コレステロール欠乏による線毛病発症メカニズムを解明
2020-05-05 広島大学,理化学研究所,日本医療研究開発機構
本研究成果のポイント
- ペルオキシソームが、線毛にコレステロールを供給する仕組みを解明しました。
- ペルオキシソーム形成不全症では線毛のコレステロールが欠乏して、線毛機能が低下することを明らかにしました。
概要
広島大学原爆放射線医科学研究所の宮本達雄准教授、松浦伸也教授らのグループは、細胞小器官のひとつであるペルオキシソーム(※1)が細胞の「センサー」として働く一次線毛(※2)にコレステロール(※3)を供給することを明らかにしました。過剰なコレステロールによって高脂血症や動脈硬化などのリスクが高まることはよく知られていますが、コレステロールの低下が健康に及ぼす影響はよく分かっていませんでした。今回、理化学研究所生命機能科学研究センター(BDR)、広島大学ゲノム編集イノベーションセンター、広島大学大学院統合生命科学研究科との共同研究により、ペルオキシソーム形成不全症(※4)患者の細胞では、一次線毛のコレステロールが低下することで、線毛の機能障害が生じることを明らかにしました。また、コレステロールの補充によって、線毛異常が改善することを実証しました。ゲノム編集技術(※5)や電子顕微鏡技術(※6)を用いて、さらに詳しく調べた結果、ペルオキシソームが微小管(※7)の上を運動して一次線毛にコレステロールを供給する仕組みを解明しました。
一次線毛には、「がん」や「精神・神経疾患」に関連する分子が多く集まっているため、本研究成果は、一次線毛に関係する遺伝子が先天的に欠損した稀少疾患である「線毛病」だけではなく、患者数の多い病気に対する新たな治療法の開発にも貢献すると期待されます。
本研究成果は、欧州分子生物学機構が出版する雑誌「The EMBO Journal」(2018年インパクトファクター:11.227)のオンライン版に令和2年5月5日12時(日本時間:令和2年5月5日19時)に掲載されます。
※本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)・革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」研究開発領域(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「コレステロールが制御する繊毛機能とその破綻」(研究開発代表者:宮本達雄)、文部科学省科学研究費補助金、小野医学研究財団助成金により、理化学研究所-広島大学共同研究拠点(理研-広大科学技術ハブ)における連携研究課題として行われました。
論文発表
- 論文名:
- Ciliary cholesterol insufficiency in the hereditary Zellweger syndrome
- 著者名:
- Tatsuo Miyamoto*,#, Kosuke Hosoba*, Takeshi Itabashi, Atsuko H Iwane, Silvia Natsuko Akutsu, Hiroshi Ochiai, Yumiko Saito, Takashi Yamamoto, Shinya Matsuura# (*共同筆頭著者、#共同責任著者)
- DOI:
- 10.15252/embj.2019103499
背景
ヒトの身体を構成する多くの細胞の表面には、一次線毛と呼ばれる「1本の毛」のような突起構造が発達しています(図1)。一次線毛を覆う細胞膜(線毛膜)には、個体発生や組織幹細胞の維持に関与する細胞外情報をキャッチする受容体が集まっており、細胞の「センサー」として機能します。線毛膜は、細胞膜の他の部分に比べて、コレステロールが豊富に含まれていますが、どのようにコレステロールが線毛に運ばれるのか?、コレステロールは線毛でどのような役割を果たしているのか?は分かっていませんでした。
図1 一次線毛と線毛病一次線毛は、全身に観察され、細胞外の情報を感知する「センサー」として働きます。一次線毛に関係する遺伝子が先天的に欠損した場合は、多発性嚢胞腎など特徴的な先天奇形を伴う「線毛病」を発症します。ペルオキシソーム形成不全症でも線毛病が合併します。
本研究では、コレステロールの「線毛への供給」と「線毛での機能」の解明を目的として、線毛病に特徴的な症状を合併するペルオキシソーム形成不全症に着目して、ペルオキシソームと線毛との間でのコレステロール輸送、コレステロールが線毛のセンサー機能に与える影響について、最先端のゲノム編集技術や電子顕微鏡技術を用いて調べました。
研究成果の内容
ペルオキシソーム形成不全症患者の皮膚から採取した細胞のコレステロールの分布を調べたところ、健常者の細胞に比べて、一次線毛のコレステロール量と線毛のセンサー能が劇的に低下していました(図2)。興味深いことに、患者の細胞にコレステロールを補充すると、線毛のセンサー能が回復することを明らかにしました。しかし、どうしてペルオキシソームが失われると線毛のコレステロールが低下するのか? は分かりませんでした。そこで、理化学研究所-広島大学共同研究拠点が誇る最先端の電子顕微鏡技術を用いて、一次線毛とペルオキシソームの関係について調べました。その結果、ペルオキシソームが一次線毛の根元に接近していることを世界で初めて観察することに成功しました(図3)。さらに、ゲノム編集技術を用いてペルオキシソームと一次線毛との間でのコレステロール輸送に関与する分子について詳しく調べたところ、ペルオキシソームは微小管の上を一次線毛に向かって運動して、線毛の根元でコレステロールの受け渡しを行っていることが分かりました(図4)。
図2 一次線毛におけるコレステロール、センサータンパク質健常者細胞の一次線毛(青色で染色:赤色は線毛の基部に位置する基底小体(中心体)を示す)にはコレステロールが豊富に存在するのに対して、ペルオキシソーム形成不全症の患者細胞では劇的に低下していました。また、細胞増殖や分化を制御するソニック・ヘッジホッグタンパク質に対するセンサータンパク質(Smo)は、健常者細胞の一次線毛に集まるのに対して、患者細胞では一次線毛へのセンサータンパク質の集積が障害されていました。
図3 一次線毛の根元付近の構造理化学研究所-広島大学共同研究拠点の共焦点レーザー走査型顕微鏡と集束イオンビーム走査電子顕微鏡、3次元再構築解析法による3次元-光-電子相関顕微鏡法(3D-CLEM:Correlative light-electron microscopy)を用いて、ペルオキシソームが一次線毛の根元(線毛ポケット)に近接していることを明らかにしました。
図4 一次線毛へのコレステロール輸送ペルオキシソームは、微小管の上をRabin8/Rab10/KIFC3複合体を使って、線毛ポケットに向かって運動します。また、線毛ポケットに存在するORP3タンパク質がペルオキシソームから一次線毛にコレステロールを輸送することを明らかにしました。ペルオキシソーム形成不全症では、線毛へのコレステロール供給が障害されるため、線毛機能不全(線毛病)に陥ることが示唆されました。
以上の結果から、ペルオキシソームはコレステロールを線毛に供給する機能をもっており、ペルオキシソーム形成不全症では線毛のコレステロール量が低下することで線毛病を発症することが示唆されました。
今後の展開
本研究により、コレステロールの細胞内輸送の新たな経路として、ペルオキシソームと一次線毛が連携する経路が明らかになりました。本研究成果は、ペルオキシソーム病に合併する線毛病症状の治療に貢献することが期待されます。また、線毛膜には、細胞増殖を制御する分子やヒトの行動を制御するホルモンに対する受容体が集積しているため、線毛のコレステロールを制御する薬剤の開発は、「がん」や「精神・神経疾患」の新たな治療法に繋がると考えられます。
用語説明
- (※1)ペルオキシソーム:
- 脂質の代謝や過酸化水素の分解など多様な細胞内代謝を行う細胞小器官。
- (※2)一次線毛:
- ヒトの細胞表面に発達する不動性の突起構造。一次線毛を覆う細胞膜(線毛膜)には、細胞外の情報(増殖因子、ホルモン、物理刺激など)を感知するための分子が集積しており、細胞の「センサー」として機能する。
- (※3)コレステロール:
- 細胞膜を構成する脂質の一つで、細胞膜の「堅さ」を決定する機能をもつ。また、性ホルモンなどのステロイドホルモンの前駆体に用いられる。
- (※4)ペルオキシソーム形成不全症:
- ペルオキシソームを作るために必要な遺伝子が先天的に欠損した病気で、発見者にちなんでZellweger症候群と呼ばれる。本疾患は非常に稀な遺伝病で、重度の神経障害や肝腫大など脂質代謝異常による症状に加えて、多発性嚢胞腎や網膜色素変性症といった線毛病症状を合併する。
- (※5)ゲノム編集技術:
- ゲノム上の任意の塩基配列を切断するCRISPR-Cas9システムなどの人工ヌクレアーゼを用いて、遺伝情報を効率的に改変する技術。
- (※6)電子顕微鏡技術:
- 通常の顕微鏡は、観察対象に光をあてて観察するのに対して、電子顕微鏡では電子線を用いることで、より細かい構造(nm:ナノメートルレベル、1mmの100万分の1レベル)を観察できる。
- (※7)微小管:
- 細胞内に見られる直径約20nmの管状の構造であり、中心体から発達する。
お問い合わせ先
広島大学 原爆放射線医科学研究所 准教授 宮本 達雄
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