治療抵抗性統合失調症の診断により 治療抵抗性統合失調症薬クロザピンの処方率が向上

ad
ad

精神科医への教育がよりよい医療の実践に大きく前進

2021-11-26 国立精神・神経医療研究センター,獨協医科大学

【本発表のポイント】

  • 通常の薬剤の効果が認められない治療抵抗性統合失調症には、クロザピンが唯一の効果がある薬剤として各国のガイドラインで推奨されている。しかし、本邦ではクロザピンの処方率が諸外国と比較して著しく低い。
  • 本邦では、医療施設によって治療抵抗性統合失調症の診断の検討についての退院サマリーへの記載率およびクロザピン処方率にばらつきがあり、記載率の高い施設ではクロザピンの処方率が高いことが明らかになった。
  • 治療抵抗性統合失調症の適切な治療のためには、治療抵抗性統合失調症を早期に診断し、患者やその家族にクロザピン治療を説明することが重要であり、その方法について臨床家がトレーニングを受ける必要がある。

キーワード:治療抵抗性統合失調症、クロザピン、診断率、教育、治療ガイドライン

概要

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所精神疾患病態研究部の橋本亮太部長、獨協医科大学医学部精神神経科学の古郡規雄准教授らの研究グループは、精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究(EGUIDEプロジェクト)によるオールジャパンでの多施設共同研究体制のもと、218名の精神科医が受講したクロザピン治療を行う体制がある49病院1852名の患者の退院時処方調査を行い、病院毎の治療抵抗性統合失調症の診断の検討についての退院サマリーへの記載率(治療抵抗性統合失調症診断検討記載率)とクロザピンの処方率とその相関について検討しました。治療抵抗性統合失調症診断検討記載率は全体では36.5%でしたが、その病院ごとの分布は0~100%にばらついていました。約4割の病院が0%、約3割の病院が100%であり、残りの病院は一部の患者に対して治療抵抗性統合失調症の診断検討の記載を行っていました。また、クロザピンの処方率については全体では6.2%でしたが、病院ごとのばらつきが大きく、0~43%となっていました。クロザピン処方率と治療抵抗性統合失調症診断検討記載率の両者には強い正の相関が認められ(rs=0.53)、治療抵抗性統合失調症診断検討記載率が100%の病院では0%の病院と比較して、クロザピン処方率が有意に高い結果を得ました(右図)。治療抵抗性統合失調症診断をしていないということは、患者が治療抵抗性統合失調症であるかどうかについて、十分な検討がなされていない可能性があります。クロザピン治療の前段階の問題として、本邦では治療抵抗性統合失調症の診断検討率にばらつきがあり、治療抵抗性統合失調症と診断していない施設が多いため、治療抵抗性統合失調症の診断・管理に関する治療ガイドラインがあるにもかかわらず、クロザピンの処方率が低くなっていると考えられました。これらの結果から、治療抵抗性統合失調症診断率を高めることが、クロザピン処方率を高めることに寄与する可能性が示唆されました。
本研究成果は、日本時間2021年12月3日午後1時に「Neuropsychopharmacology Reports」オンライン版に掲載されました。

治療抵抗性統合失調症の診断により 治療抵抗性統合失調症薬クロザピンの処方率が向上

 

研究の背景

統合失調症患者は本邦に約80万人程度であり、治療抵抗性統合失調症はそのうち約30%の患者に認められるといわれています。治療抵抗性統合失調症は、4週間以上にわたり、2種類以上の十分な用量の抗精神病薬を服用しても十分に改善しない統合失調症と定義されています。現在、治療抵抗性統合失調症に唯一適応があるのがクロザピンであり、統合失調症薬物治療ガイドラインにおいてもクロザピン治療は強く推奨されています。そこで、厚生労働省は治療抵抗性統合失調症患者の25%にクロザピン治療を行うようにするという目標を立てています。しかし、本邦におけるクロザピンの処方件数は2020年に10,110件の処方と非常に低く、諸外国の1/10未満と極めて低い処方率となっています。その理由の一つとして、クロザピンには約1%の患者に無顆粒球症という重篤な副作用があるために安全に処方するための規制が、諸外国と比較して非常に厳しいということがあげられていました。そこで、令和3年6月3日に添付文書が改訂され諸外国並みの規制になりましたが、クロザピンの処方率の低さに関連する要因については明らかでなく、クロザピン治療の普及のためには、この要因を明らかにすることが求められていました。しかし、クロザピンの普及を進めるために必要なクロザピンの処方率と治療抵抗性統合失調症の診断率のばらつきの実態や、その関連についての検討は今まで報告がありませんでした。

本研究が社会に与える影響(本研究の意義と展望)

日本では、医療施設によって治療抵抗性統合失調症の診断率にばらつきがあり、診断率の高い施設ではクロザピンの処方率が高いことが明らかとなりました。治療抵抗性統合失調症の適切な治療のためには、治療抵抗性統合失調症であるかどうかを適切に診断し、患者やその家族に治療抵抗性統合失調症であることを説明すると同時に、クロザピン治療を説明することが重要です。患者と治療者が治療に関する情報を双方に共有し話し合い、患者の好みや価値観に沿った最適な選択を共に行うSDM(Shared Decision Making: 共同意思決定)のために、治療抵抗性統合失調症であるかどうかを適切に診断することが求められます。今後は、その診断と説明方法について臨床家が適切なトレーニングを受けることで、クロザピンの普及が進み、治療抵抗性統合失調症で苦しむ患者や家族が減少していくものと考えられます。

用語解説

※ 統合失調症:
約100人に1人が発症する精神障害。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどる。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者が多いだけでなく、日本の長期入院患者の約70%が統合失調症。
※ 治療抵抗性統合失調症:
複数の抗精神病薬を十分な量、十分な期間用いても症状が消退しない、あるいは副作用のために服薬継続が難しく、十分に改善しない統合失調症が治療抵抗性統合失調症である。現在、治療抵抗性統合失調症に唯一適応があるのがクロザピンである。治療抵抗性統合失調症には反応性不良と耐容性不良があります。反応性不良は、十分な期間(4週間以上)にわたり、2種類以上の適切な用量の抗精神病薬(クロルプロマジン600mgまたはその同等物/日以上、1種類以上の非定型抗精神病薬を含む)の治療を行っても十分に改善しない(Global functioning Scale: GAFが41以上にならない)統合失調症患者であり、耐容性不良は、「非定型抗精神病薬2種類以上の単剤治療」にて「遅発性錐体外路症状又はコントロール不良の急性錐体外路症状」により「十分に増量できず十分な治療効果が得られなかった」統合失調症患者のことを指します。
※ クロザピン:
クロザピンは、治療抵抗性統合失調症に対して唯一効果がある薬剤である。しかし、白血球減少や心筋炎、高血糖といった重篤な副作用が出現するおそれがあるため、定期的な血液検査が義務づけられている。また、初回投与開始から18週間は、入院管理下での治療が必要。
※ 治療ガイドライン:
患者と医療者を支援する目的で、臨床現場における意思決定の際の判断材料の一つとするために、 科学的根拠(エビデンス)に基づき、系統的な手法により作成された推奨を含む文書。

特記事項

本研究は、精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究(EGUIDEプロジェクト:Effectiveness of GUIdeline for Dissemination and Education in psychiatric treatment:右図)に参加する多数の研究機関による多施設共同研究です。EGUIDEプロジェクトは44大学と240以上の医療機関から構成されており、統合失調症薬物治療ガイドラインとうつ病治療ガイドラインの講習を全国の精神科医に対して行い(年間:計20回程度、受講者延べ約3000名)、ガイドラインの効果を検証する研究を行っています。今までに、統合失調症とうつ病のそれぞれの対する標準的な治療である抗精神病薬単剤治療率と抗うつ薬単剤治療率が0~100%と病院によって大きくばらついており、均てん化が必要であることを明らかにしてきました。また、統合失調症とうつ病の治療ガイドラインのそれぞれ1日の講習を受講することにより精神科医のガイドラインに対する理解度が顕著に向上することから、このプロジェクトが治療抵抗性統合失調症のクロザピン治療を含めた精神科の標準的な治療の普及に寄与することが期待されています。

研究支援

本研究成果は、以下の支援によって行われました。
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 障害者対策総合研究開発事業「精神医療分野における治療の質を評価するQIとその向上をもたらす介入技法の開発と実用性の検証」(研究代表者:橋本亮太、JP19dk0307083)

原論文情報

※論文名:Association between examination rate of treatment-resistant schizophrenia and clozapine prescription rate in a nationwide dissemination and implementation study.
※著者:Yasui-Furukori N, Muraoka H, Hasegawa N, Ochi S, Numata S, Hori H, Hishimoto A, Onitsuka T, Ohi K, Hashimoto N, Nagasawa T, Takaesu Y, Inagaki T, Tagata H, Tsuboi T, Kubota C, Furihata R, Iga J, Iida H, Miura K, Matsumoto J, Yamada H, Watanabe K, Inada K, Shimoda K, Hashimoto R.
※掲載誌:Neuropsychopharmacology Reports
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/npr2.12218  DOI: 10.1002/npr2.12218

本件に関する問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 精神疾患病態研究部 部長 橋本亮太(はしもと りょうた)

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係
獨協医科大学 企画広報部 企画広報課

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました