2022-11-09 東京大学
Flore S. Castellan(生物科学専攻 博士課程(研究当時))
入江 直樹(生物科学専攻 准教授)
発表のポイント
- 出生後も子の体内に残り続ける母由来細胞が、新生仔の免疫系を制御していることが判明した。
- 母由来細胞が除去された場合、新生仔の体内で何が起こるかを初めて明らかにした。
- 母由来細胞が関係しているとされる子の炎症性疾患の治療や緩和に貢献する可能性がある。
発表概要
東京大学の入江直樹准教授とFlore Castellan(当時大学院生)は、母から子に移入し、出生後も仔マウスに残り続ける母由来細胞の役割を発見しました。
我々ヒトやマウスを含む胎盤を持つ哺乳類では、胎盤や授乳を介して母由来細胞が子に移入し、その後一生涯、さまざまな臓器に残り続けます。しかし、こうした母由来細胞の役割、特に出生後の子における役割は分かっていませんでした。今回、発表者らは出生後の仔マウスから母由来細胞を除去する実験を行ったところ、仔マウスの脾臓で免疫系が活性化した状態になることを発見しました。遺伝子のみならず、細胞レベルでも母から子にさまざまな情報が伝わることで、子の免疫学的な健康が維持されている可能性が明らかになりました。
本研究成果は、2022年11月9日(水)午前0時に国際科学誌「Biology Open」のオンライン版に掲載されました。
本研究は、科研費「挑戦的研究(萌芽)課題番号:21K19254」、「武田科学振興財団」の支援により実施されました。
発表内容
我々ヒトを含む胎盤を持つ動物(有胎盤類)では、妊娠中および授乳中に、少数の母親の細胞が子に移入し、出生後も一生涯、さまざまな臓器で生着し続けることが分かっています(微小な非自己細胞が含まれているという意味からマイクロキメリズムと呼ばれます)。妊娠中の主な母由来細胞の役割としては、免疫学的に互いに非自己である母と子の免疫系が互いに攻撃しあわないように働いていると考えられてきましたが、生後も子に母由来細胞が残り続ける理由や役割については分かっていませんでした。
なぜ母由来細胞が出生後も長い間赤ちゃんの中に残っているのか、研究者たちは長年にわたって頭を悩ませてきました。損傷した組織の再生などに貢献しているのだろうと考えられてきましたが、母由来細胞が存在しない場合に子にどういったことが起こるのかは不明なままでした。
そこで研究チームは、マウスの仔マウスに、ジフテリア毒素の受容体をコードする遺伝子を導入し、母由来細胞の大部分を選択的に除去しする実験系を構築しました。この実験系では、ジフテリア毒素を仔マウスに注射すると、ジフテリア毒素を持つ母体細胞のみを死滅させることができます。研究チームは、授乳によって移動した母由来細胞を枯渇させるために、2週間毎日毒素を注射し、2週間後、免疫細胞の主な貯蔵場所である脾臓において、免疫細胞の種類と割合を対照群と比較解析しました。
その結果、母由来細胞を除去した新生仔の脾臓では、T細胞やナチュラルキラー(NK)細胞などの白血球が活性化した状態になっていることを発見しました。つまり、母由来細胞は、新生仔マウスの免疫系の過剰な活性化を防いでいる可能性がみえてきました(図1)。出生後の仔マウスは、多様な抗原や潜在的なアレルゲンにさらされることを考えると、免疫系があまり活性化し過ぎないように制御されるのは理にかなっていると考えられます。
図1:出生後の新生仔においても母由来細胞は、胎仔免疫の制御という重要な役割を持つことが分かった(Servier Medical Artより改変)。
この結果は、入江研究室の最近の発見と一致します。研究室は、胎児に受け継がれる母由来細胞として、抗原提示細胞を含むさまざまな免疫関連細胞を明らかにしました(注1)。こうした細胞群は、さまざまな抗原や免疫学的情報を持っていることが知られ、免疫系を制御する細胞系列も含まれます。つまり、母由来細胞は、DNAによらない手段で、新生仔の免疫系の正常な発達を助けるための情報を受け渡していると考えられます。さらにこの研究では、遺伝的に非常に近いきょうだい同士であっても、母由来細胞の数や細胞種の割合にばらつきがあることを見出しています。こうした母由来細胞の頻度やレパートリーのばらつきは、一部の新生児で母由来細胞が先天性の炎症性疾患に関わっているという仮説を説明できるかもしれません。事実、胆道閉鎖症などの希少かつ非遺伝性の炎症性先天異常疾患をもつ患者では、母由来細胞の頻度が高いことが分かっています。
ただし、母由来細胞が除去された状態で、長期的に何が起こるのかについてはまだ研究が必要です。その他の臓器でどのような変化が起きているかも調べきれていません。さらに、新生仔に移入する母由来細胞の頻度や細胞種がどのように制御されているのかも分かっていません。こうした問題が解明されれば、母由来細胞が関与するとされる炎症性疾患の治療あるいは症状の緩和などに役立つ可能性もあります。
発表雑誌
- 雑誌名
Biology Open論文タイトル
Postnatal depletion of maternal cells biases T lymphocytes and natural killer cells’ profiles towards early activation in the spleen著者
Flore S. Castellan*, Naoki Irie*DOI番号
Handle Redirect
注1 関連論文
Fujimoto et al. Whole-embryonic identification of maternal microchimeric cell types in mouse using single-cell RNA sequencing. Scientific Reports, 10.1038/s41598-022-20781-9