最短40分で試験紙による正確な診断が可能に
2020-06-03 東京大学
発表のポイント
- 国産ゲノム編集技術CRISPR-Cas3(注1)を用いて簡単かつ正確にウイルスRNAを検出する新しい手法(CONAN法(注2))を開発し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の迅速診断法を確立した。
- この新しいCRISPR検査法は、PCR検査法とほぼ同等の高い検出感度を持ち、抗原検査法のように精密な機器を使わず最短40分以内で検査できるため、医療現場などの様々な場所で「素早く、安く、確実に」COVID-19診断を行うことが可能になる。
- このCRISPR検査法をPOCT(臨床現場即時検査)(注3)として使用できるCOVID-19迅速診断薬として早急に実用化させることで、更なる感染の拡大や重症化の防止に大きく貢献することが期待される。
発表概要
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大や重症化を防止するためには、医療現場で迅速かつ簡単に利用できる新しいCOVID-19迅速診断法が求められています。
今回、東京大学医科学研究所先進動物ゲノム研究分野の吉見一人講師、真下知士教授らは、国産ゲノム編集技術CRISPR-Cas3により、サンプル中の微量なウイルスRNAを正確に検出する手法(CONAN法)を開発し、COVID-19迅速診断法として確立しました。
この新しいCRISPR検査法を用いて、最短40分で数十個(数十コピー)のウイルスRNAの有無を試験紙で検出することに成功しました。COVID-19患者由来サンプルを用いた結果、陽性一致率(PPA)は90%(9例 / 10例)、陰性一致率(NPA)は95.3%(20/21例)を示し、PCR検査法とほぼ同等の検出感度、検出特異度であることを確認しました。
このCRISPR検査法は、一般的な試薬と試験紙、保温装置(注4)があれば実施できるため、安価で素早くだれでも簡単に診断できるPOCTになると考えられます。今後、野外や医療現場、空港など様々な場所で使用できるCOVID-19診断薬として実用化することで、新型コロナウイルスの更なる感染拡大や重症化の防止に大きく貢献することが期待されます。
図1 COVID-19に対する診断法の概要
発表内容
重篤な呼吸器疾患などを引き起こす新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を素早く簡単かつ高い精度で診断することは、更なる感染の拡大や重症化を防止するために極めて重要です。
COVID-19の原因である新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染しているかどうかを診断する方法としては、主にPCR検査法、抗原検査法があります(図1)。臨床検体に含まれるウイルスは数十個程度と非常に少ないことがあるため、少ない数のウイルスでも高感度に検出できるPCR検査法が利用されます。しかし、PCR検査には専門的な技術や解析機器が必要なため臨床現場で実施することが難しく、特定の検査機関で実施しているのが現状です。
一方、抗原検査は30分程度と迅速にウイルスを検出することができるものの、検出感度が低くまた特異度も高くないため、偽陽性や偽陰性がPCR検査に比べて多いという問題があります。そのため、検出感度や検出特異度が高く、臨床現場で利用できる、迅速、簡便、高感度、高精度なCOVID-19診断法が世界中で求められています。
今回、東京大学医科学研究所先進動物ゲノム研究分野の吉見一人講師、真下知士教授らは、同医科学研究所のウイルス感染分野、感染症分野、および理化学研究所放射光科学研究センターとの共同研究により、国産ゲノム編集技術CRISPR-Cas3によりサンプル中の微量なウイルスRNAを正確に検出する手法(CONAN法、注2)を開発し、新しいCOVID-19迅速診断法として確立しました。SARS-CoV-2のウイルスRNAを用いて検査を行った結果、数十個程度のサンプルでも、最短40分以内に試験紙で検出することに成功しました(図2)。
図2 ラテラルフロー試験紙による新型コロナウイルスRNAの検出(赤矢印:陽性)
実際にCOVID-19陽性患者10例、陰性者由来サンプル21例の鼻腔ぬぐい液サンプルを用いて診断を実施した結果、陽性一致率(PPA)は90%(9例 / 10例)、陰性一致率(NPA)は95.3%(20/21例)を示したことから、高精度にSARS-CoV-2を検出できることが分かりました。
図3 CONAN法による新型コロナウイルス検出法の概要
今回開発したCRISPR検査法による迅速なCOVID-19診断(図3)は、PCR検査法や抗原検査法と比較して以下の点が優れています。
1)患者由来サンプルから最短40分以内に検出することができます。
2)一般的な試薬、試験紙と保温装置だけで検出できるため、野外や医療現場、空港などのPOCT検査薬として、迅速かつ低コストで簡単に診断できます。
3)数十個のわずかなウイルスRNAでも高感度かつ高精度に検出することができます。
4)CRISPR-Cas3は1塩基の違いも検出できるため、薬剤耐性や重症化を導く変異がウイルスに生じた際にも即座に検出法を確立することができます。
5)どのようなDNA配列にも対応することができるため、新型コロナウイルス以外の様々な感染症の遺伝子診断法として利用することができます。
すなわち、PCR検査法の感度、正確度という利点と、抗原検査法の迅速、簡便、安価という利点を併せ持った新しいCOVID-19診断法といえます(図1)。
CRISPR検査法は、新型コロナウイルスの更なる感染拡大や重症化の防止に大きく貢献できることが期待されます。今後は、国内バイオベンチャー企業である株式会社C4Uを通じてキット化し、医療現場で簡易的に使用できるCOVID-19迅速診断薬として早急に実用化することを目指します。また、毎年流行するインフルエンザの95%以上を占めるA型(H1N1pdm09、H3N2)についても同じ方法で検出に成功しており、新しいインフルエンザ診断法の開発も同時に進めていきます。
なお本研究成果は、日本学術振興会科学研究費基金(19K16025)、科学研究費補助金(18H03974)、日本医療研究開発機構(AMED)感染症実用化研究事業(JP19fk0108113)、アメリカ国立アレルギー・感染症研究所CRIP(HHSN272201400008C)、創薬等先端技術支援基盤プラットフォームの支援(JP20am0101070)のもと、行われました。
発表論文
雑誌名:プレプリントサーバ「medRxiv」(6月2日掲載)
論文タイトル:Rapid and accurate detection of novel coronavirus SARS-CoV-2 using CRISPR-Cas3
著者:Kazuto Yoshimi, Kohei Takeshita, Seiya Yamayoshi, Satomi Shibumura, Yuko Yamauchi, Masaki Yamamoto, Hiroshi Yotsuyanagi, Yoshihiro Kawaoka, Tomoji Mashimo
DOI番号:10.1101/2020.06.02.20119875
URL:https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.02.20119875v1
用語解説
(注1)CRISPR-Cas3
多くの細菌は、獲得性免疫に似た「CRISPR-Cas(クリスパー-キャス)システム」と呼ばれる防御システムを備えています。CRISPR-Cas3は、 細菌、古細菌が持つCRISPRシステムの中でClass1に属するCRISPRシステムのことです。複数タンパク質の複合体でDNAを人工的に切断する国産ゲノム編集ツールとして、2019年に開発されました。
(注2)CONAN法
今回開発した微量な核酸の検出法で、CONAN(Cas3 Operated Nucleic Acid detectioN)法と名付けました。狙った配列を認識するCRISPR-Cas3タンパク質と検出用DNAプローブの混合液をバイオセンサーとして利用することで、サンプル中の標的配列が有るか無いかを、正確かつ迅速に検出することができます。
(注3)POCT(臨床現場即時検査)
Point Of Care Testingの略。簡易機器や迅速診断キットを用いて、野外や医療現場でリアルタイムに行う迅速検査のことです。検査機関で行われるPCR検査などに比べて検査時間の短縮が見込まれ、その場で罹患者への対応ができる利点があります。
(注4)保温装置
温度を一定に保つ装置。アルミブロックを用いた恒温槽やウォーターバスなどが知られており、省電力で、使い方も非常に簡単で誰にでも扱うことができる装置です。本CRISPR検査法では37℃もしくは62℃の設定で利用しています。