巨大Y染色体発見から99年目の快挙~ヒロハノマンテマの性決定遺伝子の同定に成功~

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2022-09-28 東京大学,福井県立大学,理化学研究所

発表のポイント

◆1923年に発見されて以来99年、ヒトY染色体の約10倍のヒロハノマンテマの巨大Y染色体から、めしべの発達を抑制する遺伝子(GSFY)の正体を解明しました。

GSFYの遺伝子産物は小さなペプチドであり、植物に塗布するとめしべを小さくできます。

◆Y染色体とX染色体が協力して性決定するという新説を提唱しました。

発表概要

福井県立大学生物資源学部の風間裕介教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の河野重行特任研究員(同大学名誉教授)、理化学研究所仁科加速器科学研究センターイオン育種研究開発室の阿部知子室長らは、京都大学、オックスフォード大学と共同で、雌雄異株植物のヒロハノマンテマのY染色体にあるめしべの形成を抑制する性決定遺伝子(GSFY)を特定しました。

ヒトをはじめとする哺乳類はXY型の性決定を行います。Y染色体上のオスを決める遺伝子SRYがあればオスになるという仕組みです。植物では、おしべとめしべとが一つの花にある両性花が一般的です。しかし、例えばイチョウなどのようにオス株とメス株がある雌雄異株植物も存在します。これらは両性花からXYの性染色体をもつ雌雄異株植物に進化したと考えられています。この性別決定におけるXとY染色体の役割は、植物性決定研究の重要なテーマであり、性決定遺伝子の同定は世界中で長年試みられてきました。

今回、風間教授らは、ヒトY染色体の約10倍の大きさをもつ、雌雄異株植物ヒロハノマンテマのY染色体(図1)からめしべの発達を抑制する性決定遺伝子GSFYを同定しました。GSFYはわずか12アミノ酸からなる小さなペプチド(注1)として働く遺伝子であり、このペプチドを植物に塗布するとめしべの発達が阻害されました。X染色体には、GSFYと反対で、めしべの発達を促進する機能をもつと考えられるSlWUS1遺伝子を発見しました。これは、植物の性染色体はY染色体とX染色体とが協力してオスを決定するように進化したことを示す、進化学上極めて重要な発見です。

巨大Y染色体発見から99年目の快挙~ヒロハノマンテマの性決定遺伝子の同定に成功~

図1 ヒロハノマンテマの花(左)と性染色体(右)

本研究成果は、進化学分野のトップジャーナルである英国の国際雑誌「Molecular Biology and Evolution」のオンライン版に9月27日付けで掲載されました。

発表内容

背景

花を咲かせる植物の70%は、おしべとめしべとを1つの花にもつ両性花を咲かせます。しかし、イチョウなどのように、雄花と雌花を別々の個体につける雌雄異株植物も存在します。雌雄異株植物は、両性花がXYの性染色体を獲得することで進化したものであるというのが、ダーウィンの頃からの定説です。理論上、両性花のおしべを抑制すればメス、めしべを抑制すればオスになりますが、この性別決定におけるXとY染色体の役割は、植物性決定研究の重要なテーマであり、性決定遺伝子の同定は世界中で長年試みられてきました。ナデシコ科のヒロハノマンテマはXY型の性染色体をもつ植物の代表例で(図1)、ヒロハノマンテマの巨大Y染色体は1923年に植物で初めて発見された染色体です。しかし、そのY染色体は、ヒトY染色体の約10倍と巨大で、かつ同じ配列が何度も反復するため、ゲノム解読が進まず、発見から99年を経ても性決定遺伝子の同定は非常に困難を極めていました。

研究手法と成果

研究グループは、ヒロハノマンテマに重イオンビーム(注2)を照射することでY染色体に突然変異を誘発し、おしべとめしべとを両方もつ両性花変異体11系統を作出しました。この11系統について全ゲノムシーケンス(注3)とRNA-seq(注4)を行い、オスにのみ存在し、メスにも両性花にも無い遺伝子を抽出した結果、Y染色体上に存在するめしべの発達を抑制する遺伝子(GSFY)を発見しました(図2)。

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図2.GSFY同定までの実験の流れと遺伝子発現の調査

GSFY遺伝子がコードするタンパク質は、モデル植物シロイヌナズナのCLV3遺伝子と高い相同性(注5)がありました。CLV3は12アミノ酸からなる小さいペプチドであり、分裂組織を小さくする役割を持ちます。実際にGSFYペプチドをヒロハノマンテマのメスの花芽に塗布したところ、分裂組織が小さくなり、めしべの発達が抑制されました。

GSFYに非常によく似た配列をもつ遺伝子(GSFX)はX染色体上にも存在していしましたが、GSFXにはペプチドの中の重要なアミノ酸に変異が入っており、その機能を失っていました。この事実から、もともとXY染色体に共通していた類似遺伝子GSFYGSFXのうち、X染色体のGSFXが進化の過程で機能不全になり、Y染色体に特有となったGSFYがオス決定遺伝子として機能するようになった可能性が考えられます(図3)。

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図3.性染色体の進化の模式図
めしべの発達を抑制するGSFYがY染色体に、促進するSlWUS1がX染色体に座乗している。


さらに興味深いことに、GSFYとは逆に、めしべの発達の促進(=メス化)にはたらくと考えられる遺伝子(SlWUS1)はX染色体にのみ見出されました(図3、注6)。これは、従来は性決定に関与しないとされていたX染色体が、積極的に性決定に関与することを示唆する初めての例です(図4)。ヒロハノマンテマの性染色体は、約1100万年前に1対の常染色体から誕生したと考えられます。Y染色体ではSlWUS1が消失し、X染色体ではGSFXが機能欠損することで、Y染色体とX染色体とが協力して性を決定するようになり、現在の性決定システムが出来上がったと考えられます。

本研究は、東京大学の河野特任研究員がヒロハノマンテマ研究の基礎を築き、福井県立大学の風間教授らの研究グループが主体となって、理化学研究所 仁科加速器科学研究センターの阿部室長と共同で実施されました。

社会的意義・今後の予定

Y染色体は進化の過程で消失していき、ヒトの場合では約1000万年後には消失するという説もあります。植物の場合も同様で、例えば、タデ科のスイバではY染色体は存在するもののその機能は失われており、性はX染色体と常染色体の比で決定されます。本研究では、X染色体が性決定の役割を担うに至った手がかりを発見しました。今後は、「X染色体は本当に性決定能力を有するのか」「Yが消滅した場合でも、X染色体だけでも性決定を行いうるのか」を実験的に証明したいと考えています。

また、GSFYの小さいペプチドを用いることで、両性花のめしべを矮小化させて不稔にし、人為的にオス花化させることが可能です。本手法を最適化することでハイブリッド育種における花粉親の花粉の生産性を高めるなど、ハイブリッド種子生産の向上への応用も期待できます。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(B)「性染色体サイクル:性染色体の入れ替わりを基軸として解明する性の消滅回避機構」(22H05069)「起源の新しい植物性染色体に性の消滅回避の兆候を見出す」(22H05071)、挑戦的萌芽研究(萌芽)「植物ゲノムは遺伝子のコピー数の減少に強いのか」(20K21449)、基盤研究(B)「染色体微細加工で逆位・転座が植物ゲノムに与える影響を見る」(20H03297)、および国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「植物性染色体の誕生と性決定システムの進化を解明する日英共同研究」(21KK0128)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名:Molecular Biology and Evolution
タイトル:A CLAVATA3-like gene acts as a gynoecium suppression function in White Campion
著者:Yusuke Kazama*, Moe Kitoh, Taiki Kobayashi, Kotaro Ishii, Marc Krasovec, Yasuo Yasui, Tomoko Abe, Shigeyuki Kawano, and Dmitry A. Filatov*
DOI番号:10.1093/molbev/msac195

発表者

風間 裕介(福井県立大学 生物資源学部 教授)
安井 康夫(京都大学 大学院農学研究科 応用生物科学専攻 助教)
阿部 知子(理化学研究所 仁科加速器科学研究センター イオン育種研究開発室 室長)
河野 重行(東京大学大学院新領域創成科学研究科 特任研究員/東京大学名誉教授)
ディミトリー・A・フィラトフ / Dmitry A. Filatov(オックスフォード大学 植物科学部 教授)

用語解説

(注1)ペプチド
アミノ酸が2個またはそれ以上で、互いに一方のカルボキシル基と他方のアミノ基との間で脱水してアミド結合、すなわちペプチド結合(-CO-NH-)を形成してできる化合物の総称。

(注2)重イオンビーム
原子から電子をはぎ取って作られたイオンのなかで、ヘリウムイオンより重いイオンを重イオンと呼ぶ。一方向に加速した重イオンの粒子束を重イオンビームと呼ぶ。

(注3)全ゲノムシーケンス
とある生物がもつすべてのDNAのセット(ゲノム)を解読すること。コンピューターを使って個体ごとや生物種ごとのDNAの違いを同定することができる。

(注4)RNA-seq
RNAを対象としたシーケンス解析。mRNAの種類と量を網羅的に解析することを目的としたものを指す。コンピューターを使って個体ごとや生物種ごと、組織ごとや置かれている環境ごとに、働いている遺伝子の違いを同定することができる。

(注5)相同性
タンパク質のアミノ酸配列や遺伝子の塩基配列が類似していること。遺伝子Aと遺伝子Bの間の相同性が高い場合、AとBが共通の祖先遺伝子から由来しており、遺伝子Aと遺伝子Bは互いによく似た機能をもつ可能性が高いことを意味する。

(注6)Kazama et al. (2012) SlWUS1: an X-linked gene having no homologous Y-linked copy in Silene latifolia. G3, 2, 1269-1278.

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

細胞遺伝子工学
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