発達障害の新規遺伝子を同定

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2021-07-06 神戸大学

神戸大学大学院医学研究科 生理学分野の内匠 透教授(理化学研究所生命機能科学研究センター客員主管研究員)、玉田 紘太助教らの研究グループは、コピー数多型*1 と呼ばれる染色体異常*2 を有する自閉症モデルマウスの主たる原因遺伝子(Necdin, NDN)を明らかにしました。

今後、NDN遺伝子の分子メカニズムを解明することで、自閉症をはじめとする発達障害の新たな治療戦略の創出が期待されます。

この研究成果は、7月1日付(現地時間)で、Nature Communications に掲載されました。

ポイント

  • 自閉症モデル動物である15q dupマウスにおいて、シナプス*3 表現型をもとにしたスクリーニングにより、Ndnを原因遺伝子として同定した。
  • Ndn遺伝子は幼少期におけるシナプス動態を制御している。

研究の背景

自閉症(自閉スペクトラム症)は患者数が急増しているにもかかわらず、未だ未解明な部分の多い発達障害です。その原因は遺伝的要因と環境的要因に分けられます。遺伝的要因の中で、特定のコピー数多型、例えば染色体15q11-q13領域の重複などが自閉症患者で見られることが知られています。15q11-q13領域では、母性由来染色体が重複しているケースと父性由来染色体が重複しているケースに分けられ、母性由来染色体の重複はUbe3a遺伝子が重要であることが分かっている一方で、父性由来染色体の重複はどの遺伝子が重要であるかは分かっていませんでした。

本研究チームはこれまでに15q11-13領域の重複をマウスでモデル化(以下、15q dupマウス)することに成功し、自閉症様の行動学的異常、幼少期における樹状突起スパイン*4 の動態異常などの数々の異常が父性由来染色体重複に見られることを見出してきました。しかし、本領域には多数のnon coding RNAや、タンパク質をコードする遺伝子が含まれるため、どの遺伝子が自閉症様行動に対して重要であるかは分かっていませんでした。

研究の内容

15q dupマウスは、6Mbにも及ぶ領域が重複していることから、非常に多数の遺伝子を含んでいます。前研究により、母性由来染色体の重複が行動学的異常を誘発しないことが分かっていたことから、2Mb近くが対象から除外されました。残りの4Mbについて、本研究ではまず1.5Mbの重複マウスを新たに作製し、その行動学的異常を調べました。その結果、1.5 Mbの重複マウスでは自閉症様の行動学的異常は認められませんでした。このことから、対象となった1.5 Mbは除外され、残りはタンパク質をコードする3遺伝子となりました。

次にこれら3遺伝子を子宮内電気穿孔法*5 で大脳皮質に導入し、幼少期におけるスパインの動態(2日間における数の増減)を二光子顕微鏡*6 で調べたところ、Ndn遺伝子を導入した際に顕著にスパインの数が増加することが分かりました(図1A-C)。また、このスパインの形態的分類を行うと、未成熟なスパインがほとんどであったことから、Ndn遺伝子は幼少期におけるスパインの形成と成熟度の調節を行っていることが分かりました(図1D)。

図1 A: 実験概略図。標的遺伝子と神経細胞全体を可視化するために、GFP蛍光タンパク質を導入する。B: 各標的遺伝子をそれぞれ導入し、生後21, 22日目から2日間における樹状突起スパインの動態を追った。矢印は新しくできたスパイン、矢頭は消失したスパイン。C: Bの結果を定量化したもの。D: Ndnを導入したときに形成されるスパインの形状を分類したデータ。Ndnを導入すると、未成熟型の1つであるFilopodiaタイプが顕著に増える。


次に15q dupマウスからNdn遺伝子のゲノムコピー数を正常化したマウス(15q dupΔzNdnマウス)をCRISPR-Cas9法*7 にて作製し、これまでに15q dupマウスで認められたスパインの動態異常や抑制性シナプスの減少などが改善されたことを示しました(図2)。

図2 A: 15q dupΔNdnマウスの作製概念図。Ndn遺伝子の1コピーのみを元々の15q dupマウスから取り除いている。B: 15q dupΔNdnマウスにおける樹状突起スパインの形成率。C, D: 抑制性シナプスの定量図


最後に元々の15q dupマウスで認められた、新奇環境下における不安度の上昇、社会性の低下、固執性の上昇などが15q dupΔNdnマウスにおいて認められるかを調べました。ほとんどの行動試験の結果で、社会性、固執性の行動学的異常が改善されたことを示しました(図3)。

図3
A: オープンフィールド試験の結果。箱状の装置にマウスを入れると、自発的にマウスは探索活動を始める。このとき、マウスは新しい環境下では隅を好み、中心部部分を嫌う性質があるので、それぞれの場所における時間や距離を測定することで、不安度などの評価を行うことが可能となる。これまでの研究により15q dupマウスは本試験において、不安度が高くなっていることを見出している。
B: 社会性試験の結果。お互い初めて遭遇する2匹のマウスを1つの箱状の装置に入れて、どのくらいの時間、接触するかを測定することで社会性の評価を行う。これまでの研究により15q dupマウスは本試験において、通常のマウスに比べて社会性が低くなっていることを見出している。
C: バーンズ迷路を用いた逆転学習の結果。12個の穴が空いた円盤で、1つの穴にのみTargetと呼ばれる、中に入ることのできる箱を穴の下に用意する。また、この円盤は上方から明るいライトで照らされている状態である。この状態で、円盤の上にマウスを置くと、マウスは一般的に明るい場所を嫌い、暗い場所を好むので、どこかに隠れるスペースが無いかを探索する。この性質を利用して、数日間、targetの場所を何度も学習させる(C上図)。正しいtargetの場所を学習させた後、targetの場所を反転させて、再度学習させる(C下図)。そうすると、通常のマウスは比較的早く、新しいtargetの場所を再学習できることに対して、15q dupはこの再学習が遅く、前のtargetの場所に固執することが分かっている。学習結果はtargetを取り除き、どの穴にどのくらいの時間、対象となるマウスが滞在したかで評価する(C右図、 TA: 新しいtargetの穴、それに近接する2つの穴、AJ1, AJ2: 両隣の3つの穴、OP: 前回学習した穴と、それに近接する2つの穴)。

今後の展開

本研究でNDN遺伝子が15q dup自閉症モデルマウスにおいて、自閉症様行動だけでなく、シナプス動態や大脳皮質における興奮性/抑制性のバランスなどにも重要であることが明らかとなりました。今後NDN遺伝子の機能を明らかにし、その機能を人為的に制御、あるいは下流因子を同定・制御することで、将来的に自閉症をはじめとする発達障害発症メカニズムの解明や、新たな治療戦略を作り出すことが期待されます。

用語解説
*1 コピー数多型
ゲノム上の領域が重複したり、欠損したりしてコピー数に変異を起こす染色体異常。通常は2倍体のため2コピーであり、これが3コピーになったり1コピーになったりする。
*2 染色体異常
染色体は細胞の核の中にあり、遺伝子が記録されている構造体。特定の染色体領域では重複(2倍になる)、欠失などの異常が自閉症者でよく認められる。
*3 シナプス
神経細胞(ニューロン)間などで形成されるシグナル伝達などの神経活動に関わる接合部位。
*4 樹状突起スパイン
興奮性神経細胞の樹状突起上に存在し、シナプス入力を受けている部分。
*5 子宮内電気穿孔法
脳内に外来のDNAを導入する方法の一種で、子宮の外側からDNAを注入し、電流を流すことでDNAを細胞内に取り込ませることが可能となる。
*6 二光子顕微鏡
高出力のレーザーを光源として、生きたままマウスの脳を観察することができる顕微鏡。本研究では、2日間におけるスパインの変化を追うために用いた。
*7 CRISPR-Cas9法
ゲノム中で任意の領域を切断、改変できる技術。2020年ノーベル化学賞の受賞対象。本研究ではNdn遺伝子をゲノム上から削除するために用いた。
謝辞

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)、新学術領域研究「スクラップ&ビルドによる脳機能の動的制御」、武田科学振興財団研究助成などによる支援を受けて行いました。

論文情報
タイトル
Genetic dissection identifies Necdin as a driver gene in a mouse model of paternal 15q duplications
DOI:10.1038/s41467-021-24359-3
著者
Kota Tamada, Keita Fukumoto, Tsuyoshi Toya, Nobuhiro Nakai, Janak R Awasthi, Shinji Tanaka, Shigeo Okabe, Francois Spitz, Fumihito Saitow, Hidenori Suzuki, Toru Takumi
掲載誌
Nature Communications
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