小笠原とハワイのアナドリは、海の上の見えない壁が越えられない~DNA分析が示した隠された固有性~

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2023-04-11 森林総合研究所

ポイント

  • 広域分布種のアナドリのDNA分析の結果、小笠原のアナドリは他国の集団とは85万年も前に分岐した固有性の高い集団だとわかった。
  • ハワイのアナドリは、隣接する小笠原よりもむしろ大西洋の集団と近縁だった。
  • ハワイと日本の間の海には、移動性が高い海鳥であっても移動を制限する未知の障壁があるのかもしれない。
  • いわゆる普通種でも固有の歴史が隠されていることがあるため、希少種や固有種に限らず生態系全体を保全する必要がある。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所とリスボン大学等の研究グループは、世界に広く分布しているアナドリ*1のDNA分析を行いました。その結果、小笠原諸島の低木林等で繁殖しているアナドリは、ハワイや大西洋に分布するアナドリとは約85万年前という古い時代に分岐した固有性の高い集団だとわかりました。そして、ハワイの集団は隣にある小笠原よりもアメリカ大陸の向こう側の大西洋の集団と近縁であることが示されました。小笠原とハワイの間には海鳥の移動を阻むような地理的な障壁がないにもかかわらず、両地域の間では遺伝的な交流がないことから、そこには海鳥の移動を阻害する未知の障壁があるのかもしれません。
世界自然遺産地域である小笠原諸島では、固有種や希少種が進化や保全の上で注目されてきました。しかし、今回の成果はアナドリのような広域に分布する普通種であっても、実は固有の歴史性を持つ可能性があることを示しました。この発見は、小笠原の自然が持つ世界自然遺産としての価値を高めるものです。アナドリのようないわゆる普通種も含めて生態系を保全することで、まだ発見されていない価値を維持していくことが可能となります。
本研究成果は、2023年2月にScientific Reports誌でオンライン公開されました。

背景

海鳥は海洋の広い範囲を利用する移動性の高い動物です。特にミズナギドリ科の海鳥は1日に数百kmを移動することも珍しくありません。ミズナギドリ科のアナドリ(図1)は、太平洋、大西洋、インド洋に広く分布する海鳥です。これまでこの鳥には、地域ごとに独自の特徴を持つ集団があるとは考えられていませんでした。
世界自然遺産に登録されている小笠原諸島には多くの海鳥が繁殖しています。そこには小笠原諸島だけで繁殖するオガサワラヒメミズナギドリやオガサワラミズナギドリ(セグロミズナギドリ)といった固有性の高い海鳥がおり、進化的・保全的な価値から注目されてきました。一方でアナドリは世界に広く分布する普通種であるため、特に注目されることはありませんでした。

全身が黒くハトほどの大きさのミズナギドリ科のアナドリの写真
図1. 小笠原諸島で繁殖するアナドリ

内容

アナドリは全身が黒くハトほどの大きさで、低木林などで繁殖する海鳥です。世界各地の島で繁殖するこの鳥の集団間の関係を明らかにするため、小笠原諸島、ハワイ諸島の2島、大西洋に浮かぶ4つの諸島の合計7所の105個体のDNA分析を行いました(図2)。核DNAの分析を行った結果、アナドリは小笠原諸島の集団と、ハワイと大西洋を含む集団の2つに大きく分かれることがわかりました。次に、ミトコンドリアDNAを分析してそれぞれの集団の系統関係を明らかにしたところ、小笠原の集団は約85万年前という古い時代に他の集団から分岐していたことがわかりました(図3)。つまり、アナドリは世界中に分布しているものの、小笠原の集団は独自の歴史を持つ固有性の高い集団だったのです。
また、ハワイと大西洋の集団は約16万年前に分岐したものと推定されました。この頃にはすでにパナマ地峡は形成されており、海鳥であるアナドリは陸地を超えて分布を広げたものと考えられます。ハワイのアナドリは、約4,000kmという海鳥にとってはすぐ隣ともいえる小笠原諸島よりも、11,000km以上離れ、さらに大陸で隔てられた大西洋の集団と近縁だったのです。小笠原諸島とハワイ諸島の間には、移動を阻む地理的な障壁はありません。このため、隣り合うこの2つの地域の間でなぜ交流がないのかはわかりません。ただし、同じように両地域で繁殖しているクロアシアホウドリでも、それぞれの地域で遺伝的に分化していることが知られています。また、小笠原諸島にはここでしか繁殖しないオガサワラヒメミズナギドリやオガサワラミズナギドリといった固有性の高い海鳥がいます。これらのことから、小笠原諸島とハワイ諸島の間には海鳥の移動を制限する未知の障壁が存在しているのかもしれません。

核DNAの分析を行った小笠原諸島、ハワイ諸島の2島、大西洋に浮かぶ4つの諸島を示した図
図2. アナドリの主な繁殖地。それぞれの地点の色は図3と一致。白丸は今回の分析には入っていない。

核DNAの分析を行った小笠原諸島の集団と、ハワイと大西洋を含む集団それぞれの集団の系統関係を明らかにした図
図3. ミトコンドリアDNAと核DNAの分析結果から推定された系統樹。

今後の展開

小笠原諸島は自然の持つ価値の高さから世界自然遺産に登録されています。ここでは主に固有種や希少種が保全上の注目を浴びてきました。しかし、本研究によって、世界中に分布するいわゆる普通種であっても、実はユニークな歴史性や遺伝的な希少性を持っている可能性があるとわかりました。これは世界自然遺産としての小笠原の価値を高める成果と言えます。
本研究では、明確な地理的障壁がなくとも集団が分化しうることを示しており、隠蔽種*2の進化のメカニズムを理解する上で重要な発見と言えます。今後は形態などの比較を行い、日本のアナドリを独立種とすべきかどうかを検討していく必要があります。
小笠原諸島の普通種の中には、まだ知られていない歴史性を持つ種類が隠されているかもしれません。今後は、広域分布種とされている種をさらに分析していくことで、新たな価値が発見されることが期待されます。
アナドリは外来種のネズミに捕食されることがよくあります。しかし、広域分布種であるため、固有種や希少種に比べるとその問題が大きく注目されることはありませんでした。普通種も含めて総合的に保全を進めることで、自然の中にあるまだ見つかっていない価値を守ることができます。

論文

論文名:Contrasting patterns of population structure of Bulwer’s petrel (Bulweria bulwerii) between oceans revealed by multi-locus statistical phylogeography(多遺伝子座を用いた系統地理学的手法により明らかにされたアナドリの集団構造の海洋間格差)
著者名:Mónica C. Silva, Paulo Catry, Joel Bried, Kazuto Kawakami, Elizabeth Flint, José P. Granadeiro
掲載誌:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-023-28452-z

共同研究機関

リスボン大学、アゾレス大学、Instituto Universitário、合衆国魚類野生生物局

用語解説

*1 アナドリ
全長約27cm、翼開長約65cm。全身黒色のミズナギドリ科の海鳥で、低木林や岩場、草地などで繁殖する。太平洋、大西洋、インド洋の熱帯、亜熱帯地域の島嶼に広く分布し、日本では小笠原諸島や南西諸島で繁殖している。小笠原諸島の東島では2006年ごろに外来のネズミに捕食された数百個体の死体が見つかったことがある。

*2 隠蔽種
本来は別種と考えられるが、外見的にほとんど区別がつかないことなどから他の集団と同種として扱われている種。

お問い合わせ先

研究担当者:
森林総合研究所 野生動物研究領域 鳥獣生態研究室長 川上和人

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

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生物化学工学
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