2020-08-25 東京大学,日本医療研究開発機構
発表者
新田剛(東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 免疫学 准教授)
高柳広(東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 免疫学 教授)
発表のポイント
- T細胞は微生物やがん細胞を攻撃する重要な免疫細胞であり、胸腺という臓器内で、自分自身を攻撃しないよう教育を受けます。本研究では、胸腺の線維芽細胞が、T細胞の教育に必要な多数のタンパク質を作り出すのに重要であることを明らかにしました。
- 胸腺の線維芽細胞を区別するための分子マーカーを発見し、機能や分化のしくみを明らかにしました。
- 本研究により、自己反応性T細胞を取り除き、自己免疫疾患を抑制するしくみの一端が明らかになりました。本成果を手がかりとして、自己免疫疾患の原因解明や治療法開発につながると期待されます。
発表概要
免疫系は、私たちが健康に生きるために不可欠な生体システムです。免疫細胞のなかでもT細胞は、微生物やがん細胞などを認識して攻撃する一方、自分自身の成分を攻撃しない性質をもち、免疫系の中心的な役割を担っています。このようなT細胞の性質は、T細胞が胸腺で「教育」を受けることで成立します。特に、胸腺の髄質では、上皮細胞と呼ばれる細胞が自己成分を作り出し、それに反応するT細胞を取り除く作用をもつことが知られています。
胸腺の髄質には、それ以外の細胞も多数存在しており、線維芽細胞はその代表例です。線維芽細胞は従来、動物体内に広く存在し、体を構成する個性のない細胞と思われてきました。しかし近年、線維芽細胞は臓器ごとに異なる性質をもち、様々な生命現象に重要な役割を担うことが注目されています。
東京大学医学系研究科病因・病理学専攻免疫学分野の新田剛准教授と高柳広教授らの研究グループは、マウスを用いて、胸腺の髄質に存在するユニークな線維芽細胞を単離する方法を開発し、それらの遺伝子発現などの特徴を明らかにしました。さらに、髄質の線維芽細胞が自己タンパク質(自己抗原)を作り出し、それに反応するT細胞を取り除き、自己免疫を抑える機能をもつことがわかりました。本研究成果は、免疫系の基本原理の理解を深め、自己免疫疾患の原因解明や治療法開発につながると期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(15H05703、16H05202、17H05788、19H03485、19H04802)や、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出」研究開発領域における研究開発課題「組織修復型免疫細胞の解明とその制御による疾患治療の開発」(研究開発代表者:高柳広)などの支援を受けて行われました。
発表内容
研究の背景
T細胞は獲得免疫系の司令塔であり、「自己と非自己」を識別する能力によって、微生物やウイルス、がん細胞などの成分を認識して攻撃し、感染防御と恒常性維持に必須の役割を担っています。T細胞の成熟には、胸腺(注1)という臓器が必要です。胸腺は、様々なストロマ細胞(注2)が立体的なメッシュワーク構造をとった微小環境をもっています(図1A)。胸腺内の空間は、おおまかに外側の皮質と、内側の髄質に分けられ、それぞれの領域には胸腺上皮細胞(皮質上皮細胞と髄質上皮細胞)が存在します。これらは未熟T細胞に様々なシグナルを送り、多様な外来抗原に反応するものの自己抗原には反応しないT細胞のレパートリー(注3)をつくりだします。特に、髄質上皮細胞は様々な自己抗原を発現し、未熟T細胞に提示することで、自己反応性T細胞を細胞死によって取り除き、自己免疫を防ぐはたらきをもつことが知られています。
図1 胸腺の線維芽細胞サブセット(亜集団)の単離と遺伝子発現解析A.胸腺は立体的なメッシュワーク構造をとるストロマ細胞からなり、T細胞の「教育」を制御する(写真左はマウス胸腺の電子顕微鏡像、写真右は皮質上皮細胞マーカー(CD205)と髄質上皮細胞マーカー(Keratin14)によるマウス胸腺切片の免疫染色像)。
B.線維芽細胞マーカー(gp38)によるマウスの胸腺切片の免疫染色画像。線維芽細胞は、皮膜の単層構造と、髄質の細網構造を形成する。
C.皮膜と髄質の線維芽細胞を区別できるマーカー分子DPP4(別名CD26)を同定した。DPP4は皮膜線維芽細胞に発現するが、髄質線維芽細胞には発現しない。
D.フローサイトメーターを用いて、gp38とDPP4の発現を指標として線維芽細胞サブセットを分離した。
E.皮膜と髄質の線維芽細胞は異なる遺伝子発現パターンを示した。
胸腺には、胸腺上皮細胞以外にも、血管内皮細胞や線維芽細胞(注4)といったストロマ細胞が存在します。線維芽細胞は、胸腺臓器の表面を覆う単層の皮膜と、髄質に局在します(図1B)。髄質の線維芽細胞は、髄質上皮細胞と同じような立体的なメッシュワーク構造をとりますが、その機能は不明でした。これまでに線維芽細胞の機能を詳しく解析した研究は少なく、皮膜と髄質の線維芽細胞を分けて単離することもできませんでした。
線維芽細胞は、従来、動物体内に広く存在し、体を構成する個性のない細胞と思われてきました。しかし近年、線維芽細胞は臓器ごとに異なる性質をもち、様々な生命現象に重要な役割を担うことが注目されています。そこで私たちは、胸腺の髄質に存在する線維芽細胞の性質を理解し、T細胞の選択における役割を明らかにすることをめざして研究を始めました。
研究成果の概要
私たちはまず、胸腺の皮膜と髄質の線維芽細胞を分離する手法を開発しました。マウスの胸腺をタンパク質分解酵素で段階的に処理することで、外側に位置する皮膜線維芽細胞と、内側に存在する髄質線維芽細胞を物理的に分け、それぞれに発現する分子マーカーを探索しました。その結果、DPP4と呼ばれるタンパク質を目印にして、皮膜と髄質の線維芽細胞を区別できることがわかりました(図1C)。これによって、フローサイトメーターを用いて皮膜と髄質の線維芽細胞を識別・単離し、他の細胞との間で特徴を比較できるようになりました(図1D)。皮膜と髄質の線維芽細胞は異なる遺伝子発現パターンを示し(図1E)、胸腺内の他のストロマ細胞や、他のリンパ組織の線維芽細胞とも異なる特徴をもつことがわかりました。また、皮膜線維芽細胞はシャーレの上で平面培養できるのに対し、髄質線維芽細胞は培養できない、という違いがあることもわかりました。
次に私たちは、髄質線維芽細胞にリンホトキシンβ受容体(LTβR)(注5)というシグナル受容体が高発現することに気づきました。そこで、LTβRを線維芽細胞特異的に欠損するマウスを作製し、髄質線維芽細胞への影響を調べました。結果、LTβRの欠損によって髄質線維芽細胞の数が減少し(図2A)、髄質線維芽細胞に特徴的な遺伝子の発現が顕著に低下している(図2B)ことから、LTβRシグナルは髄質上皮細胞の生成と機能成熟に重要であることがわかりました。また、線維芽細胞特異的LTβR欠損マウスでは、末梢組織に対する自己抗体産生やリンパ球の浸潤といった自己免疫病態がみられました(図2C)。さらに、これらのマウスでは、髄質線維芽細胞で発現が低下した遺伝子産物に対する自己抗体ができていることが示されました(図2D)。すなわち、髄質線維芽細胞は胸腺内の未熟T細胞に対して自己抗原を提示することで、自己反応性T細胞を除去し、免疫自己寛容を誘導していることが示唆されました。また、線維芽細胞特異的LTβR欠損マウスでは髄質上皮細胞の数が減少していました(図2E)。一方、髄質上皮細胞を欠損するマウスでは髄質線維芽細胞の数に変化がみられません。これらの結果から、髄質線維芽細胞は髄質上皮細胞よりも上位に位置するストロマ細胞であり、髄質上皮細胞の分化や維持を制御することが示唆されました。
図2 髄質線維芽細胞は自己免疫の抑制に重要であるA.リンホトキシンβ受容体(LTβR)を線維芽細胞特異的に欠損するマウス(線維芽細胞特異的LTβR欠損マウス)を作製した。これらのマウスでは、野生型マウスに比較して髄質線維芽細胞の数が減少する。
B.線維芽細胞特異的LTβR欠損マウスでは、髄質線維芽細胞に特有の遺伝子群の発現が低下する。
C.線維芽細胞特異的LTβR欠損マウスは、末梢組織において自己免疫病態を呈する。(上)緑色は血清中の自己抗体が肺組織に結合していることを示す。(下)紫色に染まったリンパ球が肺組織中に浸潤している。
D.線維芽細胞特異的LTβR欠損マウスの血清中には、髄質線維芽細胞で発現が低下した自己抗原に対する自己抗体が増加している。
E.線維芽細胞特異的LTβR欠損マウスでは、Aire陽性髄質上皮細胞の数が減少する。Aireは髄質上皮細胞に発現する転写調節因子であり、自己反応性T細胞の除去に重要な役割を果たす。
研究成果の意義
本成果において、胸腺髄質の組織形成やT細胞の教育を担う新たな胸腺ストロマ細胞として、髄質線維芽細胞を見出しました。髄質線維芽細胞は、胸腺上皮細胞の分化を制御するとともに、胸腺上皮細胞とは異なる自己抗原を発現することで、自己反応性T細胞の除去に寄与することがわかりました(図3)。これらの知見は、胸腺の組織形成やT細胞の教育の基本原理の解明、さらには自己免疫疾患の原因解明や治療法開発につながると期待されます。
髄質線維芽細胞は胸腺の基本構造を構成するストロマ細胞群のひとつであり、本研究成果は胸腺の発生や加齢・ストレスに伴う退縮のメカニズムの解明という観点からも重要です。また、本研究から得られた線維芽細胞の遺伝子発現や分化制御機構に関する知見は、生体内の様々なタイプの線維芽細胞の機能や関連疾患の治療研究にも応用できると期待されます。
図3 胸腺ストロマ細胞の全容と髄質線維芽細胞の機能胸腺の皮膜線維芽細胞と髄質線維芽細胞を単離する方法を確立し、それらの遺伝子発現の特徴を明らかにした。髄質線維芽細胞は、T細胞からのリンホトキシンシグナルによって機能成熟し、独自の自己抗原の発現と、髄質上皮細胞の分化制御を介して、自己反応性T細胞の除去、すなわち自己免疫の抑止に重要な役割をもつことが明らかになった。
発表雑誌
- 雑誌名
- Nature Immunology(オンライン版:2020年8月24日)
- 論文タイトル
- Fibroblasts as a source of self-antigens for central immune tolerance
- 著者
- Takeshi Nitta*, Masanori Tsutsumi, Sachiko Nitta, Ryunosuke Muro, Emma C. Suzuki, Kenta Nakano, Yoshihiko Tomofuji, Shinichiro Sawa, Tadashi Okamura, Josef M. Penninger, Hiroshi Takayanagi*(*責任著者(Corresponding author))
- DOI番号
- 10.1038/s41590-020-0756-8
- アブストラクトURL
- URL:https://www.nature.com/articles/s41590-020-0756-8
用語解説
- (注1)胸腺
- ヒトでは胸骨の裏側、心臓の直上に位置する、二葉からなる臓器。T細胞の成熟の「場」として、免疫系の成立に重要な役割を担う。ヒト胸腺のサイズは思春期頃に最大となり、その後は加齢とともに退縮する。
- (注2)ストロマ細胞
- 間質細胞・実質細胞とも呼ばれ、組織の構造と機能を支える役割を果たす。胸腺では、胸腺上皮細胞や線維芽細胞が立体的な細網構造を形成し、その間隙に血管内皮細胞や周皮細胞からなる血管網が存在する。骨髄から血流を介して胸腺内に移住したT前駆細胞は、ストロマ細胞から様々なシグナルを受け、胸腺内を皮質から髄質へと移動しながらT細胞へと成熟する。
- (注3)T細胞のレパートリー
- T細胞は、細胞ごとに異なる形の受容体(T細胞受容体)をもっており、これによって抗原(免疫反応を引き起こす物質)を認識する。ある個人(個体)がもつ多様なT細胞受容体のセットを、レパートリーと呼ぶ。T細胞受容体はランダムな遺伝子再編成によって作られるため、一定の確率で自分自身の成分を認識するT細胞が生まれ、自己免疫疾患の原因となる。胸腺の髄質には、全身の様々な組織に特有の成分(自己抗原)が発現し、それらに反応するT細胞(自己反応性T細胞)を取り除くことで、自己免疫を防いでいる(図1A)。このように、免疫系が自己成分に対して攻撃性を示さない性質を、「免疫自己寛容」と呼ぶ。
- (注4)線維芽細胞
- コラーゲンなどの細胞外基質(細胞間マトリックス)を産生し、結合組織を構成する細胞。動物体内のほとんどの組織に存在する。多くの亜種が存在し、臓器ごとに異なる機能をもつことが近年明らかになりつつある。免疫系においては、リンパ節において免疫細胞の移動や相互作用を制御する細網線維芽細胞が知られている。
- (注5)リンホトキシンβ受容体
- リンホトキシン(lymphotoxin)は腫瘍壊死因子ファミリーに属するサイトカインであり、その受容体がリンホトキシンβ受容体(lymphotoxin β receptor、LTβR)である。リンホトキシンおよびLTβRは、リンパ節の発生に重要な役割を果たすことが知られている。胸腺では、免疫自己寛容に関わることがわかっていたが、詳しいメカニズムは明らかになっていなかった。
お問い合わせ先
東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 免疫学
教授 高柳広(たかやなぎひろし)
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