先天的不妊モデル動物の繁殖能力の回復に成功~卵胞発育を司る繁殖中枢ニューロンを同定~

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2021-01-26 生理学研究所

内容

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の長江 麻佑子大学院生、束村 博子 教授、上野山 賀久 准教授、井上 直子 講師らの研究グループは、生理学研究所遺伝子改変動物作製室の平林 真澄 准教授、同ウイルスベクター開発室の小林 憲太 准教授との共同研究で、先天的不妊モデル動物の繁殖能力を回復させることに成功し、弓状核キスペプチンニューロン (ニューロキニンBとダイノルフィンAも合成、分泌することからKNDyニューロンとも呼ばれる) が卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明しました。
本研究グループは、先天的不妊モデル動物 (全身性キスペプチン遺伝子ノックアウトラット) の脳内において、弓状核と呼ばれる領域のKNDyニューロンを復元しました。その結果、2割以上のKNDyニューロンを復元させることで、これらの動物において、脳から卵巣への指令を伝達する性腺刺激ホルモンの分泌が回復し、卵胞を排卵可能なサイズにまで発育させることに成功しました。また、後天的にキスペプチン遺伝子をノックアウトできるラットの作製にも成功しました。その遺伝子改変ラットの繁殖機能は正常でしたが、後天的に9割以上のKNDyニューロンでキスペプチン遺伝子を喪失させると、性腺刺激ホルモンの分泌が消失しました。これらの結果から、本研究グループは、弓状核KNDyニューロンが性腺刺激ホルモン分泌を制御し、卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明するとともに、2割のKNDyニューロンの復元により生殖機能を回復できることを示しました。
本知見は、家畜の繁殖障害の治療、ヒトの不妊治療などへの応用が期待されます。
この研究成果は、2021年1月25日の週(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要 (PNAS) のオンライン版に掲載予定です。

ポイント

・先天的不妊モデル動物において、2割以上のKNDyニューロンを復元することで、性腺刺激ホルモン分泌を回復させ、卵胞を排卵可能なサイズにまで発育させることに世界ではじめて成功した。
・後天的に9割以上のKNDyニューロンの機能を喪失させると、性腺刺激ホルモン分泌不全となり、不妊となることを明らかにした。
・本知見は、家畜の繁殖障害やヒトの不妊治療などへの応用が期待される。

研究背景と内容

ヒトや家畜を含む哺乳類の繁殖機能は、本能行動を司る脳の視床下部という領域に存在するニューロンによって制御されています。2003年のヒトの不妊症に関する研究を契機として、視床下部の新たな神経ペプチド「キスペプチン」が性腺刺激ホルモン放出ホルモンニューロンを刺激する最も重要な因子として発見され、哺乳類の繁殖機能を制御する脳内メカニズムが明らかにされつつあります。本研究グループは今回、遺伝子改変ラットとアデノ随伴ウイルスベクターを駆使して、視床下部の2群のキスペプチンニューロンのうち、弓状核と呼ばれる領域に局在するニューロン群が繁殖機能において最も重要であり、性腺刺激ホルモン放出ホルモンのパルス状分泌を駆動させる神経機構の本体、すなわち卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明しました。
弓状核キスペプチンニューロンは、キスペプチンの他にニューロキニンBとダイノルフィンAを合成、分泌することから、それぞれの神経ペプチドの頭文字をとってKNDyニューロンとも呼ばれています。本研究では、以前に作製した先天的不妊モデル動物 (全身性キスペプチン遺伝子ノックアウトラット) の視床下部の弓状核領域に、アデノ随伴ウイルスベクターを用いてキスペプチン遺伝子を強制的に発現させました。導入したキスペプチン遺伝子と内因性のニューロキニンB遺伝子の共発現を指標として、弓状核においてKNDyニューロンが復元できたことを確認しました。2割以上のKNDyニューロンを復元できたラットにおいて、黄体形成ホルモン (性腺刺激ホルモンの1種) のパルス状分泌が回復し、卵胞を排卵可能なサイズにまで発育させることに成功しました。
また、後天的にキスペプチン遺伝子をノックアウトできるラット、すなわちKiss1-floxedラットの作製にも成功しました。この新しい遺伝子改変ラットの繁殖機能は正常でしたが、後天的にアデノ随伴ウイルスベクターを用いて遺伝子組換え酵素Creリコンビナーゼを強制的に発現させ、KNDyニューロンのキスペプチン遺伝子を喪失させると、視床下部のもう一方のキスペプチンニューロンが残存しても、黄体形成ホルモンのパルス状分泌が消失しました。
これらの結果から、本研究グループは、弓状核キスペプチンニューロンすなわちKNDyニューロンが性腺刺激ホルモンのパルス状分泌を制御し、卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明しました。

先天的不妊モデル動物の繁殖能力の回復に成功~卵胞発育を司る繁殖中枢ニューロンを同定~

成果の意義

家畜の繁殖障害の約50%、ヒトの不妊症の約25%は、視床下部の繁殖中枢の機能不全によると考えられています。本研究の成果は、家畜の繁殖障害やヒトの生殖医療における不妊治療などへの応用が期待されます。

用語説明

キスペプチン:2001年に発見された約50個のアミノ酸からなるペプチドホルモン。哺乳類の繁殖を最上位でコントロールしていることで大きな話題となった。
キスペプチンニューロン:キスペプチンを合成、分泌するニューロン。その細胞体はおもに視床下部弓状核と視床下部前方に位置する前腹側室周囲核 (動物種によっては視索前野) と呼ばれる2つの脳領域に密集して存在する。
全身性キスペプチン遺伝子ノックアウトラット:本研究グループが2015年に世界に先駆けて作製したキスペプチン欠損ラット。性腺刺激ホルモン分泌を喪失し、先天性不妊を示すモデル動物。
性腺刺激ホルモン:下垂体から分泌され、性腺すなわち卵巣や精巣の機能を刺激するホルモンの総称。

論文情報

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA
論文タイトル:Direct evidence that KNDy neurons maintain gonadotropin pulses and folliculogenesis as the GnRH pulse generator
著者:Mayuko Nagae, Yoshihisa Uenoyama, Saki Okamoto, Hitomi Tsuchida, Kana Ikegami, Teppei Goto, Sutisa Majarune, Sho Nakamura, Makoto Sanbo, Masumi Hirabayashi, Kenta Kobayashi, Naoko Inoue & Hiroko Tsukamura
DOI: 10.1073/pnas.2009156118

著者所属
名古屋大学大学院生命農学研究科動物生殖科学研究室:束村 博子、上野山 賀久、 井上 直子、長江 麻佑子、岡本 沙季、土田 仁美、池上 花奈、後藤 哲平、Sutisa Majarune
生理学研究所遺伝子改変動物作製室:平林 真澄、三宝 誠、後藤 哲平
岡山理科大学獣医動物衛生学講座:中村 翔
生理学研究所ウイルスベクター開発室:小林 憲太

お問い合わせ先

【研究者連絡先】
東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科動物生殖科学研究室
准教授 上野山 賀久(うえのやま よしひさ)
【報道連絡先】
東海国立大学機構 名古屋大学管理部総務課広報室

リリース元

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院
自然科学研究機構 生理学研究所

医療・健康生物化学工学
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