2020-12-23 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:小川久雄、略称:国循)の吉本武史 脳神経内科医師、井上学 脳血管内科医長、猪原匡史 脳神経内科部長、豊田一則 副院長らの研究チームは、広範な脳梗塞を発症した患者に血管内治療(脳血管カテーテル手術)を施行した場合の脳梗塞体積が100mL未満であれば、薬物療法のみと比較して、自宅復帰可能なレベルまで改善が期待できる割合が明らかに多く、脳梗塞体積が約120-130mLまでは症状の改善が期待できると報告しました。本研究成果は、Jurnal of the Neurointerventional Surgery誌に令和2年12月17日付でonline掲載されました。
背景
脳に栄養を送る太い血管が詰まった場合、脳は広範な虚血に陥り、重度の意識障害や運動麻痺を認めます。虚血範囲は時間と共に拡大し、最終的に脳組織は壊死に陥り、高度の後遺症となります。このような急性期脳梗塞に対して、2015年、複数のランダム比較試験が行われ、脳血管内治療における、自宅復帰可能なレベルまでの改善に対する有効性が証明され、海外及び国内のガイドラインでも、脳血管内治療は「標準的治療」として位置付けられました。しかしながら、これらのランダム比較試験では、脳梗塞体積70mL未満の患者で検証されたため、70mLを超えた患者に対して、どこまで(脳梗塞体積が何mLまで)、脳血管内治療の有効性が示されるかは明らかになっていませんでした。
我々は、当院脳血管部門に入院された症例データから、前向き研究であるNCVC Strokeレジストリを構築しております。今回、薬物療法のみと比較して脳血管内治療の有効性を示すことができる脳梗塞の体積の上限値がどの程度なのかを検証するため、NCVC Strokeレジストリを用いて、研究を行いました。
研究手法と成果
NCVC Strokeレジストリに登録された3531名のうち、脳梗塞体積が70mlを超える157名分のデータが本研究で解析可能でした。そのうち、脳血管内治療を行った患者が49名(31%)でした。脳梗塞体積の解析/計測にはRAPIDソフトウエア(米国iSchemaView社)を使用しました。脳梗塞の体積ごとに3群(脳梗塞体積70-100mL,101-130mL,130mL<)に分け、各体積群で、脳血管内治療を行った患者と行わなかった患者の間で、脳梗塞発症90日後の日常生活自立度を比較、解析しました。解析の結果、脳梗塞体積70-100mL群では脳血管内治療を行った患者の方が日常生活自立度が高い患者が多い結果となりました(図)。
脳梗塞体積101-130mL群では脳血管内治療を行った患者と行わなかった患者の間で、日常生活自立度が高い患者の割合に明らかな差はありませんでしたが、やや脳血管内治療を行った患者の方が多い結果であり、脳血管内治療が有効な脳梗塞体積の分岐点は120から130mLの間でした。一方で、脳血管内治療を行わなかった患者では、脳梗塞体積が増えると出血性脳梗塞の頻度も増えました。
今後の展望と課題
海外でも脳梗塞体積の70-100mlに対する脳血管内治療の有効性を報告した研究はありますが、上限値が120-130mLであることを報告した研究は未だなく、脳血管内治療の適応診断に一石を投じる研究であると考えます。
現在、海外では広範な脳梗塞に対する脳血管内治療の有効性を検証する、複数のランダム比較試験が行われており、どこまで広範な脳梗塞であれば症状の改善を期待できるのかは、世界的に注目されており、国内からも更なる脳梗塞定量評価の研究が期待されます。
発表論文情報
著者:吉本武史、井上学、田中寛大、佐藤徹、高橋淳、古賀政利、豊田一則、猪原匡史ら
題名:Identifying large ischemic core volume ranges in acute stroke that can benefit from mechanical thrombectomy
掲載誌:Journal of the Neurointerventional Surgery
謝辞
本研究は、科研費日本学術振興会(助成金番号 17K00426)およびバイエル循環器病研究助成2018年度より資金的支援を受け実施されました。
図
(図)脳梗塞体積毎の発症3ヶ月後転帰の比較
- 修正ランキンスケール0~2が自宅復帰可能、6は死亡
- 脳梗塞体積70-100mL群では自宅復帰率が脳血管内治療をした患者さんが有意に多かった