生体内細胞の多数の転写因子の活性測定法を開発

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2022-03-10 東北大学,日本医療研究開発機構

発表のポイント
  • 生体内細胞において遺伝子発現を直接制御する多数の転写因子注1の活性を測定する新規技術を開発した。
  • 多くの転写因子の活性を「転写因子活性プロファイル」として評価でき、ゲノム情報と遺伝子発現情報を繋げる新たな情報として活用することが可能になった。
  • 今回開発した方法で生体内細胞の転写因子活性を効率的に測定・解析することにより、転写因子活性の操作を目的とした薬剤や、生活習慣の変更による、新規治療法や予防法の開発につながることが期待される。
概要

生物のからだを構成する細胞の性質は、その細胞が発現する多数の遺伝子の発現量のパターンによって決まります。生体細胞内において遺伝子の発現を直接制御する多数の転写因子の活性は、細胞の状態を表す重要な情報です。これまで、転写因子の活性をトランスクリプトーム注2解析から類推する方法はありましたが、生体内細胞においてその活性を直接測定することは困難でした。

東北大学大学院生命科学研究科の安部健太郎教授らのグループは、転写因子活性を測定するためのウイルスベクター注3群を作成し、それらを使用することで、がん細胞などの細胞株や、生体内細胞での多数の転写因子活性を直接計測することを可能にしました。本研究は、生体の発生・発達や感覚入力・学習など様々な生理機能、または生活習慣や病態進行に伴う細胞状態の変化を明らかにし、それらに介入することによる新規治療法や予防法の開発に貢献することが期待されます。本研究成果は、(2022年2月13日の)iScience誌(電子版)で公開されました。

詳細な説明

生物のからだを構成する細胞の性質は、その細胞が発現する多数の遺伝子の発現量のパターンであるトランスクリプトームによって決まります。細胞のトランスクリプトームは体の内外からの多岐にわたるシグナル(内分泌や神経活動、感覚入力、ストレスなど)や、疾患によってさまざまなタイムスケールにおいて変化します。転写因子は個々の遺伝子の発現を直接制御するタンパク質であり、1種類の転写因子はゲノム上の多数の遺伝子の発現を一括に制御する能力をもつ因子です。そのため、転写因子は遺伝子発現パターンを規定することにより細胞の性質や生理機能の発現を制御する“かなめ”の因子といえます。近年、次世代シーケンサーなどの活用によってゲノムDNAの配列解析や、そこから生み出される遺伝子の発現パターンを大規模に測定する技法の開発は進みましたが、ゲノムと遺伝子発現の中間に位置する転写因子の活性を測定することは困難で、遺伝子の発現パターンから転写因子の活性を類推することしかできませんでした。そのため、生体内において同じゲノムDNAをもつ細胞がどのように違う性質と機能をもつようになり、それがどのように変化していくのかに関しては分かっていない部分が多くあります。

研究グループは、以前の研究において、ウイルスベクターを用い、感染させた細胞に転写因子活性を測定するためのプローブ注4を発現させ、動物脳内細胞の特定の転写因子の活性を定量的に測定することを可能にしていました(Abe et al., PNAS 2015)。今回の研究では、その技術を発展させ、生体内において重要な機能を有する50種類程度の転写因子の活性を定量評価するウイルスベクター群を作成し、その活用法を確立しました。本ベクター系を使用することで、培養した細胞および生体組織内細胞において、多数の転写因子の活性の総体として表される情報である「転写因子活性プロファイル」を取得することが可能になりました。

今回発表された論文では、本技術を適応し、がん細胞株などの培養細胞株による「転写因子活性プロファイル」の違いを明らかにし、薬剤添加によるそれらのダイナミックな変化を明らかにしました。また、動物脳において記憶の形成や神経ネットワークの形成に必要である、神経細胞の活動依存的な遺伝子発現制御を可能にする転写因子活性変化を明らかにし、実際のマウスの学習時やストレス負荷時においても、脳内で活性の増減が見られる転写因子を多数明らかにしました。さらに、細胞の種類によって異なる転写因子活性を測定する技術も開発し、脳を構成する神経細胞とグリア細胞それぞれの転写因子活性の違いを初代培養系において明らかにしました。


図1 本研究手法により得られた転写因子活性プロファイル例(左)培養細胞株での50種の転写因子の活性を表す転写因子活性プロファイル。細胞種(HEK293、MCF7、MCF10A)による転写因子活性化状態の違いを表す。
(右)マウスの自発的な新規環境探索による空間学習、または強制水泳によるストレス負荷後の大脳皮質における転写因子活性プロファイル変化。円の外側は活性の上昇、円の内側は活性の低下を表す。


本技術によって取得される「転写因子活性プロファイル」は、ゲノム情報と遺伝子発現情報(トランスクリプトーム)との間をつなぐ新規オミクス情報と捉えることができます。ゲノム・エピゲノム情報と、「転写因子活性プロファイル」、そして遺伝子発現(トランスクリプトーム)のマルチオミクス解析注5の手法をとることで、広範な生物学分野において多様な生体機能を発現する分子機構を明らかにする研究に貢献することが期待されます。

また、「転写因子活性プロファイル」の取得により、各遺伝子の上流に位置する転写因子の活性が、病態や、食事や運動などの生活習慣、投薬などによってどのように変化するのかを明らかにすることで、生体の状態を定量的に評価できるこれまでにない視点を得ることができます。これにより、転写因子活性を制御することを目的とした投薬や生活習慣の改善によって、疾患の予防や治療を目指す新規治療法・予防法の開発が期待され、本研究グループでは現在そのような研究開発に取り組んでいます。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業 (PRIME)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域(JP21gm6110011)、日本学術振興会・文部科学省科研費 JSPS KAKENHI(21H05608, 19H04893, 19H03319, 16KT0067)、東北大学研究プログラム「挑戦研究デュオ」の支援を受けて行われました。


図2 本研究の概要

用語説明
注1 転写因子
転写因子は遺伝子の発現を制御するタンパク質で、ゲノムDNA上の特定の配列を認識し、そこに直接結合することで、近傍の遺伝子のmRNAの発現を開始・停止したり、その量を増加や減少させたりします。
注2 トランスクリプトーム
細胞が発現する遺伝子の情報を網羅的に表したもの。ゲノムDNAからの転写産物であるRNAの総体を指す。細胞のRNAの塩基配列を網羅的に読み取ることで取得される。
注3 ウイルスベクター
細胞に人為的にDNAなどを導入する際に使用される組み換えウイルス。ウイルス感染による毒性や新規のウイルス増殖をおこさないように人工的に改変されたもの。
注4 プローブ
人工的に合成した転写因子結合配列により目印となる特定の遺伝子(レポーター遺伝子)を発現させます。その配列に結合する転写因子の活性が変化するとレポーター遺伝子の発現量が変化するので、その変化量をPCR法などにより測定します。
注5 マルチオミクス解析
生体は様々な階層の分子群によって機能しますが、それぞれの階層で機能する多彩な分子を網羅的にまとめた情報のことをオミクス情報とよび、複数の階層においてそれらを統合的に解析することをマルチオミクス解析と呼びます。本研究の場合、ゲノム(DNA)、転写因子活性(転写因子)、遺伝子発現(mRNA)またはそれに加え、遺伝子産物(タンパク質)のマルチオミクス解析が想定されます。
論文題目
題目
PCR based profiling of transcription factor activity in vivo by a virus-based reporter battery
著者
Hitomi Abe, Kentaro Abe
筆頭著者情報
安部仁美、脳機能発達分野 学術研究員
雑誌
iScience
DOI
10.1016/j.isci.2022.103927
お問い合わせ先

研究に関すること
東北大学大学院生命科学研究科

報道に関すること
東北大学大学院生命科学研究科広報室
担当 高橋 さやか(たかはし さやか)

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

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