2020-09-16 京都大学iPS細胞研究所
ポイント
- 骨髄(注1の血管内皮細胞には、抗体分子(注2を結合する受容体(Fcγ受容体IIb(注3)が発現しており、造血ホルモンであるエリスロポエチン(注4刺激によってその発現量が増加する。
- 骨髄血管内皮細胞は、エリスロポエチンの刺激を受けると、Fcγ受容体IIbを介した血中の免疫複合体(抗原抗体複合体)の取り込み能を獲得する。
- エリスロポエチンは、骨髄の血管内皮細胞の免疫複合体取り込み能を誘導することで、血中の免疫複合体の除去を促進する。
1. 要旨 ウイルスや細菌、あるいは細菌由来の毒素など、体に侵入すると有害な病原体や物質(抗原)を取り除くために、免疫システムは抗原に対する特異的な抗体を産生して抗原に結合し、免疫複合体(抗原抗体複合体)を形成する事で、病原体の感染を防いだり、毒素を中和したりする働きを備えています。しかし免疫複合体は、長く体内に残ると血管や組織などに沈着して炎症を起こしてしまうため、速やかに血中から取り除かれる必要があります。
本研究では、造血臓器としてよく知られた骨髄の血管内皮細胞が、エリスロポエチンの刺激を受けることで免疫複合体を取り込む機能を獲得し、結果として血液中の免疫複合体の迅速な除去を促進する事を、マウスモデルを用いて明らかにしました。この結果は、本来は造血ホルモンとして知られるエリスロポエチンの免疫応答制御における新しい機能を示すとともに、造血臓器である骨髄が迅速な免疫複合体の除去を介して、免疫応答制御にも役立っていることを示すものです。
この研究成果は、伊藤 健 特定拠点助教(CiRA未来生命科学開拓部門)、米谷耕平 特定拠点助教(CiRA同部門)、濵﨑 洋子 教授(CiRA同部門)の研究グループと、湊 長博 特命教授(京都大学大学院医学研究科メディカルイノベーションセンター)の共同研究により実施され、2020年9月9日に、米国免疫学会誌「Journal of Immunology」に公開されました。
2. 研究の背景 人の体には、体内に侵入したウイルスや細菌、あるいは細菌由来の毒素など危険な病原体や物質(抗原)を中和したり、除去したりするシステムが備わっています。抗原が体内に侵入すると、Bリンパ球が産生する抗体が、抗原と結合し、免疫複合体(抗原抗体複合体)が形成され、病原体の侵入を防いだり、毒素を中和したりします。この免疫複合体は、体内で貪食細胞によって除去され、最終的には排除されます。しかし、一部の感染症や自己免疫疾患では、過剰に産生された免疫複合体が除去されずに組織へ沈着することで、炎症を引き起こし、組織が傷害されることがあります。そのため、免疫複合体は血液中から速やかに取り除かれる必要があります。
血中の免疫複合体は、脾臓や肝臓の貪食細胞や、これらの臓器でみられる網の目のような特殊な血管構造(類洞血管)を形成する内皮細胞によって補足され、除去される事が知られていました。骨髄の血管内皮細胞は、他の臓器の血管とは異なり、造血機能を支持する独自の働きがあることが知られていますが、同様の働きを持つかどうかは知られていませんでした。
まず、免疫組織化学染色法を用いて、マウスの骨髄の血管内皮細胞には抗体の受容体の1つであるFcγ受容体IIbが発現していることを示しました(図1)。
図1.マウス骨髄の免疫組織化学染色
血管内皮細胞(緑)は、Fcγ受容体IIb(赤)にも染色されている(左図)。
この染色は、Fcγ受容体IIb欠損マウスでは認めない(右図)。(スケールは20μm)
2. 骨髄血管内皮細胞のFcγ受容体IIbの発現は、貧血もしくはエリスロポエチン投与によって亢進する。
著者らは、以前に骨髄血管内皮細胞には、造血ホルモンであるエリスロポエチンの受容体が発現していることを明らかにしています(Cell Struct Funct.誌、2017年)。エリスロポエチンは、貧血に応答して著しく産生が亢進するホルモンですが、貧血モデルマウスもしくはエリスロポエチンを直接投与したマウスでは、骨髄の血管内皮細胞のFcγ受容体IIbの発現が著しく亢進していることが明らかになりました(図2)。
図2.マウス骨髄血管内皮細胞のフローサイトメトリー解析
エリスロポエチンを投与したマウス(赤)では、非投与マウス(青)よりも骨髄血管内皮細胞におけるFcγ受容体IIbの発現が高い。
3. 骨髄血管内皮細胞におけるFcγ受容体IIbの発現は、加齢で変化する。
マウスの成長および加齢よっても、骨髄血管内皮細胞のFcγ受容体IIbの発現が上昇することが示されました
(図3)。
図3. マウス骨髄の免疫組織化学染色
血管内皮細胞(緑)は、新生仔期にはFcγ受容体IIb(赤)の染色は認めないが、1か月令以降徐々に認めるようになり、加齢とともに顕著になる。
4. 骨髄血管内皮細胞は、エリスロポエチン投与により免疫複合体を取り込む機能を獲得する。
次に、蛍光標識した免疫複合体をマウスに投与して、骨髄の血管内皮細胞に免疫複合体が取り込まれるかどうかを、フローサイトメトリー法を用いて解析しました。エリスロポエチンを予め投与したマウスでは、骨髄血管内皮細胞において免疫複合体の取り込みが確認できましたが、エリスロポエチンを投与していないマウスではほとんど確認できませんでした。(図4)
図4. マウス骨髄血管内皮細胞のフローサイトメトリー解析
蛍光標識した免疫複合体をマウスに投与すると、エリスロポエチン投与マウスでは、免疫複合体由来の蛍光シグナルが観察されるが(左図、赤線)、非投与マウスでは、そのシグナルはほとんど認めない(右図、赤線)。(青線は、免疫グロブリン投与のコントロール)
5. エリスロポエチンは、血中の免疫複合体の取り込みを促進する。
最後に、エリスロポエチンの投与が血中の免疫複合体の除去を促進するかどうか検討しました。マウスに免疫複合体を投与し、その血中濃度を時間経過を追って測定しました。その結果、エリスロポエチンを投与したマウスでは、そうでないマウスと比較して、より早く免疫複合体の血中濃度が低下しました(図5)。
図5. 免疫複合体の血中濃度の変化
エリスロポエチンを投与したマウス(白丸)の方が、対照群(黒丸)と比較して、免疫複合体の血中濃度が早く低下した。
4. まとめ この研究では、造血臓器である骨髄の血管内皮細胞が、エリスロポエチン刺激を受けて、免疫複合体を取り込む機能を獲得することで、免疫複合体の除去を促進する事を示したものです。この研究は、骨髄が血管内皮細胞の働きを介して免疫応答を制御するという新しい機能を示し、過剰な免疫複合体の産生が引き起こす自己免疫疾患の病態解明や、新しい治療法の開発のための新たな基礎的知見を加えるものです。
5. 論文名と著者
- 論文名
Bone marrow endothelial cells take up blood-borne immune complexes via Fcγ receptor IIb2 in an erythropoietin-dependent manner - ジャーナル名
The Journal of Immunology - 著者
Takeshi Ito1*, Kohei Kometani1, Nagahiro Minato2, and Yoko Hamazaki1**
* 筆頭著者
** 責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所 医学研究科 免疫生物学
- 京都大学大学院医学研究科 メディカルイノベーションセンター
6. 本研究への支援本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- 日本学術振興会(JSPS)科研費 研究活動スタート支援(18H06232, 19K21331)
- 日本学術振興会(JSPS)新学術領域研究「免疫四次元空間ダイナミクス」
- 日本学術振興会(JSPS)新学術領域「ステムセルエイジングから解明する疾患原理」
- AMED老化メカニズムの解明・制御プロジェクト「老化機構・制御研究拠点」
- iPS細胞研究基金
- 武田科学振興財団
注1)骨髄
骨の内部にあり、白血球、赤血球、血小板などの血液細胞の産生を行う臓器。注2)抗体
Bリンパ球によって産生され、抗原特異的に結合することができるタンパク質。注3)Fcγ受容体IIb
抗体に反応するタンパク質(受容体)のうちの1つ。注4)エリスロポエチン
赤血球の産生を促進するホルモン。腎臓で産生され、貧血の際には産生が著しく亢進する。