運動中のショウジョウバエ幼虫の筋弛緩を制御する神経回路メカニズムの解明

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2021-05-19 東京大学

発表のポイント

◆ショウジョウバエの幼虫が後退運動する際、筋弛緩のタイミングを全身にわたり協調して制御する神経回路を発見しました。

◆コネクトミクス解析により脳から筋肉に至る神経回路構造を網羅的に解析することで、協調的な筋弛緩の神経制御の仕組みを初めて明らかにしました。

◆パーキンソン病など筋弛緩の異常を伴う運動障害の理解への貢献が期待されます。

発表概要

動物は体の各部位の筋肉を適切なタイミングで収縮、弛緩させることで多様な運動パターンを生成します。これまでの研究により、筋肉の「収縮」のタイミングを制御する神経回路の仕組みについては多くのことが分かっています。一方、筋肉の「弛緩」の神経制御の仕組みについての研究は遅れており、特に歩行など体全体を動かす運動において、体の各部位がいかに協調して弛緩するのかについてはほとんど明らかにされていません。

今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科の平本篤紀特任研究員(研究当時)、能瀬聡直教授らの研究グループは、米国のHHMI Janelia研究所、英国のSt. Andrews大学との共同研究において、ショウジョウバエ幼虫の後退運動中に、全身の筋肉を協調して弛緩させる神経回路の仕組みを明らかにしました。コネクトミクス解析(注1)と呼ばれる神経回路構造を網羅的に解析する手法を用いて、脳から筋肉にいたる神経回路構造を明らかにしたところ、特定の神経細胞群が筋弛緩を引き起こすのに必須の役割を果たすとともに、体の前後に沿った自らの活動のタイミングを制御することで、体節間で協調した筋弛緩を実現していることがわかりました。この発見は、動物のもつ精妙な運動能力を支える神経回路メカニズムの解明に大きく貢献するとともに、パーキンソン病など筋弛緩の異常を伴う疾患の理解につながると期待できます。

本研究成果は、5月19日付けで「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

発表内容

動物の運動は体の各部位の筋肉が適切なタイミングで収縮、弛緩することで達成されます。特に、歩いたり、泳いだり、這ったりといった移動運動は手、足、体幹などさまざまな体部位に存在する多数の筋肉が協調して収縮・弛緩することで可能となっています。筋肉の収縮は脊髄内にある運動神経細胞(注2)が活動し信号を筋肉に伝えることにより起こります。逆に、筋肉の弛緩は運動神経細胞の活動が打ち切られることにより主に実現されます。

運動神経細胞の活動は、脊髄に存在するさらに上流の神経細胞群が構成する神経回路(中枢パターン生成回路と呼ばれます)によって制御されると考えられていますが、その構造と機能の詳細は不明です。これまでは、主に筋収縮を制御する神経回路メカニズムに着目した研究が行われており、例えば左右の足を交互に収縮するといった筋収縮の時空間的活動パターンを制御する仕組みを明らかにしてきました。

しかし、しなやかな運動が起こるためには収縮だけでなく弛緩のタイミングの制御も重要です。例えば、手足を曲げる際には屈筋と呼ばれる筋肉が収縮すると同時に、それに拮抗する伸筋を弛緩する必要があります。また、体全体を左に屈曲させる際には、左側の筋肉を収縮させると同時に右側の筋肉を弛緩させます。このように、体全体として合理的な運動を実現するにはある部位の収縮と同時に他の部位を弛緩させることが重要で、筋弛緩の異常はパーキンソン病、筋緊張性ジストロフィーなど多くの運動障害に関連しています。しかし、その重要性にも関わらず、筋弛緩の神経制御、特に体全体にわたる協調した弛緩を制御する神経回路メカニズムについては、これまでほとんど明らかにされてきませんでした。

本研究では、ショウジョウバエの幼虫をモデルとして、筋弛緩を制御する神経回路の仕組みを探りました。ショウジョウバエ幼虫の中枢神経系は比較的少数の神経細胞(1万個ほど)で構成されており、神経細胞を個々に見分けることが可能なうえ、豊富な遺伝子操作ツールが開発されており、特定の神経細胞の形態を可視化したり、活動を測定・操作したりすることができます。また最近開発されたコネクトミクス解析により、網羅的に神経回路構造を明らかにすることが可能となりました。ショウジョウバエの幼虫は繰り返しの体節構造をとり、その主な移動手段であるぜん動運動は身体の前後に沿って各体節の筋肉が収縮、弛緩を繰り返すという単純で定型的な運動であるため、全身の筋肉が協調して収縮・弛緩する過程を詳細に観察することができます。以上のような利点を活かすことで、これまで研究するのが難しかった全身で協調した筋弛緩の神経回路メカニズムを明らかにすることが可能となりました。

研究チームはまず、幼虫の後退運動時に特異的に活動する神経細胞群を探し出し、それをCanonと名付けました。Canonは脊髄(ショウジョウバエのような無脊椎動物では腹部神経節とよばれます)の各神経節(各体節に対応し、そこにある筋肉を神経支配します)に1ペアずつ存在する神経細胞で、後退運動時に体の前から後ろへと筋収縮が伝搬するのに連動して、前から後ろへと各神経節で活動していました。この活動のタイミングを詳しく調べたところ、Canonは各体節での筋収縮より遅いタイミングで活動していることが分かりました。このことから、Canonは筋肉の収縮ではなく弛緩を制御していることが示唆されました。また、Canonを強制的に活動させる実験を行うと実際に筋弛緩が誘導されること(図1)、逆にCanonの活動を阻害するとぜん動運動中の筋弛緩が抑制され、筋肉が収縮した状態が長く続くことが分かりました。

次にコネクトミクス解析を用いて、Canonがどのような回路を介して筋弛緩を制御しているかを調べました。その結果、Canonは後退ぜん動運動における筋収縮の流れと逆の方向、すなわち頭部方向にむけて神経突起を伸ばし(図2)、前方の神経節に存在する抑制性の神経細胞を介して運動神経細胞の活動を抑制していることが分かりました(図3)。以上の結果は、Canonがある体節で筋収縮が開始される際に、それ以前に筋収縮を開始している前方の体節へと情報を送り、そこでの筋収縮を停止し弛緩を誘導することを示唆しており、体節間が協調するよう筋収縮と筋弛緩のタイミングを合わせていることが分かりました。

さらに、Canon神経細胞の上流に後退運動の引き金となる神経細胞(司令神経細胞とよばれます)があること、各神経節のCanon神経細胞は互いにシナプスを形成し結合していることも明らかにしました。Canon神経細胞間のシナプスを抑制すると、Canon神経細胞群の神経節間で協調した活動パターンが失われることから、各神経節に存在するCanonはお互いに結合し回路を構成することで筋弛緩のタイミングを自ら制御していることも示唆されました。

本研究では、ショウジョウバエの幼虫において、体節間で筋弛緩のタイミングを制御する新しい神経回路メカニズムを明らかにしました。運動の生成に関わる神経細胞やそれらが構成する神経回路は種間で広く保存されていることが知られており、今後他の動物種でも今回発見されたような運動制御の神経回路メカニズムが発見される可能性があります。Canonの活動を阻害し、その結果筋弛緩が抑制されたときに見られた筋収縮の異常な持続は、ヒトのパーキンソン病などの運動障害においても頻繁に見られる症状です。今後、Canon神経回路の機能をショウジョウバエや他の動物種でさらに詳細に明らかにしていくことは、このような疾患の理解にもつがなるものと期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(オンライン版:5月19日版)

論文タイトル: Regulation of coordinated muscular relaxation in Drosophila larvae by a pattern-regulating intersegmental circuit

著者: Atsuki Hiramoto, Julius Jonaitis, Sawako Niki, Hiroshi Kohsaka, Richard

Fetter, Albert Cardona, Stefan Pulver and *Akinao Nose

DOI番号:10.1038/s41467-021-23273-y

発表者

平本 篤紀(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 特任研究員:研究当時)

能瀬 聡直(東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻 教授)

用語解説

(注1)コネクトミクス解析

神経回路を網羅的に解析する研究手法。シナプス結合による神経細胞間の接続様式を詳細に解析することができる。脳試料を50ナノメートルの厚さで連続的に切断し、各々の切片を電子顕微鏡で撮影することで、3 次元的な連続電子顕微鏡画像を得ることができる。この連続画像上で神経細胞を探して、どこでどのような神経細胞とつながっているかを調べることができる。

(注2)運動神経細胞

筋肉細胞にシナプス接続して、収縮を直接制御する神経細胞。

添付資料

2108fig1.jpg

図1 Canon神経細胞を一時的に活性化させると筋弛緩が引き起こされる。

左側が対照群の幼虫、右側が実験群の幼虫。0秒においてCanon神経細胞を活性化した。実験群では移動中の幼虫が停止して体が伸びているのが分かる。さらに詳細な解析から、この運動停止と身体伸長は筋肉の弛緩が誘導されたため起こることが分かった。

2108fig2.png

図2 コネクトミクス技術で再構築した Canon神経細胞

Canon神経細胞は前方に軸索を伸ばしそこで抑制性の運動前神経細胞に出力する。

2108fig3.jpg

図3 コネクトミクス解析で明らかになったCanon神経細胞の下流の神経回路

Canon神経細胞の下流に抑制性の運動前神経細胞、その下流にはさらに運動神経細胞があり、これらはそれぞれ異なる筋肉に投射している。A1~A3はそれぞれ腹部神経節の1~3を示し、Canonがより前方の神経節の抑制性神経細胞群(PMNs, premotor neurons)を介し運動神経細胞群(MNs, motor neurons)を抑制していることが分かる。

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

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