有効性・安全性の高い次世代ワクチンの開発に光
2021-09-22 医薬基盤・健康・栄養研究所
新型コロナウイルス感染症の発生により、感染症対策としてのワクチンの重要性が改めて認識されている中、今後の新興・再興感染症の対策において、安全性と有効性を兼ね備えたワクチン開発を進めることが急務となっています。そのためには、ワクチンの効果を最適化できる優れたアジュバント*の開発が必要です。
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチン・アジュバント研究センターの國澤純センター長(ワクチンマテリアルプロジェクトリーダー併任)らの研究グループは、大阪大学の深瀬浩一教授、東京大学の清野宏特任教授の研究グループとの共同研究で、ヒトやマウスの腸管関連リンパ組織*の内部に共生し、過剰な炎症を誘導することなく適度な免疫活性化を行うアルカリゲネス菌(Alcaligenes faecalis)に着目した研究から、菌体成分であるリピドAの化学合成法を確立し、アジュバントとして用いた際の免疫系に対する作用を調べました。その結果、注射型ワクチンとしてだけでなく粘膜免疫の誘導が可能な経鼻型ワクチン*においても、炎症などの副反応をほとんど起こさずにワクチン抗原に対する免疫応答を高めることができるアジュバントとしての優れた効果が示されました。
この度、アルカリゲネス菌リピドAの合成技術が、株式会社ペプチド研究所(※)へ導出され、研究用試薬として販売されることになりました。これにより、アルカリゲネス菌リピドAのアジュバントとしての実用化が促進されると共に、研究用試薬としてワクチンやアジュバントに関する学術研究に貢献することで、感染症対策など国民の健康増進につながることが期待されます。
化学合成したアルカリゲネス菌リピドAの性質と利点
- マウス樹状細胞とヒト末梢血単核細胞を活性化できる
- 注射型と経鼻型の二つのタイプのワクチンに使用可能である
- IgG抗体や分泌型IgA抗体だけではなく、Th17細胞も誘導できる
- 炎症などの副反応が少なく、安全性に優れている
- 単一化合物の化学合成品であるため、天然由来の不純物を含まない
※株式会社ペプチド研究所「アジュバント/ワクチン研究に期待されるリピドA」
https://www.peptide.co.jp/new-product/4369.html
【用語説明】
*アジュバント:
ワクチン抗原に対する免疫応答を増強する作用のある物質のことをアジュバントと総称する。現行の不活化ワクチンでは、アルミニウム塩や弱毒化したサルモネラ菌由来のリピドA、核酸誘導体がアジュバントして使用されている。
*腸管関連リンパ組織:
ヒトやマウスの腸管に点在するリンパ組織であり、樹状細胞やT細胞、B細胞などの免疫細胞が集積し、病原体やワクチンに対する免疫を誘導する場として機能している。
*経鼻型ワクチン:
注射型ワクチンは、血中IgG抗体などの全身性の免疫応答を活性化することで、生体内へ侵入した病原体を排除するための免疫を誘導する。一方で、飲む・吸うといった粘膜ワクチンは、注射型ワクチンと同様に、血中IgG抗体を誘導できるだけではなく、粘膜面に分泌されるIgA抗体を誘導できる。IgA抗体は生体の外である粘膜面において、病原体を中和・不活化することで、生体内への侵入(感染)を防ぐことができる。
【参考文献】
1.リピドAの構造決定や合成に関する研究発表
Shimoyama A, Di Lorenzo F, Yamaura H, Mizote K, Palmigiano A, Pither MD, Speciale I, Uto T, Masui S, Sturiale L, Garozzo D, Hosomi K, Shibata N, Kabayama K, Fujimoto Y, Silipo A, Kunisawa J, Kiyono H, Molinaro A, Fukase K.『Lipopolysaccharide from Gut-Associated Lymphoid-Tissue-Resident Alcaligenes faecalis: Complete Structure Determination and Chemical Synthesis of Its Lipid A』 Angew Chem Int Ed Engl. 60(18):10023-10031, 2021
2.リピドAの注射型アジュバント効果に関する研究発表
Wang Y, Hosomi K, Shimoyama A, Yoshii K, Yamaura H, Nagatake T, Nishino T, Kiyono H, Fukase K, Kunisawa J.『Adjuvant Activity of Synthetic Lipid A of Alcaligenes, a Gut-Associated Lymphoid Tissue-Resident Commensal Bacterium, to Augment Antigen-Specific IgG and Th17 Responses in Systemic Vaccine』Vaccines (Basel). 8(3):395, 2020
3.リピドAの経鼻型アジュバント効果に関する研究発表
Yoshii K, Hosomi K, Shimoyama A, Wang Y, Yamaura H, Nagatake T, Suzuki H, Lan H, Kiyono H, Fukase K, Kunisawa J.『Chemically Synthesized Alcaligenes Lipid A Shows a Potent and Safe Nasal Vaccine Adjuvant Activity for the Induction of Streptococcus pneumoniae-Specific IgA and Th17 Mediated Protective Immunity』Microorganisms. 8(8):1102, 2020
【本件に関するお問い合わせ先】
<研究に関すること>
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 (NIBIOHN)
ワクチン・アジュバント研究センター (CVAR) センター長
(ワクチンマテリアルプロジェクト プロジェクトリーダー兼任)
國澤 純
<報道に関すること>
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 戦略企画部