2022-05-19 物質・材料研究機構 (NIMS)
NIMSは、温めて塗るだけで手術後の傷を治す医療用接着剤 (ホットメルト組織接着剤) を開発しました。
概要
- 国立研究開発法人物質・材料研究機構 (NIMS) は、温めて塗るだけで手術後の傷を治す医療用接着剤 (ホットメルト組織接着剤) を開発しました。この新しい接着剤は取り扱いが容易であり、組織接着性、生体適合性、さらに手術後合併症の予防効果も高いなど、医療材料として優れた特徴を併せ持っています。
- 手術後の合併症 (癒着や出血、炎症、感染など) は、臨床上大きな課題です。たとえば、術後癒着は手術創部と周辺の臓器が組織修復の過程で一体化する合併症であり、腸閉塞や不妊症、骨盤痛を引き起こし、術後の生活の質の低下や在院延長、再手術の原因となります。しかしながら、これまでの術後癒着を予防する医療材料では、組織接着性が低いこと、内視鏡下での操作性が低いこと、溶液の調製工程が必要であること、混合液ムラが生じることなどの課題がありました。そのため、術後の合併症リスクを軽減し、組織接着性・生体適合性・操作性に優れた医療材料の開発が強く求められています。
- 今回、研究チームは、ゼラチンのゾル-ゲル転移温度が制御可能な1液型ホットメルト組織接着剤を開発しました。一般的に使用されてきたブタ皮ゼラチン (従来法) は体温では液体であるため (ゾル-ゲル転移温度が32℃付近) 、接着剤として使用できませんでした。本研究では、ブタ腱由来ゼラチンに任意の数のウレイドピリミジノン (UPy) 基を導入し、分子間水素結合の数の増減によりその強さを人工的に調整可能な新規バイオポリマー (UPyゼラチン) を合成しました。それにより、ゼラチンのゾルーゲル転移温度を自在に制御することができ、加温によってゾル化するが、体温ではゲル化する「ホットメルト」特性を導入した組織接着剤が設計できました。開発した組織接着剤は、生体環境で安定なゲルを形成し、生体組織に強固に接着します。また、体内で分解・吸収されるため、組織の修復後に再手術をする必要はありません。さらに、ラット盲腸—腹壁癒着モデルを用いた動物実験では、本接着剤によって癒着が防止されることが明らかになり、術後癒着の防止へ応用できることが実証されました。
- 今後、開発した組織接着剤の医療材料への応用を目指し、前臨床試験や生物学的安全性試験を行うことで、実用化に向けた研究開発を進めていきます。
- 本研究は、NIMS機能性材料研究拠点 ポリマー・バイオ分野 西口昭広主任研究員・田口哲志グループリーダーらの研究グループによって行われました。また本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 (22H03962) 、上原記念生命科学財団 研究奨励金の支援を受けて実施されています。
- 本研究成果は学術誌Acta Biomaterialiaオンライン電子版にて2022年4月30日に公開されました。
プレスリリース中の図 : 1液型ホットメルト組織接着剤の材料設計とイメージ
掲載論文
題目 : Hotmelt tissue adhesive with supramolecularly-controlled sol-gel transition for preventing postoperative abdominal adhesion
著者 : Akihiro Nishiguchi (物質・材料研究機構) , Hiroaki Ichimaru (物質・材料研究機構、筑波大学) , Shima Ito (物質・材料研究機構、筑波大学) , Kazuhiro Nagasaka (物質・材料研究機構、東京理科大学) , Tetsushi Taguchi (物質・材料研究機構、筑波大学)
雑誌 : Acta Biomaterialia
掲載日時 : 米国東部時間 2022年4月30日 オンライン公開
DOI : 10.1016/j.actbio.2022.04.037