ハチ目における脳神経細胞の進化動態の解明~多機能型から機能特化型へ~

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2023-05-08 東京大学

桑原 嵩佳(生物科学専攻 博士課程)
河野 大輝(生物科学専攻 助教)
畠山 正統(農研機構 上級研究員)
久保 健雄(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 社会性のミツバチと祖先的な形質である単独性のハバチについて、脳高次中枢を構成する神経(ケニヨン)細胞サブタイプの遺伝子発現プロファイルと記憶・学習における役割を比較しました。その結果ミツバチの3種類のサブタイプはハチ目の祖先型の単一なサブタイプから、機能の分離と専門化を経て進化したことが示唆されました。
  • 多様な行動様式を示すハチ目昆虫を研究対象とすることで、行動進化に伴う高次脳神経細胞の進化動態に関するモデルを初めて提唱しました。
  • ヒトの脳の大脳皮質では各領野がそれぞれ固有な高次機能を担います(脳機能局在)。ハチ目昆虫を研究対象とした本研究の成果は、動物一般の高次脳機能の進化動態の解明につながる可能性があります。

ハチ目における脳神経細胞の進化動態の解明~多機能型から機能特化型へ~
ハチ目昆虫のケニヨン細胞サブタイプの進化モデル


発表概要

ミツバチ脳の高次中枢であるキノコ体(注1)は、細胞体の大きさや遺伝子発現プロファイルが異なる3種類(大型、中間型、小型)の神経細胞(ケニヨン細胞)で構成されます。当研究室では以前に、ハチ目昆虫の単独性→寄生性→営巣性/社会性という行動様式の高度化に伴い、キノコ体を構成するケニヨン細胞サブタイプの種類が1つ→2つ→3つと増加することを報告し、ケニヨン細胞サブタイプの複雑化が、ハチ目昆虫の行動進化を支える脳神経基盤となった可能性を指摘しました〔Oya et al.(2017)〕。しかし、その進化動態は不明でした。

今回、東京大学大学院理学系研究科の桑原嵩佳大学院生・河野大輝助教・久保健雄教授は、農業・食品産業技術総合研究機構の畠山正統上級研究員との共同研究を行った結果、ミツバチの3種類のケニヨン細胞サブタイプは、ハチ目の祖先型の単一なケニヨン細胞の機能を一部ずつ受け継ぎつつも、おのおのが新規な機能を獲得することで成立したことを示唆しました。さらに、ハバチ(注2)において新たに確立した連合学習実験系を用いることで、記憶・学習に働く特定の遺伝子の機能が、ミツバチでは一つのケニヨン細胞サブタイプに受け継がれた可能性を実験的に示しました。本研究はハチ目昆虫のみならず、動物一般の行動進化の脳基盤の理解にもヒントを与えることが期待されます。

発表内容

多くの方はハチ目昆虫と言うとミツバチやアシナガバチ、スズメバチのように社会を作り、ヒトを刺す種類か、アリを思い浮かべられるのではないでしょうか。しかし、実際にはハチ目昆虫は単独性(ハバチ)から寄生性(コマユバチなど)、営巣性/社会性(ミツバチなど)と言った多彩な行動様式を示す種を含む分類群です。また、哺乳類と比べるとずっと小さい脳しかもたないことから、行動進化の基盤となった脳の分子神経基盤を探る上で格好の研究対象と言えます。

当研究室では以前に、社会性のセイヨウミツバチ(Apis mellifera)では、脳高次中枢(キノコ体)が大型・中間型・小型の3種類のケニヨン細胞のサブタイプから構成されますが、寄生性の寄生蜂(単独性)では2種類、植食性のハバチ(単独性)では単一なサブタイプから構成されることを見出し、ケニヨン細胞サブタイプの複雑化が、ハチ目昆虫の行動進化の神経基盤となった可能性を示唆しています〔Oya et al.(2017)〕。今回我々は、ミツバチとカブラハバチ(Athalia rosae)(注3)について、ケニヨン細胞サブタイプのトランスクリプトーム(注4)および記憶・学習における機能を比較することで、ハチ目昆虫の行動進化に伴うケニヨン細胞サブタイプの進化動態を解析しました。

まず、ミツバチとハバチのキノコ体のトランスクリプトーム解析により、各ケニヨン細胞サブタイプを特徴付ける遺伝子群を同定しました。ハバチのケニヨン細胞サブタイプは単一と考えられたので、他の脳領域よりキノコ体で発現量が高い遺伝子群をRNAシーケンス(RNA-seq)(注5)解析により同定しました。ミツバチではデータベースから取得した全脳のシングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)(注6)データを再解析することで、脳内で各ケニヨン細胞サブタイプ選択的に発現する遺伝子群を同定しました。これらについて、両種のone-to-oneオーソログ(注7)を選別して比較した結果、ハバチのケニヨン細胞サブタイプの遺伝子発現プロファイルは、ミツバチのもつ3つのサブタイプのそれぞれと同程度類似していることが明らかになりました。また、ミツバチの各サブタイプとハバチのケニヨン細胞はそれぞれ固有な遺伝子群も選択的に発現することも分かりました(図1)。このことから、祖先のハチ目昆虫のケニヨン細胞は多機能性で、進化の過程でその機能が複数のケニヨン細胞サブタイプに分配されるとともに、それぞれのサブタイプが独自の機能を獲得した可能性が考えられました。


図1:ハバチとミツバチの各ケニヨン細胞サブタイプの遺伝子発現プロファイルの類似性
それぞれの種においてサブタイプで特徴的に発現するone-to-oneオーソログのセットを両種で比較し、共通するオーソログを灰色の曲線で繋げたSankeyプロット。ハバチキノコ体は単一種(茶色)のケニヨン細胞からなる。ミツバチキノコ体は3種類(青・黄・ピンク)のケニヨン細胞サブタイプからなる。縦棒の長さ、曲線の幅はオーソログ数に対応する。右側の円グラフは、ミツバチの各サブタイプに特徴的な遺伝子のうちハバチケニヨン細胞でも特徴的な遺伝子となっている割合(類似度)。ハバチケニヨン細胞は、ミツバチの大型・中間型・小型サブタイプのそれぞれと、同程度の遺伝子発現の類似性を示した。


次に、ケニヨン細胞の機能分離を個々の遺伝子レベルで解析するために、PLCe(ホスホリパーゼCイプシロン)とCaMKII(Ca2+/カルモジュリン依存性タンパク質リン酸化酵素II)という遺伝子に着目しました。PLCeCaMKIIは、動物の記憶・学習のベースとなるCa2+情報伝達系(注8)に働く遺伝子です。ミツバチではこれまでに、両遺伝子の発現パターンと嗅覚-口吻伸展反射連合学習(注9)における機能が調べられており、PLCeはキノコ体3種類のケニヨン細胞サブタイプ全てで発現し、初期記憶の形成(学習)に働くこと、CaMKIIは大型ケニヨン細胞選択的に発現し、後期-長期記憶に働くことが報告されていました。一方、本研究により、ハバチのPLCeCaMKIIはともに、脳でキノコ体全体に一様に発現することが判明したので、次に、ハバチでもこれら遺伝子の記憶学習における機能が保存されているか調べることにしました。

昆虫では一般に、砂糖水を、味覚を感じることができる触角に付けることで口吻伸展反射を誘導し、それと特定の匂い刺激を同時に与える訓練を繰り返すことで、匂い刺激と口吻伸展反射を連合(学習)させることができます(嗅覚-口吻伸展反射連合学習)。しかし、ハバチは砂糖水に嗜好性を示さず、触角に繰り返し触れると擬死状態に陥ることから、従来の方法で連合学習系を確立することは困難でした。私たちは、ハバチの成虫が生得的に好むクサギの葉の抽出液を報酬とし、それを、触角の代わりにpalpと呼ばれる感覚器に付ける工夫を行うことで、初めてハバチで嗅覚連合学習系を確立することに成功しました(図2)。確立した嗅覚連合学習系とRNA干渉(RNAi)(注10)を組み合わせてこれら遺伝子の機能を調べたところ、どちらもミツバチと同様、PLCeは学習に、CaMKIIは後期-長期記憶に働くことが示されました。これらの結果から、記憶学習におけるPLCeの機能は祖先型のケニヨン細胞からミツバチの全てのサブタイプに、CaMKIIの機能は大型ケニヨン細胞にのみ継承されたことが示唆されました(図3)。


図2:カブラハバチのクサギへの生得的嗜好性を利用した連合学習系の確立
(A)クサギの葉を齧るカブラハバチ。(B)カブラハバチの頭部。赤で囲った部位がpalp。(C)クサギの葉抽出液の提示により口吻を伸展するカブラハバチ。


図3:ハバチとミツバチにおける記憶学習関連遺伝子の比較
PLCeの学習における機能は、ハバチの単一なケニヨン細胞からミツバチの全サブタイプへ、CaMKIIの後期-長期記憶における機能は、ハバチの単一なケニヨン細胞からミツバチの大型サブタイプへ継承されたことが示唆された。PLCeCaMKIIのキノコ体における発現部位をそれぞれ、ピンク色と水色で示す。


ヒトでも、会社や大学などの大きな組織では、それぞれの業務は専門の部署が担当します。高等動物の脳でも各機能は大脳新皮質のそれぞれの領野に分配されていますが、こうした脳機能局在の生理的役割とその進化の神経原理は未だに不明です。今回、提案されたハチ脳のケニヨン細胞サブタイプの進化動態モデルは、こうした動物一般の高次脳機能の進化の神経原理の解明にヒントを与えるものかも知れません(図4)。


図4:ハチ目昆虫の行動多様化に伴って複雑化したケニヨン細胞サブタイプの進化モデル
原始的なハバチのもつケニヨン細胞と、ミツバチの3種類のケニヨン細胞サブタイプの比較から、ケニヨン細胞サブタイプは進化の過程で機能分離・機能分岐を経て多様化したことが示唆された。この進化モデルは、ヒトを含めた高等動物一般の脳進化の理解にもヒントを与える可能性がある。

論文情報
雑誌名
Science Advances論文タイトル
Evolutionary dynamics of mushroom body Kenyon cell types in hymenopteran brains from multi-functional type to functionally specialized types

著者
Takayoshi Kuwabara, Hiroki Kohno, Masatsugu Hatakeyama, Takeo Kubo

DOI番号
10.1126/sciadv.add4201

研究助成

本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:20H03300)」、「特別研究員奨励費(課題番号:21J20847)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  キノコ体
昆虫脳の高次中枢で、記憶・学習や感覚統合に働く左右一対の構造体。昆虫を含む節足動物に共通に存在するが、種により形状には差異が見られ、(図1左)ハバチではキノコ体の卵型の神経突起(灰色)の上部をケニヨン細胞の細胞体が覆う(茶色)が、(図1右)ミツバチではカップ型の神経突起(灰色)の内側に3種類のケニヨン細胞の細胞体(青色、黄色、ピンク色)が集合している。

注2  ハバチ
最も原始的なハチ目の分類群であるハバチ亜目に属するハチの総称。幼虫は葉を食べる植食性であり、いずれの種も単独性である。胸と腹の境界にくびれがないため、広腰亜目とも呼ばれる。

注3  カブラハバチ(Athalia rosae)
ハバチ亜目の一種で、幼虫がアブラナ科の植物の葉を食害する(「カブラ」は食草に由来する)。ゲノムが解読されていること、RNAiが効くこと、研究室内での累代飼育が可能なことから、本研究で実験に用いた。

注4  トランスクリプトーム
細胞中に存在する転写産物の総体。転写産物を意味するtranscriptに、総体を意味する接尾語である-omeをつけた造語。

注5  RNAシーケンス(RNA-seq)
組織中の各遺伝子の発現量を網羅的に調べる解析手法であり、トランスクリプトーム解析の一種。単にRNA-seqと呼ばれる場合もあるが、scRNA-seqと区別するためにしばしばbulk RNA-seqとも呼ばれる。

注6  シングルセルRNAシーケンス(scRNA-seq)
各遺伝子の発現量を1細胞ごとに網羅的に調べる解析手法。細胞の個性(遺伝子発現プロファイル)が明らかになるため、細胞タイプの同定に有用であり、脳神経科学をはじめとしたさまざまな分野でブレイクスルーをもたらす手法となっている。

注7  one-to-oneオーソログ
共通の祖先遺伝子から生じた相同な遺伝子(オーソログ)のうち、比較対象の種間で1対1の対応関係にあるもの。

注8  Ca2+情報伝達系
セカンドメッセンジャーとしてのカルシウムイオン(Ca2+)を介した細胞内情報伝達系。さまざまな動物種の神経系で記憶・学習の分子基盤となっている。

注9  嗅覚-口吻伸展反射連合学習
連合学習は条件刺激と無条件刺激(報酬)を連合する学習形態で、「パブロフの犬」がその代表例である。昆虫の嗅覚-口吻伸展反射連合学習では、嗅覚刺激と報酬(多くの場合、砂糖水を与える)を同時に提示することで、次第に嗅覚刺激のみで、砂糖水を飲むための口吻(細長い口器)の伸展反射が起きるようになる。昆虫の記憶・学習能力を評価する基本的な実験系。

注10  RNA干渉(RNAi)
標的遺伝子のmRNAと相同な配列をもつ二本鎖RNAを投与することで、標的遺伝子の発現を抑制する遺伝子操作法。さまざまな生物種において遺伝子の機能解析に汎用されている。

生物化学工学
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