現代人日本人の遺伝的・表現型多様性の起源を解明 ~古代狩猟採集民が現代日本人へ残した遺伝的遺産~

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2024-11-12 大阪大学

山本 賢一≪保健学≫、岡田 随象 ≪遺伝統計学≫

現代人日本人の遺伝的・表現型多様性の起源を解明 ~古代狩猟採集民が現代日本人へ残した遺伝的遺産~
図1: 古代人と現代人の統合ゲノム解析の概略

研究成果のポイント
  • 古代人ゲノムの統合解析により、現代日本人の遺伝的起源として三重構造※1が広く当てはまり、特に縄文祖先※2の割合が地域や個体で異なり、日本人の集団構造に強く影響していることを発見した。
  • 形質との関連から、縄文祖先の割合が現代におけるBMIの上昇に関連することを明らかにした。縄文人から現代人に受け継がれてきたゲノム配列を同定し、その中に現代において肥満のリスクを高めるものが存在する可能性があることを発見した。
  • イギリスのUKバイオバンク※3内で同定された縄文祖先を持つ集団においても、日本人の縄文祖先と同様に、縄文祖先の割合とBMIの間に正の相関があることを発見した。
概要

大阪大学大学院医学系研究科の山本賢一准教授(保健学専攻)、岡田随象 教授(遺伝統計学/ 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授/ 理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)、金沢大学 古代文明・文化資源学研究所及び医薬保健研究域附属サピエンス進化医学研究センター 覚張隆史准教授、ダブリン大学トリニティカレッジ 中込滋樹助教 (兼 金沢大学 古代文明・文化資源学研究所及び医薬保健研究域附属サピエンス進化医学研究センター 客員准教授)、徳洲会グループ 東上震一理事長らの研究グループは、バイオバンク・ジャパン※4に集積された日本人集団のゲノム情報と縄文人を含むユーラシア大陸の古代人のゲノム情報を用いて、日本人の遺伝的起源を調べました。

その結果、「日本人の祖先集団は、縄文祖先、北東アジア祖先、東アジア祖先に由来しているとする説(縄文祖先–北東アジア祖先–東アジア祖先の三重構造)」が、日本国内様々な地域の日本人集団に適合していること、また現代日本人のゲノムに含まれる縄文祖先由来の遺伝情報が肥満と関連があることも明らかにしました。さらに、欧米人集団の代表的なコホートであるUKバイオバンクにおいても、縄文祖先を持つ集団を同定し、かつ、その集団においても縄文祖先とBMIとの間に正の相関があることを明らかにしました。今回の研究により、現代日本人における遺伝的多様性の起源だけでなく、私たちの祖先が現代人の形質※5に与える影響が明らかとなり、予防医療や健康増進への応用が大きく期待されます。

本研究の背景

現生人類(ホモ・サピエンス)が、アフリカを出て日本に到達したのは約3万8千年前と考えられています。その後の詳細はまだわかっていませんが、日本においては、約1万6千年前に狩猟採集を主たる生活様式とする縄文文化が始まり、約3千年前に大陸から農耕がもたらされ、その後国家の形成が進んでいきました。近年、古代人と現代人のゲノム解析の発展により、ヨーロッパを中心にその祖先構造の解明が進んでいます。覚張准教授・中込助教らは2021年に古代及び現代日本人のゲノム解析から、日本人の祖先集団は、縄文祖先、北東アジア祖先、東アジア祖先に由来しているとする「現代日本人の遺伝的三重構造」を提唱しました(Cooke et al. Sci Adv. 2021)。しかし、多様な日本人集団に広く当てはまるのか、という点については不明でした。

また、ネアンデルタール人※6由来の遺伝子多型※7がCOVID-19の重症化に関連していることや多発性硬化症のリスクとなる遺伝子多型が遊牧民から現代ヨーロッパ人にもたらされたことなどがわかってきています。しかし、日本人における祖先が現代人で観察される形質の多様性にどのように関わっているかはほとんどわかっていませんでした。

本研究の成果

今回、研究グループでは、縄文人やユーラシア大陸由来の古代人のゲノム情報と、バイオバンク・ジャパンを中心した約25万人の現代日本人集団のゲノム情報とを統合した解析を行いました(図1)。

地域情報や主成分分析※8の結果に基づいて集団を詳細に定義し、その祖先構造を評価したところ、縄文祖先–北東アジア祖先–東アジア祖先の三重構造が地域を問わず広く日本人集団全体に適合していることが判明しました(図2)。また、縄文祖先の割合は北海道の一部や琉球諸島の様々な集団で高いことが確認されました。さらに、個体間における縄文祖先の多様性が、日本人の集団構造化※9に強く影響していることも明らかとなりました。

個人レベルで縄文祖先の割合を推定し、バイオバンク・ジャパンに登録されている80の形質との関連を調べた結果、縄文祖先の割合はBMIのそれと正の相関を示すことが明らかとなりました。これは、縄文人から現代人に受け継がれてきたゲノムの中には、現代の環境では肥満のリスクを高める可能性があることを示しています(図3)。

ゲノムワイド関連解析※10の手法を応用することで、現代人のゲノムから縄文祖先に関連する132個の遺伝子多型を同定しました。これらの多型は非常に長いハプロタイプ※11に連鎖していました。縄文人が長く隔離された小集団であったことを踏まえると、今回の結果は、縄文人由来のゲノム領域を特定できたと考えられます。また、これらの遺伝子多型の中には、BMIや体格に関連するものがあり、縄文祖先が肥満と関連する結果とも一致していました。

さらに、縄文祖先に関連する遺伝子多型を使って、個体ごとの「縄文スコア」を計算する方法を開発しました。そして、その方法を、イギリスで集められたUKバイオバンクにおける東アジアに由来する集団へ適用したところ、日本から離れた地域にも縄文祖先を持つ集団が存在することが明らかとなりました。さらに、それらの集団でも縄文祖先がBMIと正の相関を示すことが分かりました。すなわち、環境が異なる日本とイギリスのどちらにおいても、縄文祖先が肥満のリスクに影響している可能性が確認されました。

図2: 三重構造の適合

図3: 縄文割合と形質との関連

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

現代の日本人集団における遺伝的起源を大規模に評価することで、三重構造が広く適合する一方で、地域や個人によって縄文祖先の割合が大きく異なることが明らかとなりました。さらに、その縄文祖先の多様性が、我々現代人の形質に影響していることも明らかとなりました。今後は、様々な年代の古代人との解析や、今回含まれなかった日本人集団との解析による過去から現代へ至る日本人の遺伝的構造の変化の解明が進むことが期待され、ひいては現代人の健康への理解・増進に寄与することが期待されます。

研究者コメント

<山本賢一准教授(保健学専攻)>
古代人ゲノムと現代人ゲノムを合わせて解析することで、現代人のみでは捉えることができなかったその遺伝的・表現型の多様性の根源を捉えることができました。温故知新とあるように過去を知ることで現在に繋がり、さらには今回の結果から予防医療などの健康増進という未来につなげていけることができれば幸いです。
今回は解析対象とできなかった縄文人以前、古墳人以降から現代に至る日本人の変化が、今後より明らかになっていくことを期待します。
最後になりますが、貴重なリソースを提供してくださったバイオバンク・ジャパンの参加者の皆様、関係各位に感謝申し上げます。

用語説明

※1  三重構造
2021年に覚張准教授・中込助教らが報告した日本人の遺伝的な祖先構造モデル。日本人の祖先である縄文人ゲノム、弥生人ゲノム、古墳人ゲノムとユーラシア大陸の古代人・現代人ゲノムを解析することで、日本人の遺伝的な祖先構造が縄文人祖先-北東アジア人祖先-東アジア人祖先からなる(=日本人の祖先集団は、縄文祖先、北東アジア祖先、東アジア祖先に由来しており、この3集団は日本列島内で徐々に混血した)ことが明らかとなった。

※2 縄文祖先
約16500年前から約3000年前まで日本列島に居住していた狩猟採集民であり、縄文土器に代表される特徴的な文化を持つ。

※3 UKバイオバンク
英国全域の40~69歳のボランティア約50万人の人々から遺伝情報と表現型の情報が集められた世界最大規模の国家的な生体試料バイオバンク。世界中の研究者にリソースを提供しており、中高年で有病率の高い疾患(がん、心血管疾患、糖尿病、認知症など)を中心に様々な疾患の遺伝的・環境的要因の解明に貢献している(https://www.ukbiobank.ac.uk/)。

※4 バイオバンク・ジャパン
51疾患の患者約27万人を対象とした疾患バイオバンク。DNAや血清を臨床情報と共に収集し、研究者へ生体試料やデータの提供を行っている(実施機関:東京大学医科学研究所)。2003年からの10年間で集められた第1コホートと2013年からの5年間で集められた第2コホートで構成される(https://biobankjp.org/index.html)。

※5 形質
個体の持つ性質や特徴のこと。身長などの身体的な特徴や能力、疾患のなりやすさなど。

※6 ネアンデルタール人
約4万年前までユーラシア大陸に存在していた旧人類の一種。ネアンデルタール人の骨を用いたゲノム解析でスヴァンテ・ペーボ博士が2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。現代人とネアンデルタール人の交雑があったと考えられており、現代人のゲノムにネアンデルタール人由来のゲノム領域が存在し、現代人の形質に影響を与えていることがわかってきている。

※7 遺伝子多型
DNAの塩基配列における個体差のことであり、ゲノム上のある一つの領域に二つ以上のアレルが存在する状態を言う。ヒトの複雑な形質との関わり、集団遺伝学や法医学等において研究されている。

※8 主成分分析
関連がある多数のデータをより関連が少なく、かつ全体のばらつきを最もよく表す指標へ変換する機械学習手法の一つ。データの次元を削減するために行われる。集団遺伝学においては遺伝子多型に適応することで、集団構造化を数値として、視覚的に捉えることができる。

※9 集団構造化
対象集団内に遺伝的背景の異なる個体が混在し、完全に均一ではない状態のこと。人種、民族、地域などにより遺伝子頻度に差が生じることが原因となる。人種による遺伝子頻度の差が疾患と関連があるように見えてしまい偽陽性の原因となることがある。

※10 ゲノムワイド関連解析
ヒトゲノムの全領域にわたる遺伝子多型の情報を用い、疾患や形質と関連する遺伝的要因を探索する手法。これまでに数千以上の形質とゲノムワイド関連解析が実施され、多数の遺伝領域が報告され、結果が広く公開されている。

※11 ハプロタイプ
各遺伝子座位にある対立遺伝子のいずれか一方の組み合わせのことで、本研究においては、同一染色体上において、遺伝的に連鎖している遺伝子多型の組み合わせをさす。

特記事項

本研究成果は、2023年11月12日(水)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】
“Genetic Legacy of Ancient Hunter-Gatherer Jomon in Japanese Populations”

【著者名】
Kenichi Yamamoto1-4, Shinichi Namba1,5,6, Kyuto Sonehara1,5,6, Ken Suzuki1,7, Saori Sakaue1,8-10, Niall P. Cooke11, Shinichi Higashiue12, Shuzo Kobayashi12,13, Hisaaki Afuso12, Kosho Matsuura12, Yojiro Mitsumoto12, Yasuhiko Fujita12, Torao Tokuda12, the Biobank Japan Project, Koichi Matsuda14,15, Takashi Gakuhari16,17, Toshimasa Yamauchi7, Takashi Kadowaki18, Shigeki Nakagome11,16,17*, Yukinori Okada1,4-6,19*(*責任著者)

  1. 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
  2. 大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 成育小児科学研究室
  3. 大阪大学大学院医学系研究科 小児科学
  4. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC)免疫統計学
  5. 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学
  6. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
  7. 東京大学大学院医学系研究科 糖尿病代謝内科
  8. ハーバード大学医学部 Center for Data Sciences
  9. ブリガム&ウィメンズ病院 Division of Genetics and Rheumatology
  10. ブロード研究所 Program in Medical and Population Genetics
  11. ダブリン大学トリニティ・カレッジ
  12. 徳洲会グループ
  13. 湘南鎌倉総合病院 腎臓内科
  14. 東京大学医科学研究所 附属ヒトゲノム解析センター
  15. 東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野
  16. 金沢大学 古代文明・文化資源学研究所
  17. 金沢大学医薬保健研究域附属 サピエンス進化医学研究センター
  18. 虎ノ門病院
  19. 大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)

*バイオバンク・ジャパングループ全員のリストは論文中に記載

DOI:10.1038/s41467-024-54052-0

本研究は、MEXT科研費20H05822、JSPS科研費21H04358, 22J02711, 22H00476、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)JP20km0405202, JP23tm0424218, JP23km0405211, JP23km0405217, JP23ek0109594, JP23ek0410113, JP23kk0305022, JP223fa627002, JP223fa627010, JP233fa627011, JP23zf0127008, JP23tm0524002、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業JPMJMS2021, JPMJMS2024、武田科学振興財団、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブ、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、大阪大学ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)、金沢大学先魁プロジェクトの支援を受けて行われました。

細胞遺伝子工学
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