父親の宇宙空間の滞在経験が子の遺伝子発現に影響する~精子のエピゲノム変化が鍵?~

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2021-07-06 理化学研究所

理化学研究所(理研)開拓研究本部眞貝細胞記憶研究室の吉田圭介協力研究員(研究当時)、石井俊輔研究員らの共同研究グループは、マウスの宇宙ステーションでの滞在経験が、生殖細胞のエピゲノム[1]変化および小分子RNA[2]の発現変化を誘導し、子供の肝臓での遺伝子発現に影響することを明らかにしました。

本研究成果は、宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士が健康に地球へ帰還するための環境整備に貢献するものと期待できます。

今回、共同研究グループは、雄マウスを国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう[3]」で35日間飼育した結果、精巣生殖細胞で転写因子ATF7[4]の活性化が誘導されるとともに、精子に含まれる小分子RNAの発現変化が誘導されることを見いだしました。さらに、このマウスの精子から生まれた子供マウスの肝臓では、DNA複製に関係する遺伝子群の活性化が見られました。

本研究は、オンライン科学雑誌『iScience』に6月24日付で掲載されました。

本研究結果の概要

背景

近年、民間宇宙船のサービスが始まるなど、宇宙旅行は私たちにとってより身近なものになってきています。より安全かつ健康的に宇宙旅行を実施するためには、そのための環境整備が必要です。これまで、鳥・魚・両生類を宇宙空間で飼育することで、宇宙滞在時の影響を評価する試みが行われてきました。しかし、ヒトにより近い、哺乳動物であるマウスについては、飼育管理が難しいこともあり、明確なデータが得られていませんでした。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)・筑波大学などの研究グループは、宇宙ステーション内での飼育に特化したマウス用のケージを作製しました注1)。2016年にはこのケージを使って雄マウスを宇宙ステーションへと輸送し、35日間の滞在後、全てのマウスを健康的に地球へと帰還させることに成功しました。

最近の研究から、親の生育環境の子供への影響が分かってきました注2-3)。そこで共同研究グループは、父親の宇宙滞在の経験が子供にどのような影響を与えるのかを調べました。

注1)Shiba, D. et al. Development of new experimental platform ‘MARS’-Multiple Artificial-gravity Research System-to elucidate the impacts of micro/partial gravity on mice. Sci Rep 7, 10837 (2017).

注2)2020年3月20日 プレスリリース「父親の食事が子供の代謝に影響するメカニズムを解明

注3)実験医学2021年4月号 特集「世代を超えるエピゲノム」

研究手法と成果

共同研究グループは、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」において、雄マウスを微小重力および人工重力(1g前後)で35日間飼育し、同一条件の地上で飼育した雄マウスと比較しました。環境要因によってエピゲノム状態を制御する転写因子ATF7の状態を各マウスで比較したところ、微小/人工重力の環境下で宇宙に滞在したマウス(以下、宇宙マウス)の精巣生殖細胞では、ATF7が活性化しており、2,928遺伝子のプロモーター領域[5]においてATF7がDNA上から消失していることが分かりました。これは宇宙空間の滞在に関係する何らかの影響によってATF7が活性化され、雄マウスの生殖細胞でエピゲノム変化が誘導されたことを示しています。

また、精子細胞に含まれる小分子RNAを調べたところ、宇宙マウスでは、11個のマイクロRNA[2]の発現変化が見られました。これらマイクロRNAの標的には、多能性に関係する遺伝子など受精卵で重要な機能を持つ遺伝子が多く含まれていました。

次に、次世代への影響を調べるため、宇宙マウスの精子から子供マウスを誕生させました。生まれたマウスは全て健康で、地上で飼育したマウスの子供と比較して出生率や体重に大きな違いは見られませんでした注4)

そこで、遺伝子発現の状態を調べたところ、宇宙マウスから生まれた子供マウスでは、地上飼育マウスから生まれた子供マウスに比べて、肝臓において19個の遺伝子の発現が上昇し、5個の遺伝子の発現が低下していることが分かりました(下図)。発現が上昇した遺伝子には、MCM複合体[6]をコードする遺伝子などDNAの複製に関係する遺伝子が多く含まれていました。これらの遺伝子は、DNAの複製が阻害される環境で、正確にDNA複製を行うために必要な遺伝子です。また、発現が上昇した遺伝子の約1/3は、父親の精巣細胞でATF7が活性化している遺伝子群と重複していました。これらの結果から、父親の精巣細胞におけるATF7の活性化によるエピゲノム変化によって、子供の肝臓での遺伝子発現が変化した可能性が示されました。

地上または宇宙空間で飼育された父親から生まれた子供マウスの肝臓の遺伝子発現の図

図 地上または宇宙空間で飼育された父親から生まれた子供マウスの肝臓の遺伝子発現

地上飼育または宇宙飼育した各2個体の雄マウスから精子を回収し、作出した子供マウスの肝臓の遺伝子発現量を観察した。縦軸は、地上飼育を父親とする6個体、宇宙飼育を父親とする5個体の子供マウスを示している。横軸は、2種類の父親の環境で違いが見られた遺伝子を示している。色は、遺伝子発現の相対量を示している。宇宙マウス(微小重力飼育)の子供マウスでは、全部で24個の遺伝子のうち、19個の遺伝子の発現が地上飼育マウスよりも上昇し、5個の遺伝子の発現が低下した。

注4)Matsumura T. et al. Male mice, caged in the International Space Station for 35 days, sire healthy offspring. Sci Rep 9, 13733 (2019).

今後の期待

本研究により、少なくともマウスでは、父親の宇宙空間での滞在経験が子供の組織の遺伝子発現に影響し得ることが明らかになりました。今回の研究結果は、モデル動物を用いた宇宙旅行の影響の評価など、今後の実験に役立つものと期待できます。また、宇宙への打ち上げによる過重力や宇宙滞在時の宇宙線の影響、これらに伴う精神的負荷などの要因を制御することで、より安全で健康的な宇宙旅行が可能になります。

補足説明

1.エピゲノム
接頭辞「エピ(付加したの意)」と「ゲノム」をつないだ言葉で、DNAやDNAが巻き付くヒストンタンパク質に付加された化学修飾(メチル化・アセチル化など)を指す。例えば、ヒストンの一つであるH3タンパク質のN末端から9番目に位置するリジンというアミノ酸(H3K9)のメチル化は、ヘテロクロマチン(遺伝子が不活性化されている領域)の形成に関係している。このような化学修飾の情報のいくつかは、細胞分裂を超えて伝わる。また、こうした情報は周囲の環境により変化する。

2.小分子RNA、マイクロRNA
小分子RNAはタンパク質の翻訳に関係しない小分子のRNAのこと。マイクロRNAは小分子RNAの一つ。マイクロRNAには、メッセンジャーRNAの翻訳の抑制に関係するものがある。過去の報告から、環境の変化によって父親の精子に含まれる小分子RNAの量が変化し、子供の表現型に影響する可能性が示唆されていた。

3.きぼう
地上から約400キロメートルに位置する国際宇宙ステーションの日本の実験施設。1気圧に保たれており、温度・湿度も地上に近い条件に制御されている。

4.転写因子ATF7
転写因子とは、遺伝子の発現を調節するタンパク質のこと。ATF7(Activating Transcription Factor 7)は細胞が感知した環境変化に応じて、エピゲノム変化を誘導する転写因子である。H3K9のメチル化酵素と相互作用することで、ヘテロクロマチン化に寄与する。通常はDNAに結合しており、ヘテロクロマチン化を誘導するが、細胞が環境変化を感知すると、ATF7がリン酸化されることでDNA結合能が消失する。これによって、DNA上からATF7が消失し、H3K9のメチル化レベルが減少するとともに、ヘテロクロマチン化が解消される。こうした反応が親の生殖細胞で起こった場合、子供の表現型に影響する。

5.プロモーター領域
遺伝子の上流周辺に位置し、DNAからRNAへと転写される遺伝子発現量を制御する重要な領域。

6.MCM複合体
細胞が増殖するときに必要なDNA複製に関係する重要な酵素で、MCM2-7の六つのタンパク質から構成される複合体である。DNA構造をほどくことで、DNA合成酵素の進行時において機能する。

共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部 眞貝細胞記憶研究室
研究員 石井 俊輔(いしい しゅんすけ)
協力研究員(研究当時) 吉田 圭介(よしだ けいすけ)

筑波大学 医学医療系
教授 高橋 智(たかはし さとる)
准教授 工藤 崇(くどう たかし)
教授 村谷 匡史(むらたに まさふみ)
大学院生 藤田 晋一郎(ふじた しんいちろう)

大阪大学 微生物病研究所
教授 伊川 正人(いかわ まさひと)
准教授(研究当時) 磯谷 綾子(いそたに あやこ)

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部門 きぼう利用センター
技術領域主幹 芝 大(しば だい)
きぼう利用企画グループ長 白川 正輝(しらかわ まさき)

研究支援

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「エピゲノム研究に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出(研究代表者:石井俊輔)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)「CMS画分を用いたATF7による精子エピゲノムの分子的制御機構の解明(研究代表者:吉田圭介)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Yoshida K, Fujita S, Isotani A, Kudo T, Takahashi S, Ikawa M, Shiba D, Shirakawa M, Muratani M and Ishii S., “Intergenerational effect of short-term spaceflight in mice”, iScience, 10.1016/j.isci.2021.102773

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 眞貝細胞記憶研究室
協力研究員(研究当時) 吉田 圭介(よしだ けいすけ)
研究員 石井 俊輔(いしい しゅんすけ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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