その細胞集団の各細胞が神経突起(樹状突起・軸索)を持つ領域を異なる色で表示している。PB、ROBはP-F-R細胞が投射する脳部位の名称。個々の細胞は、扇状体の一つのコラムに神経突起を持つが、細胞ごとに突起を持つコラム(楕円形で示した部分)が異なるため、細胞集団としては扇状体全域を覆う。

D:扇状体コラム細胞集団によって形成される活動のピークの位置(左)は、頭方位と旋回運動に応じて移動した。

次に、今回発見した扇状体の頭方位細胞が、楕円体の頭方位細胞とどのように関係しているかを検討しました。これまでの研究により、楕円体の頭方位細胞も柱状の神経突起を持つコラム細胞(E-PG細胞など)であり、楕円体のどこが強く活動するかにより、頭方位が符号化されていることが知られています。さらに、扇状体と楕円体のコラム細胞の間には規則的な接続パターンがあることが示されていることから(図2A)、「二つの脳部位の頭方位細胞は協調して機能する」という仮説を立てました。

この仮説を検討するため、扇状体と楕円体の頭方位細胞の活動を同時に記録したところ、扇状体の活動パターンと楕円体の活動パターンが同期して変化することが分かりました(図2B)。この結果は、両脳部位に存在する頭方位細胞が機能的な神経回路を形成していることを示しています。

扇状体コラム細胞と楕円体のコラム細胞が示す同期活動の図

図2 扇状体コラム細胞と楕円体のコラム細胞が示す同期活動

A:扇状体と楕円体のコラム細胞の模式図。P-F-R細胞、E-PG細胞と呼ばれるコラム細胞集団について、個々の細胞が神経突起(樹状突起・軸索)を持つ領域を異なる色で表示している。PB、ROB、GAはP-F-R細胞やE-PG細胞が投射する脳部位の名称。個々の細胞は、扇状体もしくは楕円体の一つのコラム(楕円形で示した部分)に神経突起を持つが、細胞ごとに突起を持つコラムが異なるため、細胞集団としては扇状体全域を覆う。

B:扇状体と楕円体の同じ色のコラムは、同期して活動した。

これらの結果から、扇状体と楕円体に投射するコラム細胞集団が神経回路を形成し、同期して活動することで、頭方位や旋回運動の情報が脳内に符号化されていると考えられます。

今後の期待

本研究により、キイロショウジョウバエの頭方位と旋回運動の情報が、複数の脳部位にまたがる神経回路が示す特定のダイナミクスに符号化されていることが明らかとなりました。今後、方向感覚を担う神経回路が、運動を生成する神経回路にどう影響を与えるかを解析することで、空間知覚をもとに環境を探索する動物の脳内で行われている計算が理解できると期待できます。

補足説明

1.符号化
情報を一定の規則に従って変換し、別の様式で表現すること。神経科学においては、感覚刺激や自己運動の変化に伴い、神経活動が変化するとき、神経細胞・活動はその情報を符号化しているという。例えば、ある神経細胞の活動が、頭が特定の方向を向いているときに高くなる場合、その神経細胞は頭方位を符号化するという。

2.バーチャルリアリティ
あたかも現実のように感じられる環境を作り出す技術。体の動きに応じて感覚入力を変化させることで、その環境の中にいるという錯覚を生み出す。本研究では、ハエの旋回運動に応じて景色を動かした。

3.キイロショウジョウバエ
およそ100年前から生物学のモデル動物として用いられてきたハエ。さまざまな遺伝学的手法を適用できる。

4.カルシウムイメージング法
カルシウムイオンの濃度に応じて明るさが変化する蛍光分子を用いて、細胞内のカルシウムイオン濃度を計測する方法。神経細胞が興奮するとカルシウム濃度が上昇するので、神経細胞の活動を調べる方法として広く用いられている。

5.楕円体、扇状体
ハエの脳部位の名称。どちらの脳部位も、視覚、記憶、運動、睡眠といったさまざまな過程に関わることが示唆されているが、生理学的な性質については未知の点が多い。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究(B)「時空間統合された感覚情報に基づく行動選択の神経機構(研究代表者:塩崎博史)」、同基盤研究(C)「視覚と記憶に基づく意思決定の神経回路機構(研究代表者:塩崎博史)」、同基盤研究(B)「高次嗅覚中枢における匂い嗜好の情報処理と回路メカニズム(研究代表者:風間北斗)」、同挑戦的研究(萌芽)「発行計測技術の開発による求愛学習中のドーパミン細胞のダイナミクスと機能の解明(研究代表者:風間北斗)」、上原記念生命科学財団研究奨励金「空間知覚を司る神経回路の動作機構(研究代表者:塩崎博史)」および花王株式会社の支援を受けて行われました。

原論文情報

Hiroshi M. Shiozaki, Kazumi Ohta, Hokto Kazama, “A Multi-regional Network Encoding Heading and Steering Maneuvers in Drosophila”, Neuron, 10.1016/j.neuron.2020.01.009

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 知覚神経回路機構研究チーム
チームリーダー 風間 北斗(かざま ほくと)
研究員(研究当時) 塩崎 博史(しおざき ひろし)
テクニカルスタッフⅠ 太田 和美(おおた かずみ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

ad

生物化学工学生物環境工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました