大脳皮質の最も深い場所にある神経細胞が 経験に応じて変化することが明らかに

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2023-02-21 生理学研究所

一般的に大脳皮質の神経細胞は、生後発達期の経験に応じてその機能が調整され、育った環境に適応すると考えられています。しかし、大脳皮質の最も深い場所である6b層の神経細胞も経験によって機能が変化するかについては、皮質深部にあり計測が困難なことから、明らかではありませんでした。自然科学研究機構生理学研究所の米田泰輔特任助教と吉村由美子教授らは、マウス大脳皮質一次視覚野の6b層の神経細胞の計測に成功し、その機能的特徴が、生後の視覚経験によって変化することを発見しました。本研究成果は米国科学誌Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America誌にオンライン掲載されました(日本時間2023年2月21日午前5時解禁)。

我々は、生まれた直後から様々な経験を積み、周りの世界に適応します。その際、非常に重要なのが、神経細胞の変化です。特に、出生前後の大脳皮質では、神経細胞が劇的に変化しており、この時期の神経回路の形成には、サブプレートニューロンと呼ばれる神経細胞が重要な役割を果たします。サブプレートニューロンの多くは回路形成が終わる頃に細胞死によって消失しますが、その一部は大脳皮質の最も深い場所にある6b層に生き残ることが知られています。しかしながら、6b層は皮質の奥深くに存在しているため、計測が難しく、生き残ったサブプレートニューロンの機能については、これまでよくわかっていませんでした。
今回、研究グループは、実験に使用する薬剤や計測期間などを改善することで、これまで難しいとされてきた6b層からの2光子カルシウムイメージング計測に成功しました。さらに、組織透明化と抗体染色を用いたところ、カルシウムイメージング計測を行った6b層の神経細胞の7割以上がサブプレートニューロンマーカータンパクを発現することがわかりました(図1)。そこで、サブプレートニューロンの機能特性について調べた結果、サブプレートニューロンは他の一次視覚野神経細胞と同様に、方位選択性注1と空間周波数選択性注2といった機能的な特徴を持つことが明らかになりました。
次に研究グループは、6b層の神経細胞が経験によって変化するのかを調べました。ヒトを含む哺乳類の大脳皮質一次視覚野の神経細胞は、経験により機能的性質が変化することが知られています。たとえば、一次視覚野の個々の神経細胞は左右どちらか一方の眼から入った情報に強く反応しますが、生後間もなく片眼をふさいで視覚入力を遮断すると、ふさがれた眼からの入力に反応する細胞は減り、その後、開いている眼からの入力に反応する細胞が増加します。この変化は、眼優位可塑性と呼ばれます。研究グループは、この眼優位可塑性が6b層の神経細胞にも起こるのか、2光子イメージングを用いて調べました。生後26日齢のマウスにおいて片眼からの入力を遮断した結果、3日後には遮断した側の眼からの入力に反応する細胞が減っていることが分かりました(図2)。これらの結果は6b層には、経験依存的に変化し、眼優位可塑性が生じる神経細胞が存在することを示しています。
米田特任助教は、「今回、6b層での計測に成功したことで、6b層の神経細胞の特性は経験依存的に変化することが明らかになりました。生後脳に残存するサブプレートニューロンは生後の環境に応じて柔軟に神経回路を組み替えて、他の神経細胞と協調しながら、大脳皮質における情報処理を最適化しているのかもしれません」と話しています。
本研究は科研費・基盤研究C、武田科学振興財団、日本医療研究開発機構(AMED)の「革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、研究開発課題名:サブプレート神経活動のダイナミズムによる脳神経回路の発達機構」ならびに「脳とこころの研究推進プログラム、研究開発課題名:大脳皮質可塑性誘導の原則と神経基盤を検索する階層横断的研究」の助成を受けて行われました。

用語説明

注1)  方位選択性:一次視覚野の神経細胞の持つ機能的な特徴の一つで、特定の傾きを持つ視覚刺激に対しての神経細胞の視覚応答選択性。

注2)  空間周波数選択性:一次視覚野の神経細胞の持つ機能的な特徴の一つで、視覚刺激の細かさに対する視覚応答選択性。

今回の発見

1.大脳皮質の最深部にある大脳皮質6b層のサブプレートニューロンからの機能計測に成功。
2.6b層ニューロンが経験依存的な可塑性を示すことを発見。

図1 生後脳に残るサブプレートニューロンからの機能計測

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A.生きているマウスの一次視覚野6b層から2光子イメージングを行った後に、CUBI-HV法を用いて組織透明化と抗体染色を行いました。
B. 生きているマウスの2光子イメージング画像と、同じ部位での透明化した脳の顕微鏡画像。2光子イメージング時に観察した細胞と同じ細胞を透明化した脳でも同定できていることが分かります。
C. 多くの細胞がサブプレートニューロンマーカータンパクであるCTGFを発現していました。Foxp2は別の種類の神経細胞のマーカー。
D.透明化した脳の三次元顕微鏡画像。CTGFは6b層に選択的に発現していました。画像の上側が脳の表面方向。

図2 6b層の神経細胞は視覚経験に関連して機能が変化する

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生後26日齢と29日齢のマウスにおいて、同じ6b層の神経細胞から繰り返しイメージングを行いました。同じ細胞から2光子イメージングを繰り返し行うことで、それぞれの細胞で可塑性が生じたかを調べることができます。右眼を閉じたマウスのグループでは、生後26日齢では顕著な右眼応答が見られますが、右眼の遮蔽後の29日齢では、右眼応答が消失する細胞が観察されました。

この研究の社会的意義

生後の大脳皮質に残存するサブプレートニューロンの異常な増加やサブプレートニューロン由来と考えられる神経活動の異常が、精神疾患と関連することが示唆されています。今回明らかにした6b層の神経細胞の機能的な特徴は、このような病態の生理学的側面に迫るための第一歩と考えられます。

論文情報

Experience-dependent functional plasticity and visual response selectivity of surviving subplate neurons in mouse visual cortex.
Taisuke Yoneda, Kenji Hayashi, Yumiko Yoshimura
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America.   日本時間2023年2月21日午前5時解禁

お問い合わせ先

<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 視覚情報処理研究部門
教授 吉村由美子 (ヨシムラユミコ)
特任助教 米田泰輔 (ヨネダタイスケ)

<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

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