狙ったタンパク質機能の選択的不可逆阻害を可能にする新たな分子デザイン

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2020-11-26 九州大学,日本医療研究開発機構

研究概要

九州大学大学院薬学研究院の王子田彰夫教授、進藤直哉助教、徳永啓佑大学院生を中心とする研究グループは、同研究院の大戸茂弘教授、小柳悟教授、松永直哉准教授、および名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の桑田啓子助教との共同研究により、標的タンパク質機能の選択的な不可逆阻害を可能とする新たな分子デザインとして、ひずんだ特異な構造の求電子基・ビシクロブタンカルボン酸アミド(BCBアミド)を見出しました。

化学反応によって標的タンパク質と不可逆的に結合するコバレントドラッグ(共有結合性阻害剤)1)は、強力で持続的な薬効などの利点が期待できる一方、副作用を避けるためには標的選択性が重要となります。本研究では、大きなひずみエネルギーを有する特異な構造の「ビシクロブタン(BCB)環」に着目し、BCBアミドが化学選択的にシステイン残基と反応することを見出しました。BCBアミドはブルトン型チロシンキナーゼ (BTK)2)の選択的コバレントドラッグに応用可能であったほか、従来の分子デザインのコバレントドラッグとはタンパク質の選択性プロファイルが異なることを明らかにしました。本分子デザインの活用により、望ましいタンパク質選択性プロファイルを有する新規コバレントドラッグ開発の促進が期待されます。

本研究成果は、2020年10月13日(米国時間)にアメリカ化学会が出版する国際科学誌「Journal of the American Chemical Society」でオンライン公開されました。

研究内容

コバレントドラッグ(共有結合性阻害剤)は、分子内に求電子的な反応基を有しており、標的タンパク質が持つ求核的アミノ酸残基と共有結合することで不可逆的にタンパク質機能を阻害します。強力で持続的な薬効や、薬剤耐性の克服といった利点を有することから、近年の創薬研究において大きく注目されています。一方で、標的以外のタンパク質(オフターゲット)との非特異的な反応は副作用の原因になりうるため、コバレントドラッグ創薬においては標的選択性が極めて重要となります。

従来のコバレントドラッグでは、システイン残基に対する反応基としてアクリルアミドが広く用いられてきましたが、阻害剤構造によっては時間・濃度依存的な非特異反応が起こることが知られています。当研究グループでは、標的選択性の高いコバレントドラッグに応用可能な、新規反応基の分子デザインを探索してきました。これまでに、アクリルアミドと比べ穏やかにシステイン残基と反応するクロロフルオロアセタミド(CFA)基を見出し、高選択的コバレントドラッグ型抗がん剤への応用に成功しました。

本研究では、新たな反応基の分子デザインとして、大きなひずみエネルギーを有する特異な構造の「ビシクロブタン(BCB)環」に着目しました。様々な構造のBCB誘導体を合成し反応性を精査した結果、アミドカルボニル基にBCB環が結合したBCBアミドが、システイン残基に対してCFAと同オーダーの穏やかな反応性を示すことを見出しました。また、ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)を標的とする新規コバレントドラッグへの応用を検討し、既知のアクリルアミド型化合物より高い標的選択性を示すBCBアミド型コバレントドラッグを得ることに成功しました(図)。

図 (左) BCBアミドと標的タンパク質の共有結合形成様式。(右) 反応基が異なるBTKプローブのタンパク質反応性プロファイル。赤、青、灰色はそれぞれ、プローブと効率的に反応したタンパク質、少量反応したタンパク質、全く反応しなかったタンパク質を表す。


さらに、反応基がコバレントドラッグのタンパク質選択性にどう影響するか明らかにするため、可逆的にBTKと相互作用するリガンドに3つの異なる反応基(BCBアミド、アクリルアミド、CFA)を導入したプローブを用い、定量的プロテオミクス解析3)を実施しました。その結果、いずれのプローブもリガンドが認識するBTKとは反応したのに対し、オフターゲット反応性プロファイル4)は反応基毎に大きく異なることを明らかにしました。コバレントドラッグを開発する際、オフターゲット反応性プロファイルが異なる複数の反応基を検討することで、副作用の原因となる特定のオフターゲット反応の回避が容易になることが期待できます。

本成果は、コバレントドラッグの反応基の新たな分子デザインとなるだけでなく、オフターゲット反応性を制御するうえで適切な反応基の選択の重要性を改めて示すものであり、好ましいタンパク質選択性性プロファイルを有する新規コバレントドラッグ開発の促進に大きく貢献することが期待されます。

発表論文
雑誌名
Journal of the American Chemical Society (2020年10月13日 (米国時間) にオンライン版掲載)
論文タイトル]
Bicyclobutane Carboxylic Amide as a Cysteine-Directed Strained Electrophile for Selective Targeting of Proteins
著者
Keisuke Tokunaga, Mami Sato, Keiko Kuwata, Chizuru Miura, Hirokazu Fuchida, Naoya Matsunaga, Satoru Koyanagi, Shigehiro Ohdo, Naoya Shindo, and Akio Ojida
DOI
10.1021/jacs.0c07490
用語解説
1)コバレントドラッグ(共有結合性阻害剤)
化学結合(共有結合)によって標的タンパク質と不可逆的に結合する低分子医薬品。タンパク質機能を不可逆的に阻害するため、可逆的な医薬品と比べ薬理作用の増強・長期持続が期待できる。
2)ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)
リンパ球B細胞の成熟に重要な役割を果たす非受容体型チロシンキナーゼ。B細胞由来の悪性腫瘍の治療標的として知られる。
3)定量的プロテオミクス解析
質量分析により、サンプル中に含まれるタンパク質を網羅的に解析する手法。アフィニティ精製と組み合わせることで、コバレントドラッグが結合したタンパク質の解析が可能となる。
4)オフターゲット反応性プロファイル
コバレントドラッグが、どのようなオフターゲットタンパク質(標的以外のタンパク質)とどの程度反応するかというプロファイル。オフターゲットとの反応に由来する副作用を避けるため、コバレントドラッグ創薬においてオフターゲット反応性プロファイルの理解と制御が極めて重要となる。
研究支援

新学術領域研究「分子夾雑の生命化学」(JP17H06349)

科学研究費補助金(基盤研究(B)19H02854)

AMED・創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業「グリーンファルマを基盤にした創薬オープンイノベーションの推進」(JP20am0101091)

お問い合わせ先

研究に関すること
九州大学大学院薬学研究院創薬ケミカルバイオロジー分野
教授 王子田 彰夫

九州大学 広報室

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED) 創薬事業部 医薬品研究開発課
創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)

有機化学・薬学
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