結核感染による宿主遺伝子発現の網羅的解析~宿主マクロファージ遺伝子の保護的・破壊的作用~

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2018-05-08 理化学研究所,ケープタウン大学感染症分子医学研究所

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター細胞機能変換技術研究チームの鈴木治和チームリーダーらとケープタウン大学感染症分子医学研究所のフランク・ブロムバッハー教授らの国際共同研究チームは、結核感染による宿主[1]遺伝子の網羅的発現データを作成し、その解析に成功しました。

本研究成果は、結核菌と宿主細胞との相互作用の理解や、宿主因子を標的とした結核治療薬の開発に貢献すると期待できます。

今回、国際共同研究チームは、結核菌感染による炎症反応や免疫応答をつかさどる細胞であり、かつ結核菌が侵入して増殖するための標的細胞でもあるマクロファージ細胞[2]を用いて、結核菌感染による遺伝子発現変動ダイナミクスの網羅的発現地図を作成しました。それを解析した結果、結核菌の感染は広範かつ劇的にマクロファージ細胞の遺伝子発現に変動を起こし、宿主の免疫防御とそれに対する結核菌の逃避作用からなる激しい「細胞内戦争」が起きていることが明らかとなりました。また、M1[3]と呼ばれる活性化マクロファージ細胞に結核菌が感染すると、結核菌を壊すM1活性化状態が増強されて宿主保護作用が強化されること、さらにM2[4]と呼ばれる活性化マクロファージ細胞に結核菌が感染すると、M2活性化状態が増強され結核菌がより生存しやすい環境になることが分かりました。

本研究成果は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』の掲載に先立ち、オンライン版(4月30日付け)に掲載されました。

※研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的国際科学技術協力推進事業「結核菌感染における宿主マクロファージ遺伝子の保護的・破壊的作用の解明(研究代表者:鈴木治和)」による支援を受けて行われました。

背景

抗結核薬やBCGワクチンが普及している現在でも、結核(Mycobacterium tuberculosis)は最も頻度の高い致死感染症の一つであり、結核が原因で全世界では毎年150万人が死亡しています注1)

マクロファージ細胞は、結核菌の感染による炎症反応や免疫応答をつかさどる細胞であり、活性化することにより感染した結核菌を死滅させようとします。一方、マクロファージ細胞は結核菌が増殖するための標的細胞でもあり、細胞内に侵入した結核菌はさまざまな宿主機能を阻害することによりマクロファージ細胞の活性化作用から逃れようとします。したがって、結核菌とマクロファージ細胞との相互作用は、現在までにいくつかの報告があるものの、いまだに詳細な解析を必要とする重要な研究分野です。

そこで国際共同研究チームは、理研が持つ独創的な遺伝子発現解析手法であるCAGE法[5]を用いて、結核菌感染によるマクロファージ細胞の遺伝子発現変動ダイナミクスの網羅的地図の作成を試みました。

注1)WHO Global tuberculosis report 2017

研究手法と成果

国際共同研究チームはまず、マウス骨髄の細胞から調製したマクロファージ細胞に結核菌(HN878株)を感染させ、経過時間ごとにマクロファージ細胞の遺伝子発現を調べました。その結果、結核菌の感染は広範かつ劇的にマクロファージ細胞の遺伝子発現に変動を起こし、その数は発現している遺伝子の4分の1にも及びました。これはマクロファージ細胞の二つの活性化(M1およびM2と呼ばれる活性化)で観察される発現変動遺伝子数の10倍以上でした(表1)。

結核菌感染で発現亢進する遺伝子には、M1活性化で発現亢進する炎症反応に関わる遺伝子のほとんどと、M2活性化で発現亢進する組織修復に関わる遺伝子の多くが両方とも含まれていることが分かりました。また、細胞死に関わる遺伝子の発現亢進もみられることも分かりました。一方、結核菌感染で発現減少する遺伝子には細胞核の基本機能に関わる遺伝子が含まれていることが判明しました。

次に、M1およびM2活性化させたマクロファージ細胞に結核菌が感染したとき、マクロファージ細胞の遺伝子発現がどのように影響を受けるのかを調べました。その結果、活性化状態で結核菌を感染させると、活性化させずに結核菌感染させた場合と比較して、さらに多くの発現変動遺伝子を検出できました。この変動遺伝子の発現パターンをクラスター解析[6]したところ、M1およびM2活性化マクロファージ細胞への結核菌感染では、発現変動する遺伝子の一部で変動している時間が延びることが分かりました。

さらに、M1活性化状態での結核菌感染によって発現変動がより強く亢進する遺伝子を調べると、M1で発現亢進する炎症反応に関わる遺伝子が多く含まれていること、一方で、M2活性化状態での結核菌感染では、M2で発現亢進する組織修復に関わる遺伝子が多く含まれていることが分かりました。すなわち、M1あるいはM2活性化したマクロファージ細胞に対する結核菌感染では、それぞれM1あるいはM2活性化反応が増強されることが明らかになりました(図1)。これは、前者では結核菌を壊すM1活性化の増強による宿主保護作用が、後者ではM2活性化の増強によって結核菌がより生存しやすい環境が作られているものと考えられます。

これらの結果から、結核菌感染したマクロファージ細胞では、宿主の免疫防御とそれに対する結核菌の逃避作用からなる、激しい「細胞内戦争」が起きていることが明らかとなりました。

最後に、近年遺伝子発現の制御に重要な役割を果たすことが分かってきた非翻訳RNA[7]の結核菌感染による発現変動も調べました。結核菌感染のみと比較すると、M1あるいはM2活性化状態での結核菌感染でのみ発現変動する多くの非翻訳RNAを発見できました。興味深いことに、結核菌感染によって発現変動する非翻訳RNAの7~8割は発現減少を示しており、発現亢進が主流であったタンパク質コード遺伝子の場合とは異なる結果を得ました。この現象が宿主の免疫防御とそれに対する結核菌の逃避作用にどのように関わっているのか、今後明らかにする必要があります。

今後の期待

今回作成した結核菌感染によるマクロファージ細胞の網羅的な遺伝子発現データは、結核感染症や免疫学の研究者に貴重な情報を提供します。宿主の結核感染に対する作用、結核菌の宿主免疫システムから逃れるメカニズムなど、宿主と結核菌との相互作用のさらなる詳細な解析に役立つことが期待できます。

また、解析によって明らかとなった結核菌感染で発現変動するタンパク質コード遺伝子および非翻訳RNAは、結核感染におけるバイオマーカーとして用いられることが期待できます。さらに、結核菌の生存しやすい環境に関わっていると推測される遺伝子は、それを対象とした結核治療薬開発のための標的となる可能性が期待できます。

原論文情報

Sugata Roy, Sebastian Schmeier, Bogumil Kaczkowski, Erik Arner, Tanvir Alam, Mumin Ozturk, Ousman Tamgue, Suraj P. Parihar, Hideya Kawaji, Masayoshi Itoh, Timo Lassmann, Piero Carninci, Yoshihide Hayashizaki, Alistair R. R. Forrest, Reto Guler, Vladimir B.Bajic, Frank Brombacher, Harukazu Suzuki1,2, “Transcriptional landscape of Mycobacterium tuberculosis infection in macrophages”, Scientific Reports, 10.1038/s41598-018-24509-6

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター 細胞機能変換技術研究チーム
チームリーダー 鈴木 治和(すずき はるかず)

ケープタウン大学 感染症分子医学研究所
教授 フランク・ブロムバッハー(Frank Brombacher)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. 宿主
    結核などの感染症において、病原体が感染する対象を宿主と呼ぶ。
  2. マクロファージ細胞
    白血球の一種で、炎症反応や免疫応答をつかさどる細胞。細菌や異物を取り込んで消化する役割を持つとともに、その情報をT細胞に伝える役割を担う。結核菌をはじめとするいくつかの微生物が増殖するための標的細胞でもある。
  3. M1
    マクロファージ細胞の活性化の一種。T細胞から放出されるインターフェロンガンマ(IFNγ)によって引き起こされ、炎症反応や細菌破壊作用を示す。M1活性化するときは、M2活性化は起こらない。
  4. M2
    M1とは異なったマクロファージ細胞の活性化の一種。サイトカインのインターロイキン4(IL4)やIL13によって引き起こされ、組織修復に関わる。M2活性化するときは、M1活性化は起こらない。
  5. CAGE法
    理研が独自に開発した遺伝子解析技術で、転写開始点と呼ばれるRNAが書き写される領域の先頭(5’端)だけを次世代シーケンサーで解析する方法。読み取った配列をゲノム上にマッピングして数えることで、転写開始点を同定するとともに、各転写開始点から書き出されているRNAの数を定量することができる。CAGEは、Cap Analysis of Gene Expressionの略。
  6. クラスター解析
    異なる性質が混じりあった集団から、互いに似た性質を持つものをまとめる解析。
  7. 非翻訳RNA
    タンパク質へ翻訳されずに機能するRNAの総称。ノンコーディングRNAともいう。

 

結核菌感染、M1およびM2活性化によって発現が変化した遺伝子数の表

表1 結核菌感染、M1およびM2活性化によって発現が変化した遺伝子数

結核菌感染によって発現が増加あるいは減少する遺伝子数を感染後の時間ごとに調べた。同様に、インターフェロンガンマ(IFNγ、M1活性化)あるいはインターロイキン4(IL4)とIL13(M2活性化)によって刺激した後に、発現が増加あるいは減少する遺伝子数を時間ごとに調べた。結核菌感染により変化した遺伝子数は、M1活性化とM2活性化による変動遺伝子数の10倍以上だったことが分かる

M1活性化と結核菌感染によるM1活性化遺伝子の発現増強の図

図1 M1活性化と結核菌感染によるM1活性化遺伝子の発現増強

遺伝子発現量は、青色(低発現)から赤色(高発現)で表している。結核菌感染のみ(Mtb_4時間からMtb_48時間)でも、炎症反応や免疫応答に関わるM1活性化遺伝子(Nos2、Cxcl10、Cxcl9、Cxcl11など)の発現が無処置(Unstimulated)と比較して増加する。インターフェロン(IFNg)で刺激してM1活性化したマクロファージ細胞に結核菌感染させると、それら遺伝子の発現がさらに増強されることが分かった。

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