2020-08-17 東京大学,日本医療研究開発機構
発表者
小池進介(東京大学大学院総合文化研究科附属進化認知科学研究センター准教授/東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN))
発表のポイント
- 脳構造画像を機械学習することにより、統合失調症と発達障害を判別する手法を明らかにしました。
- 脳構造画像を用いた疾患群同士を判別する機械学習を、より早期の疾患群にも応用できることが初めて確認されました。
- 実際の臨床現場で一般に必要とされる、鑑別診断や治療予測などのマーカーとしての応用が期待されます。
発表概要
東京大学大学院総合文化研究科附属進化認知科学研究センター・小池進介准教授、東京大学医学部附属病院精神神経科・笠井清登教授、浜松医科大学医学部精神医学講座・山末英典教授(前東京大学医学部附属病院精神神経科准教授)らの研究グループは、慢性期統合失調症、発達障害、および健常対照の方から計測された磁気共鳴画像(MRI)の脳構造データを用いて機械学習を行い、疾患群同士でも70%以上を判別可能な機械学習器を開発しました。
これまでの精神疾患脳画像を用いた機械学習は、主に疾患群と健常群を分けるものでした。しかし、臨床現場ではほぼすべての対象者が研究上は疾患群であり、その中での鑑別診断、つまり疾患Aと疾患Bどちらか、という技術が求められています。
今回開発した機械学習器は、統合失調症の異なる臨床病期(精神病ハイリスク、初回エピソード精神病)(注1)の脳画像データを当てはめると、統合失調症、健常対照どちらかに判別され、発達障害と判別されることはありませんでした。そのため、本研究による機械学習器は、臨床現場で必要とされる、鑑別診断や治療予測などのマーカーとしての応用が期待されます。
発表内容
研究の背景・先行研究における問題点
精神疾患の診断は現在に至るまで、精神科医による問診が主な判断基準となっており、血液や画像などを用いた客観的な診断補助が求められています。機械学習は近年より一般的になった分類手法で、これまで統合失調症や発達障害でわかっていた脳構造画像の特徴を用いて、診断補助となりうる可能性を秘めていました。しかし、これまでの精神疾患脳画像を用いた機械学習研究では、疾患群と健常群を分ける研究がほとんどで、疾患群同士の分類を行う機械学習の開発はこれからの課題でした。また、作成された機械学習器を異なる臨床病期のデータ、たとえば発症リスクや発症初期の方にあてはめ、その性能を評価することは行われてきませんでした。特に発症前後の場合、診断を確定することが難しい場合が多く、治療方針の確定が困難なケースがあります。臨床現場で判断が難しい場合に、客観的な診断補助の機会があれば、より適切な治療に結び付けられる可能性があります。
そこで、本研究グループでは磁気共鳴画像(MRI)の脳構造データを用いて、1)慢性期統合失調症、発達障害、健常対照の3つをわける機械学習器を作成し、2)この機械学習器にはどういった脳構造特徴が重要かを明らかにすることにしました。そして、3)機械学習器判別と重症度の相関を検討し、4)この機械学習器作成には使用していない独立した異なる統合失調症臨床病期(精神病ハイリスク、初回エピソード精神病)の脳構造画像を当てはめ、この機械学習器が疾患カテゴリーを判別できるかを検討しました。
研究内容
慢性期統合失調症64名、発達障害36名、健常対照106名の研究参加者から計測された脳構造画像をFreeSurferという解析ソフトウェアを用いて、各部位の皮質厚(150変数)、皮質面積(150変数)、皮質下体積(36変数)、計336変数を求めました。PythonのSkLearnライブラリにある6つの機械学習手法を用い、どの脳構造特徴と機械学習器の組み合わせが、最も判別率が良くなるかを検討しました。
機械学習器は判別率のほか、各疾患群の症状重症度によっても評価しました。また、独立サンプルとして、精神病ハイリスク26名(数年間で統合失調症発症リスクが20%程度あるといわれている群)、初回エピソード精神病17名(精神病症状[幻覚、妄想など]を発症してまもない群)の研究参加者から計測された脳構造画像を同様の方法で脳構造特徴変数を求め、作成された機械学習器にあてはめました。
その結果、特にサポートベクターマシーン(SVM)(注2)とロジスティック回帰(LR)(注3)という2つの機械学習器が、疾患判別にはより有効であることが分かりました(図1)。また、脳構造特徴としては皮質厚と皮質下体積が有効であることが分かりました。これらの機械学習器では、発達障害群における興味の限局と常同的・反復的行動得点に一貫した関連が認められました。さらに、独立サンプルとして精神病ハイリスク、初回エピソード精神病の脳画像データを当てはめると、57.6%の精神病ハイリスクデータ、70%の初回エピソード精神病データが統合失調症と判定され、残りは健常対照と判定されました(表1)。しかし、発達障害と判定されるデータはありませんでした。
図1.各機械学習手法と使用した特徴量による判別率(%)の違い
LR, Logistic regression; kNN, k nearest neighbor; DT, decision tree; AdaBoost, adaptive boosting; RF, random forest; SVM, support vector machine.
表1.作成した機械学習器を用いた早期臨床ステージの判別率
社会的意義・今後の予定
本研究は、統合失調症、発達障害、健常対照の3つの群を分ける機械学習器を作成し、それを独立した異なる統合失調症臨床病期のデータにあてはめその性能を検証した世界初の研究になります。これまでの精神疾患脳画像を用いた機械学習は、主に疾患群と健常群を分けるものでした。しかし、臨床現場では、ほぼすべての対象者が研究上は疾患群に入っているため、その臨床応用は限られたものになります。鑑別診断、つまり疾患Aと疾患Bどちらか、という機械学習技術は、臨床現場で必要とされる、鑑別診断や治療予測などのマーカーとしての応用が期待されます。
今後は、これらが多施設共同研究データでも再現できるか、異なるMRI機種や計測パラメータで得られた脳画像で再現するためにはどのような手法を用いればよいのか、といった検証を重ね、一般的な医療機関で計測されるMRIデータへの応用を目指していきたいと考えています。
発表雑誌
- 雑誌名:
- Translational Psychiatry
- 論文タイトル:
- “Machine learning classification using neuroimaging data in schizophrenia, autism, ultra-high risk and first episode psychosis”
- 著者:
- Walid Yassin, Hironori Nakatani, Yinghan Zhu, Masaki Kojima, Keiho Owada, Hitoshi Kuwabara, Wataru Gonoi, Yuta Aoki, Hidemasa Takao, Tatsunobu Natsubori, Norichika Iwashiro, Kiyoto Kasai, Yukiko Kano, Osamu Abe, Hidenori Yamasue, Shinsuke Koike
用語解説
- (注1)統合失調症臨床病期
- ほかの疾病と同じく、統合失調症も早期支援・早期治療が提唱されています。そのため、統合失調症をもつ人(もしくは、発症リスクのある人)が病気のどの段階にいるのかを把握することが重要です。本研究では、統合失調症臨床病期のうち、ハイリスク状態、初回エピソード、慢性期の3病期を対象に検討を行いました。
- (注2)サポートベクターマシーン
- 教示あり機械学習手法のひとつで、与えられた変数を最大限用いて、異なる群を最も分離できるように超平面を作成します。
- (注3)ロジスティック回帰
- 教示あり機械学習手法のひとつで、ロジスティック曲線を用いて、異なる群を最も分離できる変数と重み付け係数を求めます。
お問い合わせ先
東京大学大学院総合文化研究科 附属進化認知科学研究センター
准教授 小池進介(こいけしんすけ)
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疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
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