2021-10-04 国立精神・神経医療研究センター(NCNP),京都大学,日本医療研究開発機構(AMED)
研究のポイント
- 人工知能(AI)を利用した筋病理標本判読アルゴリズムを世界で初めて開発しました。
- 治療法が確立されている筋炎を判別することは、筋疾患診断上重要とされており、本アルゴリズムは、病理画像からこれを行います。
- 本研究において用いられたデータに基づく比較では、アルゴリズムの判別精度は専門医に匹敵するという結果が得られました。これにより、将来的にAIによる筋病理診断支援の実現可能性が示唆されました。
概要の説明
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(以下NCNP)は、京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センター(以下京都大学)と共同で人工知能(AI)を利用した筋病理標本判読アルゴリズムを世界で初めて開発しました。これは筋病理診断における将来的なAI実装に向けた技術基盤を提供するものです。
筋疾患は筋肉の異常により筋力低下や筋萎縮を引き起こす疾患の総称であり、その診断には患者さんから採取した骨格筋に対する病理学的検査(以下、筋病理診断)が、重要な役割を果たしています。しかしながら、すべての筋疾患は患者数の少ない希少疾患であることから、世界的に専門家も少なく、筋病理診断を正確に行える専門医は極めて限られます。
筋疾患は、主に筋ジストロフィーに代表される先天的な遺伝性筋疾患と筋炎に代表される後天的な非遺伝性筋疾患に分けられます。筋炎は、治療法が確立されていることから、病理検査による正確な診断がつけば治癒が可能です。しかしながら筋炎と遺伝性筋疾患の病理的所見はしばしば酷似しており、専門医でも診断が難しいことがあります。
そこで本研究では、AI技術のひとつである深層学習1)を用いて、筋病理画像から筋炎であるか否かを判別する筋炎判別モデルの構築を試みました。モデルの訓練および評価するための画像は、NCNPで保管されているヘマトキシリン・エオジン2)で染色された病理検体1400検体を用いて作製しました。結果として訓練されたモデルは、AUC 0.996の判別精度を達成し、この結果は専門医に匹敵します。さらには、筋炎4種の分類および遺伝性筋疾患7種の分類も技術的に可能であることを示しました。これらの結果は、AIによる筋病理診断への道を拓くものです。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業「希少難治性疾患克服のための「生きた難病レジストリ」の設計と構築(難病プラットフォーム事業)」において、NCNP(神経研究所疾病研究第一部 大久保真理子研究員、西野一三部長ほか)、京都大学(松田文彦教授)と日本IBM(壁谷佳典データサイエンティスト、高野敦司パートナー(*執筆当時))との共同で行われたものであり、研究成果は、日本時間 2021年10月2日午前7時(中央ヨーロッパ時間:2021年10月2日午前0時)に科学誌『Laboratory Investigation』オンライン版に掲載されました。
研究の背景
筋疾患の診断には、患者さんから採取した骨格筋組織に対して各種の染色を行った標本を判読する筋病理診断が極めて重要な役割を果たしています。しかしながら、高い専門性が要求される筋病理診断医の数は、世界的にみても限られています。特に医師全体の数が限られる発展途上地域においては、筋疾患のような希少疾患を専門とする医師を育成する余裕がないことも珍しくありません。
一方で近年は深層学習を用いた画像認識技術を病理画像に適用する研究が盛んとなり、AIの活用分野の一つとして注目されています。しかしながら希少疾患である筋疾患を対象とした研究は少なく、今回のように筋病理診断を直接支援するモデルの開発は行われていませんでした。またこれまでの病理画像AI研究の大多数は、病理標本スライド全体の画像を取り込んだホールスライド画像の使用を前提としているものが多く、高価なホールスライドスキャナーの全世界での低い普及率を鑑みると実用化には高いハードルがあると言わざるを得ません。そこで本研究では、基本的な顕微鏡と画像取り込み装置があれば撮影可能な顕微鏡画像を用いた診断支援技術開発を目指しました。
研究の内容
本研究ではまず筋炎とそれ以外の疾患(遺伝性筋疾患、神経原性疾患)を分類し、その後、筋炎と遺伝性筋疾患をそれぞれ細分類化することとしました。検体はNCNPの筋レポジトリーから、筋病理、自己抗体、遺伝学的解析により確定診断された例を用いました。筋炎群には、封入体筋炎、免疫介在性壊死性ミオパチー、皮膚筋炎、抗合成酵素症候群を含みました。一方、遺伝性筋疾患には比較的患者数の多い疾患としてジストロフィノパチー、肢帯型筋ジストロフィー、福山型筋ジストロフィー、Ⅵ型コラーゲン関連ミオパチー、GNEミオパチー、先天性ミオパチーに神経原性疾患を加え、全1400検体のヘマトキシリン・エオジン染色標本を用いました。筋炎グループ、遺伝性筋疾患グループの両グループの検体から評価用にランダムに合計96検体をサンプリングし、残りを訓練用としました。画像は、顕微鏡を介したCCDカメラで検体を撮影することで作製しました。訓練用検体から撮影された画像を用いて筋炎判別モデルの訓練を行いました(図1)。評価は、評価用検体から撮影された画像を用いて行い、結果としてAUC 0.996の判別精度、正解率でいうと96.9%を達成しました。また比較のため筋疾患専門医9人が評価用検体を診断しました。専門医の診断結果で最も高い正解率は93.8%となりました。これによりモデルは専門医に匹敵する判別が可能であることが明らかとなり、実診断での利用の実現性を示唆しています。
図1:アルゴリズム開発アプローチ概要
追加の実験として、筋炎4種の分類および遺伝性筋疾患7種の分類も行いました。筋炎の分類において、可視化技術を用いAIが診断時に注目している領域を評価したところ、AIが専門医と近い箇所を判断に利用している可能性が示唆されました。
今後の展望
本研究成果で、AIを使った筋病理の診断支援の可能性を確認することができました。しかしながら本研究は1施設から取得した検体のみを利用した研究であり、今後、複数施設の検体を利用しての訓練・評価を行うことが求められています。また、本研究ではヘマトキシリン・エオジンで染色された病理検体のみを用いており、今後は他染色(ゴモリ・トリクローム変法、NADH染色等)の画像を用いた診断支援モデルの構築も期待されます。
用語解説
- 1)深層学習
- 深層学習とは、神経細胞の仕組みを模したニューラルネットワークを用いた機械学習の手法の1つであり、多層のネットワーク構造となっていることが特徴です。
- 2)ヘマトキシリン・エオジン染色
- 病理組織の基本的な染色法で、へマトキシリンとエオジンの2種類の色素を用いて細胞核と核以外の組織成分を青藍色と赤色に染め分ける染色法。筋病理診断では、他にもゴモリ・トリクローム変法やNADH染色等の染色が合わせて行われ、総合的に判断が下されることが一般的です。
原論文情報
- 論文名
- Deep convolutional neural network-based algorithm for muscle biopsy diagnosis
- 著者
- Yoshinori Kabeya, Mariko Okubo, Sho Yonezawa, Hiroki Nakano, Michio Inoue, Masashi Ogasawara, Yoshihiko Saito, Jantima Tanboon, Luh Ari Indrawati, Theerawat Kumutpongpanich, Yen-Lin Chen, Wakako Yoshioka, Shinichiro Hayashi, Toshiya Iwamori, Yusuke Takeuchi, Reitaro Tokumasu, Atsushi Takano, Fumihiko Matsuda, Ichizo Nishino
- 掲載誌
- Laboratory Investigation 2021
- DOI
- 10.1038/s41374-021-00647-w
研究費
当該研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「難治性疾患実用化研究事業」の研究費を用いて行われました。
お問い合わせ先
研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第一部
部長 西野一三
報道に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
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京都大学 総務部広報課国際広報室
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ゲノム・データ基盤事業部 医療技術研究開発課
難治性疾患実用化研究事業担当