複数の精神疾患における記憶力を共通のモデルで予測することに成功~疾患に共通する認知機能低下のメカニズム解明に大きく前進~

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2019/01/09 株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR),京都大学,日本医療研究開発機構(AMED)

本研究成果のポイント

  • 統合失調症やうつ病を含む複数の精神疾患では共通して、情報を一時的に記憶して操作する能力(作業記憶)が低下することが知られています。
  • このような複数の疾患に共通する認知機能低下の原因に関して、精神疾患ごとに個別に存在するという説もあれば、疾患に共通した原因があるという説もありました。
  • 私たちの研究グループは、過去に機械学習の手法を用い、健常者の安静時の脳領域間の繋がり方から、作業記憶力の個人差を予測するモデルを作成しました。
  • 本研究では、そのモデルを用いて統合失調症患者の作業記憶低下の個人差を予測するだけでなく、統合失調症、大うつ病、強迫症、自閉スペクトラム症の4つの精神疾患における集団レベルの作業記憶力を予測しうることを示しました。
  • この結果は、健常者における脳領域の繋がり方と作業記憶力の対応関係が、複数の精神疾患に共通して存在することを示しています。
脳の繋がり方と作業記憶力の関係は、疾患ごとに異なるという仮説(左)と、健常者やさまざまな疾患で共通性があるという仮説(右)。健常者で作成した予測モデルが、複数の疾患における作業記憶力を予測できることから、右の図の仮説が支持された。

概要

暗算をしたり、複雑な話を理解したりするときには、脳の中に一時的に情報を記憶し、操作することが必要になります。こうした記憶力は作業記憶と呼ばれています。作業記憶は健常な加齢によっても低下していきますが、同じようなことは複数の精神疾患(統合失調症など)においても生じることが知られています。外部から観察される現象としては「記憶力が下がった」という一言で片付けられてしまいますが、この現象を生み出していると考えられる脳領域間の繋がり方を探るとなると、脳領域間の繋がり方と作業記憶力の対応関係において共通した関係があるのか、あるいは疾患ごとに個別の対応関係が存在しているのか、はっきりとしたことは分かっていません。精神疾患に関する従来の研究では、統合失調症、うつ病などの診断に基づいて、病因の解明や治療方法が検討されてきました。そうした研究の経緯では、診断分類ごとに異なる対応関係が存在すると考えるのが自然と思われます。しかし、近年になり、複数の疾患に共通する生物学的・神経科学的な要因があることが解ってきました。本研究では、作業記憶力の低下に焦点を絞り、複数の疾患に共通した脳領域の繋がり方と作業記憶力の対応関係があるのかどうかを検証しました。

株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報通信総合研究所では、健常者が安静にしている時の脳活動から脳領域間の繋がり方を調べ、脳領域間の繋がり方から個人の作業記憶力を予測する機械学習アルゴリズムを過去に作成しました(注①)。今回の研究では、京都大学などの研究グループと共同で、このアルゴリズムを用いて、さまざまな疾患の患者さんが安静にしているときの脳活動から、作業記憶力を予測しました。その結果、統合失調症患者の作業記憶力低下の個人差、そして4つの精神疾患間の作業記憶力低下の集団差を予測することができました。この結果は、健常者における脳領域間の繋がり方と作業記憶力の対応関係は、複数の精神疾患患者における対応関係にも共通しているということを示しています。

背景

ヒトの脳は巨大な情報ネットワークと見なすことができます。このネットワークは、遺伝で大まかな構造が決まり、さまざまな経験をすることで、その人に固有なネットワークが形作られます。最近では、機能的磁気共鳴画像法を用いて、わずか5~10分の脳活動を計測するだけで、その人の脳内の領域同士がどのように繋がっているかをある程度解読できるようになりました。これは、個人に特有な脳の配線図とも言えます。この脳の配線図から、年齢・個性・認知能力などを予測することも可能になってきました。

加齢や精神疾患などで生じる脳の障害も、この脳のネットワークの障害として理解されるようになりました。加齢や精神疾患による認知機能の低下の一部は、比較的少数の特定の配線の繋がりが正に偏りすぎたり負に偏りすぎたりし、情報の流れの異常によって生じると考えられています。

研究グループは、この脳の配線図を基に、作業記憶力を予測する機械学習アルゴリズムの開発に成功していました(注①)。しかし、精神疾患患者においても健常者と全く同じアルゴリズムで作業記憶力を予測することができるかは分かっていませんでした。

研究内容

研究グループが行った過去の研究では、健常被験者(17名、女性6人、19~24歳)が安静にしているときの脳活動を5分間撮り、脳の各領域の間の時間変動の相関を計算することで機能的な繋がり(結合性)を推定しました(図1)。これとは別に、文字の羅列を覚え、3つ前に表示された文字と同じかどうかを判定する作業記憶トレーニングを1時間ほど行なってもらい、その学習曲線から成績上限を推定しました(図1)。こうして得られた被験者個人の脳の繋がり方のパターンと作業記憶トレーニングの訓練成績を使って、被験者個人の脳領域の繋がり方のパターンから作業記憶能力を定量的に予測するアルゴリズムを開発しました。予測には16種類の結合が関係していました(図2)。

今回の研究ではこのアルゴリズムを使い、さまざまな精神疾患の患者さんの作業記憶力を予測できるかを調べました。健常者と複数の疾患の患者さんで、脳領域間の繋がり方と作業記憶力の対応関係が共通しているならば、共通のアルゴリズムで作業記憶力を予測できると考えられます。京都大学では、統合失調症患者(58名、平均37.9歳、女性28名)に実験に参加していただきました。個人の作業記憶力を調べるために、数列(例えば、9、7、3、6)を聞いて、小さい順番に並べ替えて(正解は3、6、7、9)口頭で答えるテストを受けてもらいました。そして、安静状態の脳活動から脳領域間の繋がり方を推定して予測アルゴリズムに適用すると、予測された作業記憶力が高い被験者ほど、実際に測定された数字並べ替えテストの成績も高いことが分かりました(図3)。

さらに、この予測アルゴリズムを、京都大学、広島大学、京都府立医科大学、昭和大学、東京大学でそれぞれ収集された4つの精神疾患患者(統合失調症[58名、平均37.9歳]、大うつ病[77名、平均41.6歳]、強迫症[46名、平均32.8歳]、自閉スペクトラム症[69名、平均31.3歳])と、その年齢と性別を統制した健常者(各々[60名、平均35.2歳]、[63名、平均39.3歳]、[47名、平均30.3歳]、[71名、平均33.5歳])に適用して、疾患ごとの作業記憶の低下幅を予測しました。その結果、統合失調症、大うつ病、強迫症の順で低下幅が大きく、自閉スペクトラム症では健常(定型発達)者と同等であることを予測しました(図4A)。作業記憶を簡便に評価するテストとしてよく用いられるテストに数唱があり、これは数列(例えば、9、7、3、6)を聞いて、順番通り(正解は9、7、3、6)あるいは逆順(6、3、7、9)で繰り返すことができた回数をスコアとします。過去の多数の数唱の研究結果を総合的に分析したメタ分析の結果と比較すると、統合失調症、大うつ病、強迫症に関して、モデルが予測した低下幅は過去の文献と一致することが分かりました(図4B)。

以上の結果は、健常者における脳領域間の繋がりのパターンと作業記憶力の対応関係は、さまざまな精神疾患における対応関係と共通していることを示唆し、作業記憶低下の背景には、複数の疾患に共通した脳領域間の繋がり方があることを示しています。

今後の展望

本研究で開発した手法は、作業記憶力の低下など、疾患横断的な症状の背景に、どのような脳領域間の繋がり方のパターンがあるかを調べる方法として有効と考えられます。このような研究が進むことで、患者さんにとって深刻な症状を改善する治療方法に繋がると期待されます。今後は脳の繋がり方のパターンを変容させる機能的結合ニューロフィードバック訓練法(注②)などを利用して、作業記憶力が改善し得るかどうかを検証していきます。このような訓練方法を、脳波や光トポグラフィーなどの軽量装置に実装することができれば、より沢山の人々に利用していただくことができると考えています。以上のような医療・社会応用は、神経倫理の専門家とともに社会的な影響を検討しながら、医師とともに慎重に進めて行きたいと考えます。また、進捗状況を逐次公開し、社会の理解と評価のもとに進めます。

(注①)

(注②)

論文情報

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