タンパク質を大量に作って、そのまま保存する細胞系の実現
2019-07-26 農研機構,理化学研究所
ポイント
農研機構は、理研とカザン大学(ロシア)と協力して、乾燥保存可能な昆虫細胞で大量のタンパク質を作り出すプロモーター1)(タンパク質を作り出すための遺伝子のスイッチ)を見いだしました。しかも、このプロモーターは色々な昆虫細胞でも働くことが明らかになりました。
本成果で得られたプロモーターは、昆虫培養細胞を用いた有用物質生産等に利用されることが期待されます。
概要
干からびても死なない昆虫として有名なネムリユスリカ2)から樹立した培養細胞 Pv113) は、1年もの長期間の常温乾燥保存が可能な細胞です。Pv11細胞で人為的に合成させたタンパク質は、細胞をまるごと乾燥させることにより、その働きを保ったまま、長期間乾燥保存できます。しかし、Pv11細胞で働く従来のプロモーター(タンパク質を作り出すためのスイッチ)では、合成できるタンパク質の量はあまり多くなく、Pv11細胞を物質生産などに応用するには不十分でした。
農研機構・理研・カザン大(ロシア)を中心とする研究グループは、ネムリユスリカのゲノム研究を進める過程で、強力なプロモーターを発見しました。「121」と名付けたこのプロモーターは、昆虫細胞用の市販キットに含まれるプロモーターと比べて、タンパク質を作り出す能力が約1,500倍高いことがわかりました。121プロモーターを利用することで、Pv11細胞を物質生産の場として使えるようになりました。また121プロモーターは、ショウジョウバエ、カイコなどネムリユスリカ以外の昆虫の細胞でも、強力に働くことが分かりました。
本成果は、”合成”と”保存”を両立する効率的な有用物質生産系の構築に貢献すると期待されます。
関連情報
予算:本プロジェクトはロシア科学基金(RSF)と農林水産省農林水産技術会議事務局の協力覚書に基づいた「国際共同研究パイロット事業(ロシアとの共同公募に基づく共同研究分野)」で遂行されました。
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 部門長 吉永 優
研究担当者 :
同 新産業開拓研究領域 黄川田隆洋 宮田佑吾
広報担当者 :
同 広報プランナー 高木英典
詳細情報
開発の社会的背景
昆虫細胞は室温で増殖可能な上、培養のために炭酸ガスが不要なため、哺乳動物細胞と比べて比較的簡便かつ安価なタンパク質合成系として知られています。実際、Sf9細胞やHigh Five細胞などいくつかの昆虫細胞は物質生産に利用されていますが、ほとんどの昆虫細胞は応用利用されるまでには至っていません。しかし、昆虫そのものは極めて多様性に富む生物であるため、昆虫細胞には未利用資源としての魅力が豊富にあります。たとえば、干からびても死なない昆虫として有名なネムリユスリカから樹立した培養細胞 Pv11 は、1年もの長期間の常温乾燥保存が可能な細胞です。このPv11細胞に人為的にタンパク質を合成させて、細胞まるごと乾燥させることで、合成したタンパク質の活性を長期間乾燥保存できます(東京農工大、農研機構ほか2017年7月26日共同プレスリリース「壊れやすいものでも、しっかりと守ります~酵素を乾燥から保護する昆虫細胞~」)。しかし、Pv11細胞で働く従来のプロモーター(タンパク質合成のスイッチ)では、人為的に合成できるタンパク質の量はあまり多くなく、物質生産などに応用するには不十分でした。
研究の経緯
ネムリユスリカの培養細胞Pv11では、市販キットに多く利用されている恒常活性プロモーター(IE2プロモーター4)やCMVプロモーター等のウイルス由来のプロモーター)がほとんど機能しません。そのため、ネムリユスリカのハウスキーピング遺伝子5)の一つであるGapdh遺伝子6)のプロモーターを利用してきましたが、大量のタンパク質を合成することはできませんでした。そこで私たちは、ストレスの有無にかかわらず恒常的に高発現しているネムリユスリカの遺伝子のプロモーターに着目しました。その結果、Pv.00443と呼ばれる遺伝子の5’上流領域に、期待するプロモーターが存在することを見いだしました。
研究の内容・意義
「121」と名付けたこのプロモーターは、既存のプロモーターと比べて極めて高いタンパク質合成活性を示しました。Pv11細胞に発現させると、ネムリユスリカGapdhプロモーターの約800倍、昆虫細胞用の市販キットに含まれるIE2プロモーターの約1,500倍もの強力なタンパク質合成活性を示しました(図1)。
また121プロモーターは、ネムリユスリカ以外の昆虫の細胞でも、タンパク質合成スイッチとして作動できることが分かりました。S2細胞(キイロショウジョウバエ由来)、SaPe-4細胞(センチニクバエ由来)、Sf9細胞(ツマジロクサヨトウ由来)、BmN4細胞(カイコ由来)、Tc81細胞(コクヌストモドキ由来)で、市販キットで広く使われている昆虫細胞用プロモーターに匹敵するような高い活性を示しました(図2)。すなわち、121プロモーターは、生物種に限定されない汎用性の高い昆虫細胞用プロモーターといえます。
今後の予定・期待
121プロモーターを利用する事で、Pv11細胞を物質生産の場として使えるようになりました。また、121プロモーターの高い汎用性から、様々な昆虫の細胞において、市販されている機能的プロモーターのセカンド・チョイスとして利用されることが期待されます。
昆虫細胞は室温で増殖可能な上、培養のために炭酸ガスが不要なため、哺乳動物細胞と比べて比較的簡便かつ安価なタンパク質合成系です。本研究の成果は、”合成”と”保存”を両立する効率的な有用物質生産系の構築に貢献すると期待されます。
用語の解説
- 1)プロモーター
- 遺伝子の機能を発現させて、タンパク質を合成させるためのスイッチ。
- 2)ネムリユスリカ
- カラカラに干からびても死なず、もう一度水に浸すと復活して、成長を再開する驚異の昆虫。
- 3)Pv11細胞
- ネムリユスリカから作った培養細胞。常温乾燥して約1年間保存可能。乾燥しても、Pv11細胞内に発現させたタンパク質の機能は損なわれません。
- 4)IE2プロモーター
- 昆虫に感染する核多角体病ウイルスから同定。多様な昆虫細胞に広く用いられる強力なプロモーター。市販の昆虫細胞発現用キットに含まれています。
- 5)ハウスキーピング遺伝子
- 全ての細胞に共通して、一定量以上発現していると考えられている遺伝子の総体。
- 6)Gapdh遺伝子
- グリセルアルデヒド-3-リン酸 脱水素酵素(Glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)遺伝子。ブドウ糖を分解してエネルギーを作り出す代謝経路である解糖系を構成する酵素の遺伝子。
関連資料
- Miyata Y., Tokumoto S., Sogame Y., Deviatiiarov R., Okada J., Cornette R., Gusev O, Shagimardanova E, Sakurai M & Kikawada T. (2019) Identification of a novel strong promoter from the anhydrobiotic midge, Polypedilum vanderplanki, with conserved function in various insect cell lines. Scientific Reports, 9(1), 7004. http://doi.org/10.1038/s41598-019-43441-x
- 東京農工大、農研機構ほか2017年7月26日共同プレスリリース「壊れやすいものでも、しっかりと守ります~酵素を乾燥から保護する昆虫細胞~」
www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2017/20170726_01.html
参考図
図1 Pv11細胞での121プロモーターのタンパク質合成活性
既存のネムリユスリカ用のプロモーター(A)および市販の昆虫細胞用プロモーター(B)の活性を1とした時のタンパク質合成活性。グラフは、活性測定値の平均値±標準偏差を示す。***は、有意確率が0.001以下であることを示す。
図2 121プロモーターは様々な昆虫の細胞で機能する