2023-01-10 東京大学医科学研究所
発表のポイント
- RQT複合体の構成タンパク質であるCue3とRqt4が、異常な衝突リボソームに形成されるK63型のユビキチン鎖を識別することを発見しました。
- 1分子レベルの動態を可視化できる高速原子間力顕微鏡(高速AFM)を用いて、RQT複合体の動き、特に運動性の高い天然変性領域の可視化に成功しました。
- 本成果は、品質管理機構の破綻が原因とされる神経変性疾患などの発症機序の理解や新規治療戦略の開発に繋がることが期待されます。
発表概要
東京大学医科学研究所RNA制御学分野の松尾芳隆准教授、稲田利文教授らの研究グループは、名古屋大学理学研究科の内橋貴之教授(自然科学研究機構生命創成探究センター客員教授兼任)と共同でリボソーム注1の異常な交通渋滞を選別するしくみを解明しました。
リボソームは、mRNAの遺伝情報を読み取ってタンパク質を合成する「翻訳」を行なう装置であり、翻訳を停止したリボソームに後続のリボソームが衝突することによってリボソームの交通渋滞が起こります。細胞内でリボソームの交通渋滞が蓄積すると様々なストレス応答が誘導されます。一方で過剰なストレス応答を防ぐために、細胞はリボソームの交通渋滞を解消する品質管理機構を備えています。品質管理因子であるHel2はリボソームの衝突を識別し、異常翻訳の目印としてユビキチン注2を付加します。このユビキチン化が目印となり、RQT(Ribosome Quality control Trigger)複合体注3が衝突リボソームを強制的にサブユニット解離させることで交通渋滞を解消します。リボソームのユビキチン化は衝突リボソームの除去に必須ですが、それを識別する分子機構は十分に理解されていませんでした。
本研究グループは、生化学的手法を用いて衝突リボソームにK63型のユビキチン鎖が形成され、それをRQT複合体の構成タンパク質であるCue3とRqt4が識別することを発見しました。さらに、1分子レベルの動態を可視化できる高速AFM注4を用いて、RQT複合体の動き、特に運動性の高い天然変性領域の可視化に成功しました。
本成果は、品質管理機構の破綻が原因とされる神経変性疾患などの発症機序の理解や新規治療戦略の開発に繋がることが期待されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ“細胞の動的高次構造体”領域(課題番号:JPMJPR21EE、研究代表者:松尾芳隆)、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:21H00267、21H05710、22H02606、松尾芳隆; 21H01772、21H00393、内橋貴之;19H05281、21H05277、22H00401、稲田利文)、日本医療研究開発機構(AMED-CREST 課題番号:20gm1110010h0002、研究代表者:稲田利文)などの支援を受けて行われました。
本研究成果は2023年1月10日(火)午後7時(イギリス時間10日午前10時)、英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。
発表内容
<研究の背景>
細胞内のタンパク質は時として異常性を獲得しますが、細胞は産生された不良タンパク質を処理し、細胞内の恒常性を維持する機能を備えています。その一例が、異常な翻訳停滞を識別し、途中まで合成された新生ペプチド鎖を分解する品質管理機構RQC(Ribosome- associated Quality Control)注5です。先行研究では、RQCに関与する遺伝子の欠損が神経変性疾患などの原因になることが報告されています。
RQCのセンサータンパク質であるHel2は、異常翻訳の実体である衝突リボソームの衝突面に形成された特異な構造を認識し、翻訳異常の目印として衝突リボソームにユビキチンを付加します(図1)。ユビキチン化されたリボソームは、RQT(Ribosome Quality control Trigger)複合体に認識され、強制的なサブユニット解離が誘導されます(図1)。その後、途中まで合成された新生ペプチド鎖はユビキチン-プロテアソーム系注6によって分解されます(図1)。近年、衝突リボソームの蓄積がHel2とは異なるセンサータンパク質によって認識され、アポトーシス注7自己免疫応答注8などの様々な細胞応答を誘導・促進することが明らかになってきました。そのため、リボソームの交通渋滞を解消する品質管理機構は、不良タンパク質の産生を防ぐだけでなく、過剰なストレス応答を抑える役目を担うこともわかってきました。一方で品質管理機構の誘導起点となる停滞リボソームのユビキチン化を識別する分子機構には不明な点が多く残されていました。
<研究の内容>
本研究では、試験管内で翻訳停滞によるリボソームの交通渋滞を再現し、停滞リボソームに形成されるユビキチン鎖を調べた結果、Hel2によって衝突リボソームにK63型のユビキチン鎖が付加されることを見いだしました(図2)。さらに、生化学的手法を用いてRQT複合体の構成タンパク質である2種類のアクセサリータンパク質Cue3とRqt4がK63型のユビキチン鎖を特異的に識別することで、RQT複合体の活性中心であるRNAヘリカーゼSlh1が衝突リボソームへリクルートされることを明らかにしました(図2)。
これまで、衝突リボソームや品質管理因子の構造解析では主にクライオ電子顕微鏡注9用いられており、動的な領域の可視化は困難を極めていました。本研究では1分子レベルの動態を可視化できる高速AFMを用いて、RQT複合体の動き、特に“運動性の高い天然変性領域注10の可視化”に成功しました(図3)。
RQT複合体のアクセサリータンパク質であるRqt4は天然変性領域に富んだタンパク質であり、触手のように動くことで、ユビキチン鎖を捜索する様子が観察されました(図3:https://youtu.be/SCmbj6T41X8)。
<今後の展開>
品質管理機構RQCに関与する因子の欠損や機能不全が、神経変性疾患などの様々な疾患の原因になることが報告されています。本成果は、品質管理機構の破綻が原因とされる神経変性疾患などの発症機序の理解や新規治療戦略の開発に繋がることが期待されます。
発表雑誌
雑誌名:「Nature Communications」
論文タイトル: Decoding of the ubiquitin code for clearance of colliding ribosomes by the RQT complex
著者:Yoshitaka Matsuo*, Takayuki Uchihashi and Toshifumi Inada*
*共同責任著者
DOI:10.1038/s41467-022-35608-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-35608-4
問い合わせ先
東京大学 医科学研究所RNA制御学分野
准教授 松尾 芳隆(まつお よしたか)
東京大学 医科学研究所RNA制御学分野
教授 稲田 利文(いなだ としふみ)
名古屋大学大学院理学研究科/自然科学研究機構生命創成探究センター
教授 内橋 貴之(うちはし たかゆき)
<JSTの事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
<報道に関すること>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
東海国立大学機構 名古屋大学広報室
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室
科学技術振興機構 広報課
用語解説
注1 リボソーム:メッセンジャーRNA(mRNA)の持つ遺伝情報に従ってアミノ酸同士を結合させ、タンパク質を合成する装置。タンパク質とRNAから構成される巨大な複合体である。
注2 ユビキチン:ユビキチンは76アミノ酸からなる低分子タンパク質である。ユビキチンが他のタンパク質のリジン残基に共有結合で付加されると、タンパク質の活性を制御したりプロテアソームによって認識され分解されたりする。
注3 RQT複合体:RNAヘリカーゼと2種類のユビキチン結合タンパク質からなる複合体。衝突リボソームを除去する活性をもつ。
注4 高速AFM:探針と試料の間に働く原子間力を基に分子の形状をナノメートル(10-9 m)程度の高い空間分解能で可視化する走査型顕微鏡。
注5 品質管理機構RQC:RQC(Ribosome-associated Quality Control)は、異常な翻訳停滞を認識し、停滞したリボソームをmRNA上から除去すると共に不良タンパク質を分解へ導く機構である。
注6 ユビキチン-プロテアソーム系:異常なタンパク質にユビキチンを付加し、それを目印に分解する系。プロテアソームは複数のタンパク質が集合して出来る複合体でタンパク質をアミノ酸へ分解する装置である。
注7 アポトーシス:多細胞生物の細胞で増殖制御機構として管理・調節された、能動的な細胞死のことを指し、プログラム細胞死とも呼ばれる。
注8 自然免疫応答:病原体感染初期の感染防御を担う免疫機構。
注9 クライオ電子顕微鏡:試料を低温(液体窒素と同程度)のまま観察できる装置を備えた高性能な透過型電子顕微鏡。
注10 天然変性領域:整った3次元構造を持たないタンパク質領域。