酸化ストレスによる統合失調症の発症メカニズムを解明

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カルボニルストレスを伴う統合失調症におけるタンパク質の機能異常を発見

2019-10-07 東京大学,理化学研究所,日本医療研究開発機構

発表者

豊島 学(理化学研究所脳神経科学研究センター分子精神遺伝研究チーム 研究員)
蒋 緒光(東京大学大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻 医学博士課程3年)
小川 覚之(東京大学大学院医学系研究科 細胞構築学 助教)
大西 哲生(理化学研究所脳神経科学研究センター分子精神遺伝研究チーム 副チームリーダー)
吉原 壯悟(東京大学大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻 医学博士課程2年)
シャビーシュ バラン(理化学研究所脳神経科学研究センター分子精神遺伝研究チーム 研究員)
吉川 武男(理化学研究所脳神経科学研究センター分子精神遺伝研究チーム チームリーダー)
廣川 信隆(東京大学大学院医学系研究科 分子構造・動態・病態学 特任教授)

発表のポイント
  • カルボニルストレスを伴う統合失調症において、カルボニル化修飾を受けたCRMP2タンパク質が多量体化して細胞骨格の制御機能を失うことが疾患病態の基盤にある可能性を初めて示した。
  • これまでカルボニルストレスがどのように統合失調症の病態を引き起こすのか不明であったが、患者由来iPS細胞と原子レベルの構造解析によって新しい分子経路が明らかになった。
  • カルボニルストレスを伴う統合失調症の詳細な分子病態が明らかになったことにより、統合失調症における分子標的治療・創薬、及び発症予防法開発を促進する基盤となる。
発表概要

東京大学大学院医学系研究科の廣川信隆特任教授と理化学研究所の吉川武男チームリーダーらの共同研究グループは、カルボニルストレス(注1)を伴う統合失調症(注2)においてCRMP2タンパク質(注3)がカルボニル化修飾を受けて多量体化(注4)し、その細胞骨格の制御機能を失うことが疾患発症の分子基盤の1つである可能性を示しました。カルボニルストレスは酸化ストレスの一種で、反応性カルボニル化合物(注5)の増加や反応性カルボニル化合物の除去機構の低下により引き起こされる代謝状態であり、統合失調症患者のおよそ2割においてカルボニルストレスが亢進していることが近年報告されています。しかしカルボニルストレスがどのような分子メカニズムで統合失調症に関わっているのか、特に神経発達に及ぼすメカニズムはこれまで不明でした。共同研究グループは、カルボニルストレスを伴う統合失調症の患者で変異が確認されたカルボニルストレス除去機構に関わるGLO1遺伝子(注6)に着目し、この遺伝子を破壊したiPS細胞(注7)を作製したところ、このiPS細胞から作成した神経細胞は神経突起の伸長低下を示しました。また、このiPS細胞の中でカルボニルストレスによってカルボニル化修飾(AGE修飾)を受ける主要なタンパク質として、神経突起の伸長に関わるCRMP2を同定し、質量分析によってiPS細胞内でのCRMP2の全修飾部位を決定しました。さらにこのカルボニル修飾を受けたCRMP2の構造をX線結晶解析などにより詳細に解析し、CRMP2の機能に重要である2量体・4量体(注4)形成部位にカルボニル化修飾が集積していることを見出しました。さらに、カルボニル化されたCRMP2は不可逆的に多量体化してしまうために、細胞の骨格である微小管(注8)を束化する機能が失われることを明らかにしました。今回の研究成果から、これまで不明であったカルボニルストレスを伴う統合失調症の分子病態、特に神経発達段階での新しい分子経路が明らかになり、CRMP2のカルボニル化を阻止、ないしは改善する創薬が新たな統合失調症の治療標的となる可能性が期待されます。

発表内容

カルボニルストレスは、酸化ストレスの帰結の1つであり、反応性カルボニル化合物の増加や反応性カルボニル化合物の除去機構の低下により、反応性カルボニル化合物がタンパク質を非酵素的に修飾し、終末糖化産物(Advanced Glycation End products:AGEs、注9)が蓄積する状態です。近年、およそ2割の統合失調症患者においてカルボニルストレスが亢進していることが報告され、カルボニルストレスの除去機構に関わる酵素をコードするGLO1遺伝子の変異が統合失調症患者で見つかっています。しかし、カルボニルストレスがどのような分子メカニズムで統合失調症に関わっているのか、特に発症脆弱性の基盤となる神経発達の段階での影響は不明のままでした。そこで、共同研究グループはiPS細胞を用いてカルボニルストレスの影響を分子レベルまで詳細に調べ、カルボニルストレスの新しい分子病態を明らかにしました。

共同研究グループはまず、カルボニルストレスを伴う統合失調症の患者で変異が確認されたGLO1遺伝子(カルボニルストレスの除去機構に関わる酵素をコードする)に着目し、GLO1遺伝子変異を持つ統合失調症の患者由来のiPS細胞と、GLO1遺伝子をゲノム編集技術 (注10)を用いて人工的に破壊したiPS細胞(GLO1 KO iPS細胞)を作製しました。これらのiPS細胞を用いてニューロスフィア(神経幹前駆細胞の細胞塊)や神経細胞を作製したところ、GLO1遺伝子に異常があるとニューロスフィアの生育が悪く、神経細胞の突起伸長も低下することが分かりました。この異常はカルボニルストレスを軽減するピリドキサミン(ビタミンB6の一種、 注11)を加えることで改善し、GLO1遺伝子の異常によりカルボニルストレスが亢進して、iPS細胞から神経細胞への分化・形成が障害されることが分かりました。

カルボニルストレスの増加は、細胞内のタンパク質にカルボニル化修飾(AGE修飾)を起こします。そこでGLO1 KO iPS細胞の中でカルボニルストレスによって強くカルボニル化修飾を受ける主要なタンパク質を質量分析により詳細に調べた結果、神経突起の伸長に関わるCRMP2を同定しました。CRMP2は複数の機能領域を持ち神経の形態形成に関わる重要なタンパク質で、翻訳後修飾がその機能調節に関わっていることが知られています。そこで、iPS細胞内のCRMP2の60箇所にも及ぶ全てのカルボニル化修飾の正確な位置を質量分析によって詳細に決定しました。

さらに、このカルボニル化CRMP2の構造を詳細に調べた結果、(1)表面電荷が大きく変化すること、(2)CRMP2の機能発揮に重要な複合体形成部位であるDフック(2量体化に重要な部位)やTサイト(4量体化に重要な部位)にカルボニル化修飾が密集していること、が分かりました。

カルボニル化修飾がCRMP2の複合体形成に必要なDフック・Tサイトに多いことから、CRMP2複合体の機能を調べました。試験管内での実験や全反射蛍光顕微鏡を使った解析から、カルボニル化CRMP2では微小管との結合能や微小管を束ねる活性が失われていることが分かりました。さらに、カルボニルストレスが亢進しているGLO1 KO iPS細胞では、微小管が束のように集まる領域での束化した安定な微小管が減少し、微小管の安定性の低下およびCRMP2複合体の微小管束化機能の低下が裏付けられました。

カルボニル化されたCRMP2複合体の構造をX線結晶解析によって調べると、AGE修飾によってCRMP2複合体内部で不可逆的に架橋が形成されており、CRMP2のダイナミックな動きが失われていることが示唆されました。そこで詳細に分子サイズを測ることができるサイズ排除クロマトグラフィーによってCRMP2複合体のサイズ変化への影響を解析すると、修飾のないCRMP2は4量体の複合体を形成していましたが、カルボニル修飾されたCRMP2は、ずっと大きな不可逆的に凝集した多量体を示しました。この多量体は、カルボニルストレスが亢進しているGLO1 KO iPS細胞においても検出され、更にピリドキサミン添加により多量体が軽減しました。

これらの結果から、カルボニルストレスを伴う統合失調症の少なくとも脳発達期の細胞内では、カルボニル化修飾を強く受けたCRMP2が不可逆的に多量体化してしまうために微小管の束化機能が失われ、神経の形態形成が障害されるという新しい分子病態の可能性を示しました(図1)。今回の研究成果から、CRMP2を統合失調症治療薬の創薬ターゲットとすることやカルボニルストレスの阻害薬が新たな治療薬となる可能性が期待されます。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム「臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)」における課題番号JP18dm0107083(代表:吉川武男)・課題番号JP18dm0107084(代表:廣川信隆)、および日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)18K07616(代表:豊島学)による支援を受けて行われました。

酸化ストレスによる統合失調症の発症メカニズムを解明
図1:カルボニルストレスが引き起こすCRMP2の機能異常と統合失調症の発症メカニズム

発表雑誌
雑誌名:
Life Science Alliance. 2(5), e201900478, Oct. 7th, 2019
論文タイトル:
Enhanced carbonyl stress induces irreversible multimerization of CRMP2 in schizophrenia pathogenesis
著者:
Manabu Toyoshima, Xuguang Jiang, Tadayuki Ogawa, Tetsuo Ohnishi, Shogo Yoshihara, Shabeesh Balan, Takeo Yoshikawa*, Nobutaka Hirokawa*
DOI番号:
doi: 10.26508/lsa.201900478
用語解説
(注1)カルボニルストレス:
酸化ストレスなどの影響により、生体内において反応性カルボニル化合物がタンパク質・糖・脂質などを非酵素的に修飾し、終末糖化産物(Advanced Glycation End products:AGEs)が蓄積した状態。
(注2)統合失調症:
幻覚や妄想、意欲の低下、感情の平板化などを主要な症状とする精神疾患。発症後、社会的機能も低下するといわれている。発症するヒトが約100人に1人と多く、また症状が重篤となることが多いため、病態の理解と予防法の開発が急務となっている。
(注3)CRMP2タンパク質:
微小管関連タンパク質の一つであり、神経細胞に多く局在する。これまで微小管の重合や束化関連する働きが報告されてきた。
(注4)2量体、4量体、多量体、凝集体:
生体内では一つのタンパク質単位(単量体)が複数組み合わさって複合体を作り機能を発揮することが多い。単量体が2、4個集まった複合体は2量体、4量体と呼ばれ、決まった結合部位により規則的に配置する。規則的に多数集まった複合体を多量体と呼び、不規則に集まった複合体を凝集体と呼ぶことが多い。凝集体は細胞内に異常な蓄積をし、しばしば疾患の原因となることが指摘されている。
(注5)反応性カルボニル化合物:
AGEsの前駆体となる反応活性の高いジカルボニル化合物。グリオキサールやメチルグリオキサール、3-Deoxyglucosone(3-DG)が存在する。
(注6)GLO1 遺伝子:
反応性に富んだカルボニル化合物を生体内で解毒するシステムのひとつであるグリオキサラーゼ代謝に関わる酵素グリオキサラーゼ1をコードする遺伝子。カルボニルストレスを伴う統合失調症の患者で変異が確認された。
(注7)iPS細胞:
細胞を培養して人工的に作った多能性細胞。京都大学の山中博士により世界で初めて作製された。人の皮膚や血液から作製でき、さまざまな組織や臓器の細胞に分化する能力を持つ。今回の研究の様に、疾患の患者からiPS細胞を作製し、その疾患の原因を解析することにも応用できる。
(注8)微小管:
細胞の骨格を形成するタンパク質で、チューブリンという2量体のタンパク質が規則正しく多数重合し、チューブ状の長い構造を作る。細胞の形態の維持や細胞内物質輸送のレールなどの役割を持つダイナミックに変化する構造である。細胞骨格には他にアクチンやニューロフィラメントなどがある。
(注9)終末糖化産物(AGEs):
タンパク質の糖化反応(メイラード反応)によって作られる生成物の総称であり、身体のさまざまな老化に関与する物質。
(注10)ゲノム編集技術:
部位特異的ヌクレアーゼを利用して、思い通りに標的遺伝子を改変する技術。
(注11)ピリドキサミン:
ビタミンB6の化合物のひとつで、他にピリドキシンとピリドキサールがある。抗カルボニルストレス作用を示す。
お問い合わせ先

東京大学大学院医学系研究科
分子構造・動態・病態学
特任教授 廣川 信隆(ひろかわ のぶたか)

理化学研究所脳神経科学研究センター
分子精神遺伝研究チーム
チームリーダー 吉川 武男(よしかわ たけお)

広報関係

東京大学医学部総務係

理化学研究所 広報室

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