2021-04-12 国立極地研究所
国立極地研究所の自見直人日本学術振興会特別研究員、伊村智教授、東京大学の波々伯部夏美大学院生、鳥羽水族館の森滝丈也学芸員、三重大学の木村妙子教授らの研究グループは、三重県沖の熊野灘の深海で採取されたゴカイが、雌に比べて極端に小さい雄「矮雄(わいゆう)」をもつウロコムシの新種であることを確認しました。
釣り餌のアオイソメやイワムシ等で知られるゴカイの仲間(環形動物)は世界中の海に見られ、多くの種がほかの生物と共生することが知られています。共生は時に生物の特殊な進化を誘引することから、共生生物の研究は生物多様性創出機構の解明にも繋がる、重要なテーマです。
図1:イッスンボウシウロコムシの雌と背中に乗る雄。鳥羽水族館 森滝丈也氏撮影。
研究グループは熊野灘の深海から採集されたヤドカリおよびクマサカガイから、殻の内側に共生している体長約2cmのウロコムシを発見しました。鳥羽水族館での飼育・観察や、形態観察、DNA解析の結果、ウロコムシの背中にさらに小さな(体長約5mm)同種のウロコムシが乗っており(図1)、大きいほうが雌、小さいほうが雄であることが明らかとなりました。環形動物でこのような矮雄は非常に稀で、ウロコムシ科ではこれまで見つかっていませんでした。
さらなる形態観察、薄片切片による生殖器官の観察、DNA配列による系統関係の推定や、飼育・観察を進めたところ、本種はウロコムシ科Eunoe属の未記載種であることが明らかとなり、矮雄はヤドカリとの絶対共生性(共生でしか生きられない性質)によって進化したことが示唆されました。
このウロコムシは小さな雄にちなんで、イッスンボウシウロコムシと命名されました。本種は現在、鳥羽水族館で生体展示されています。
研究の背景
無脊椎動物である環形動物門に属する多毛類(いわゆるゴカイの仲間)は、主に海に生息しており、釣り餌に使われるイワムシ等がその代表です。ゴカイの仲間は日本において1600種以上の生息が確認されています。多様な生態を示すことでも有名で、終生浮遊生活を送る種や、自分で餌を採らない種なども知られています。他生物と共生する種も多く、共生することによって特殊な形質・生態が進化している例が見つかっています。共生による進化は生物多様性が生まれる要因の一つであることから、生物が進化の過程でいつ共生生態を獲得したか、また、共生によってどのような形態や生態が進化したかを明らかにすることは、生物多様性の理解においても重要なものとなっています。
研究の結果
図2:ヤドカリの殻の中に共生するイッスンボウシウロコムシ。鳥羽水族館 森滝丈也氏撮影。
研究グループは、2016年6月に熊野灘の深海から採集されたヤドカリおよびクマサカガイの殻の中から、ウロコムシという背中に鱗をもつゴカイの仲間を採取しました(図2)。周辺海域における200回以上の底引き網による調査の結果、このウロコムシは必ずヤドカリかクマサカガイの殻の中から発見され、自由生活性のものは見つかりませんでした。そのためこの種は宿主に生活を依存する絶対共生性の生態をもつウロコムシであると考えられました。
体長2~3cmのこのウロコムシの背中にはさらに小さな、体長5mm程度のウロコムシが乗っていましたが、採取の時点では、同種のウロコムシが乗っているのか、別種のウロコムシがさらに共生しているのかは体長が大きく異なることから分かりませんでした。
そこで研究グループは、光学顕微鏡・走査型電子顕微鏡を用いた形態観察による種の同定、薄片切片の作成による内部生殖器官の観察、DNA塩基配列の決定および系統解析による個体の種同一性と系統的位置の解明、鳥羽水族館における共生生態の観察と先行研究のレビューなどを行い、それらを統合し祖先形質推定(注1)を行いました。
図3:イッスンボウシウロコムシの雄。鳥羽水族館 森滝丈也氏撮影。
その結果、大きなウロコムシとその背中に乗っている小さなウロコムシは両方同じ種で、大きい方が雌、小さい方が雄(図3)であることがわかりました。これは、雄が雌に比べて極端に小さくなる「矮雄」と呼ばれるもので、チョウチンアンコウ等で知られる極端な性的二型です。環形動物においては非常に稀で、ウロコムシ科ではこれまで知られていませんでした。
また、本種はウロコムシ科Eunoe属であり、さらに今まで報告されたどの種とも一致しなかったことから、新種と判断し、イッスンボウシウロコムシ(学名: Eunoe issunboushi Jimi, Hookabe, Moritaki, Kimura and Imura, 2021)と命名しました。和名および学名のイッスンボウシは小さな雄にちなんで名付けました。
考察と今後の展開
矮雄が確認されたのはウロコムシ科において初めてであることから、本種または近縁種において獲得されたものだと考えられます。分子系統解析・共生生態観察・祖先形質推定の結果、本種の矮雄という形質の獲得タイミングは絶対共生性の獲得タイミングと一致しており、ヤドカリやクマサカガイとの絶対共生性によって獲得されたことが示唆されました。宿主に生活を依存する絶対共生は居住空間である貝殻の中の狭さによる雌雄間競争等を招き、矮雄の獲得はそれらのリスクを避けることに役立っている可能性があります。
今後は、本種を題材に、矮雄への進化と共生獲得の関係についてさらに詳細な研究を進める予定です。
本種は現在、鳥羽水族館において生体展示されています。
注
注1:祖先形質推定
系統関係を元に祖先ではどのような形や生態であったかを推定すること。本研究においては、共生性がどのように変遷していったかを推定した。
発表論文
掲載誌: Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research
タイトル:First evidence of male dwarfism in scale-worms: a new species of Polynoidae (Annelida) from hermit crab and molluscan shells
著者:
自見直人(国立極地研究所 生物圏研究グループ 日本学術振興会特別研究員)
波々伯部夏美(東京大学大学院理学系研究科 博士課程学生)
森滝丈也(鳥羽水族館 学芸員)
木村妙子 (三重大学大学院生物資源学研究科 教授)
伊村智(国立極地研究所 生物圏研究グループ 教授)
DOI:10.1111/jzs.12463
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jzs.12463
論文公開日:2021年3月29日(オンライン公開)
研究サポート
本研究はJSPS科研費(JP17J05066, JP19J00160)および環境研究総合推進費(JPMEERF20204R01)の助成を受けて実施されました。
お問い合わせ先
国立極地研究所生物圏研究グループ 日本学術振興会特別研究員 自見直人
国立極地研究所 広報室