世界初!変異処理した植物から、直接、DNA に生じた突然変異を全検出~成熟前でもよい実をつける枝を選抜できる?新しい品種開発技術への展開に期待~

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2022-01-21 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

・細胞に突然変異が起きているかを、赤色色素のある・なしで簡単に視覚的に識別する方法を開発しました。

・この方法で識別した突然変異を起こした細胞から、量子ビーム照射で生じた DNA の変異を、直接、網羅的に同定することに初めて成功しました。

・樹木や栄養繁殖性植物の品種改良で、果実がなるまで育てなくても甘い果実がなる樹を選抜できるような新しい技術としての利用を期待しています。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所の北村智上席研究員らは、特定の変異細胞を選択的に可視化・識別する技術を開発し、量子ビームを照射した植物に生じたゲノム突然変異を直接検出することに世界で初めて成功しました。

細胞に量子ビームを照射すると DNA に傷が生じます。細胞がこの傷を間違えて修復すると、DNA の塩基配列が変わり突然変異が発生します。多細胞生物である植物に量子ビームを照射すると、細胞ごとに DNA 上に異なった突然変異のパターン(種類・数・場所)が生じ、様々な突然変異のパターンを持った細胞が混在する、非常に複雑な状態となります。このため、このような細胞の集団について、DNA 上に生じた突然変異の数や種類を決定することは難しく、照射した植物から直接突然変異を網羅的に検出した報告はこれまでありませんでした。

突然変異の直接検出に挑むにあたり、私たちは、植物に一般的に存在して生育には影響しない赤色色素を利用して、赤色色素が「ある」か「ない」か、つまり、細胞が赤色色素を作ることができるかできないかで、突然変異が起きた細胞かどうかを簡単に識別できる植物があれば、量子ビーム照射した植物から突然変異を直接検出し、DNA 上に生じた突然変異の数や種類を、細胞ごとに正確に決定できると考えました。このような性質を持つ特殊なシロイヌナズナを作り出し、ガンマ線を照射したところ、照射によって赤色色素を作れなくなった突然変異細胞から成る組 織領域を、赤色色素を作る領域から明確に区別できることが分かりました。この赤色色素がない領域から抽出した DNA を解析することにより、DNA の塩基がたった 1 つだけ替わったものから数百万もの塩基が変化したものまで、さまざまな規模の突然変異を網羅的に検出することに世界 で初めて成功しました。この解析を実現したことで、多数の遺伝子(形質)に影響を与える大型の変異は、従来考えられてきた数よりも実際は数多く発生していることも明らかにできました。

植物には、樹木のように一世代が非常に長いものがあります。また、種からではなく挿し木など栄養繁殖により増殖するものが多く存在します。このような植物では、照射した植物の細胞に生じた変異が品種改良に直結するため、大型変異が高頻度で生じることは、効率的な品種改良につながります。この研究で明らかにした照射植物での突然変異の特徴を活かすことで、成熟前でもよい実をつける枝を選抜したり、果実がなるまで育てなくても甘い果実がなる樹を選抜できるような、樹木や栄養繁殖性植物の改良における有望株の早期選抜等に利用されることを期待しています。

本研究の一部は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(19K12333)、及び文部科学省の先進ゲノム支援(16H06279(PAGS))の助成を受けて実施したものです。なお、本研究成果は学術誌

「PLOS Genetics」に令和 4 年 1 月 21 日(金)4:00(日本時間)にオンライン掲載されました。

背景・目的

生物に量子ビーム 1)を照射するとゲノム DNA2)に傷が生じ、この傷が誤って修復されるとゲノム DNA の塩基配列が変わり突然変異が発生します。この際の修復の違いによって、たった一つの塩基から数百万の塩基にも及ぶような様々な大きさの突然変異が、ゲノム上の様々な場所に生じます。このことを利用して、植物ゲノムに突然変異を誘発させ、新しい形質を持つ植物を作出する品種改良が盛んに行われています。この際、どのような量子ビームをどれくらい照射するのが適しているのかといった判断は、一般的に、照射された植物が受精して次の世代となった植物で観察された突然変異の解析結果に基づいています。しかし、植物には、次の世代の種子を作り出すのに数十年を有する樹木や、受精や種子形成を経ずに挿し木などの栄養繁殖で増殖できる植物も数多く存在します。このような一世代が長い植物の改良を目的とする場合には、従来の照射次世代での突然変異の知見ではなく、照射された世代での突然変異の知見が不可欠です。また、従来の照射次世代での突然変異解析では、花粉や卵細胞といった受精に寄与する細胞(生殖細胞)が致死してしまうような大規模突然変異が除かれやすい可能性も考えられます。したがって、量子ビームが引き起こす突然変異を正確に理解するためにも、照射された植物での突然変異解析は重要となります。そこで我々は、照射された植物でのゲノム突然変異の様相を明らかにすることを目的として、研究を開始しました。

手法・成果

ゲノム上に生じる突然変異の種類 3)や数は細胞ごとに異なるため、多細胞生物である植物に量子ビームを照射した場合には、異なる突然変異パターンを有する多様なゲノムが混在する非常に複雑な状態となります。このような複雑な状態では、ゲノムに生じた突然変異を検出すること自体が非常に困難でした。我々は、この「ゲノムの複雑性」を解消することこそが、樹木や栄養繁殖性植物に利用できる照射植物での突然変異情報を取得する鍵になると考えました。

モデル植物シロイヌナズナ 4)では、葉や茎に赤い色素が現れますが、これは、バラ花色や紅葉でも知られる赤色色素アントシアニンの蓄積によるものです。この赤色色素は複数の酵素の連続的作用で合成されており、この合成経路の酵素遺伝子群のうちどれか 1 つでも機能を失うと、合成経路が遮断されて赤色色素を合成できなくなります。各酵素遺伝子は父母それぞれに由来するペアとなっているので、赤色色素合成酵素遺伝子の一方をあらかじめ不活化しておくことで、もう片方の遺伝子に変異が生じると赤色色素合成経路が遮断されて、赤色色素のない細胞として変異細胞を可視化できると考えました(図 1)。

この赤色色素のない細胞が分裂・増殖すれば、通常の赤色組織の中に赤色のない組織が現れるはずです。このような赤色色素欠損組織では赤色のない変異細胞が大多数を占めることから、照射された植物の突然変異解析で問題となる「ゲノムの複雑性」が解消されていることが期待されます。したがって、この組織から DNA を抽出し、全ゲノム解析を実施すれば、ゲノム全体に生じた様々なタイプの突然変異を検出できるのではないかと考えました(図 2)。

スキーム

そこで、赤色色素合成経路に関与する 3 つの遺伝子についてそれぞれの片方を不活化したシロイヌナズナ種子を作出し、量子ビームの一種であるガンマ線を照射しました。照射した種子を発芽・育成させ、赤色色素の有無を観察した結果、ガンマ線照射した植物でのみ、赤色色素欠損組織が検出されることを確認できました。赤色色素欠損組織から抽出したDNA を用いて全ゲノム解析を実施したところ、予想通り、ゲノムの複雑性が解消された状態であり、一塩基の突然変異(塩基置換、欠失、挿入)から、数百万塩基に及ぶ超大型の変異まで、大小さまざまな突然変異を検出することに成功しました。特に 100 塩基を超える大型の変異については、照射次世代の突然変異ではほとんど検出されなかったのに対して、照射植物を用いた本研究では一桁多く検出されできることを確認しました。また、突然変異の大きさ(大・中・小型)によって、突然変異の塩基配列の特徴が異なることを見出しました(図3)。この結果は、大型変異を効率よく検出した本研究によって初めて見えてきたもので、それぞれの大きさの突然変異が異なるメカニズムで発生したことを示唆する初めての知見です。今後はこれらの特徴を指標に、突然変異の大きさを人為的に制御する可能性についても検証していきたいと考えています。

特徴解析

今後の展開

本研究によって、量子ビーム照射された植物において、世代をまたぐ前のゲノム突然変異の検出が可能であることが実証されました。その結果、多くの遺伝子に影響を与える大型変異が既知の情報よりも高頻度で生じていることが判明しました。一世代が長い樹木・果樹や栄養繁殖性植物に量子ビーム照射した集団において、ゲノムの複雑性を解消してゲノム解析を実施し、大型変異や目的遺伝子に変異を有する組織などを選抜の際に利用することで、有望な形質を持つ組織の早期選抜に役立つことが期待されます。

論文・特許情報

Satoshi Kitamura, Katsuya Sato, Yutaka Oono

Detection and characterization of genome-wide mutations in M1 vegetative cells of gamma-irradiated Arabidopsis

PLOS Genetics      (2021 年 12 月 4 日 受理) (該当論文への外部リンク)

本成果に関し、量研は 2022 年 1 月 19 日に特許を出願しました(特願 2022-6756)。

用語解説

1)量子ビーム:
人工的に制御された放射線のことを指します。

2)ゲノム DNA:
生物の細胞が持つ全ての DNA 配列情報のことをゲノムあるいはゲノム DNA といいます。ゲノム DNA は ATGC の 4 種類の文字(塩基)からなる 2 本鎖 DNA の形で存在し、その大きさを文字数(塩基数)で表現することが一般的です。本研究で使用したシロイヌナズナのゲノム DNA は、およそ 1.3 億文字すなわち 1.3 億塩基の大きさです。

3)突然変異の種類:
突然変異には、1 塩基から、100 万塩基を超えるような、様々な大きさの突然変異が存在します。また、塩基の種類が入れ替わるタイプ(塩基置換)、塩基がなくなるタイプ(欠失)、塩基が増えるタイプ(挿入)、一定の長さの塩基配列の並びが逆転するタイプ(逆位)、一定の長さの塩基配列がゲノム上の異なった場所に変わるタイプ(転座)など、突然変異の種類も様々です。

4)シロイヌナズナ
アブラナ科に属する一年草で、モデル植物として世界中で利用されています。植物として初めてゲノム DNA の配列が解読されました。

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