抗体を用いた標的依存性RNAポリメラーゼの開発~多様な細胞内分子に応答する遺伝子発現制御のプラットフォーム~

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2023-11-17 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. 抗体を利用して細胞内の分子を検出し、それを起点に遺伝子発現を制御できる技術を開発した
  2. 抗体の変更によってタンパク質・RNA・低分子など多様な分子に応答でき、望みのRNAやタンパク質を作り出せる分子情報変換システムを確立した
  3. このシステムを利用して特定のペプチドを発現する細胞でのみゲノム編集を行う技術を開発した

1. 要旨

小松 将大 大学院生(CiRA未来生命科学開拓部門)、齊藤 博英 教授(同部門)らの研究グループは、抗体を用いて細胞内の様々な分子を検出し、RNAやタンパク質の情報に変換することができるバイオセンサー注1)を開発しました。この技術により、特定の分子が存在する細胞でのみゲノム編集を行うなど、より細かな細胞の運命制御が可能となります。
特定の分子に応答して遺伝子発現を制御することは、細胞の機能を制御するために不可欠な技術です。しかし、転写や翻訳を制御する因子を用いた、これまでのプラットフォームでは、検出可能な分子が限られていました。この問題を解決するために、抗体を用いて細胞内の標的を特異的に認識して、RNA転写を誘導できる標的依存性RNAポリメラーゼ(TdRNAP)を開発しました。融合する抗体を変更することにより、TdRNAPはペプチド、タンパク質、RNA、低分子など多種多様な分子に応答し、転写産物を産生することができました。また、TdRNAPを利用することで、特定の遺伝子産物の検出によって自律的に起動する細胞特異的ゲノム編集が実現できました。TdRNAPは、遺伝子発現の制御に利用できる分子の多様性を拡大し、バイオエンジニアリングや将来の治療応用のための遺伝子工学ツールとして活用できると期待されます。
この研究成果は2023年11月17日(日本時間)に「Nature Communications」で公開されました。

2. 研究の背景

特定の細胞内分子に応答して遺伝子発現を制御することは、細胞の状態をモニターし、細胞プログラムを制御するための強力な手段となります。遺伝子発現や細胞機能を人工的に制御するには、自然界に元々備わっている遺伝子制御因子がこれまで利用されてきましたが、遺伝子発現を誘導できる分子は限られていました。タンパク質・ペプチドやRNAなどの分子はウイルス感染や疾患の状態を反映する細胞内の重要な生化学的情報であることから、これらの分子に柔軟に応答でき、その後の細胞制御や応用につなげることのできる自律的な遺伝子制御プラットフォームが求められています。
抗体は、タンパク質、RNA、低分子を含む多種多様な分子を標的とすることができる非常に強力なタンパク質です。抗体は通常、血中などの細胞外に存在する分子を標的とする目的で利用されますが、抗体の一部分だけを利用した、単鎖可変領域フラグメント(scFv)注2)のようないくつかの小型抗体は、細胞内分子を標的とするために利用されています。scFvはさらに重鎖と軽鎖ドメイン(VHとVL)に分割することができ、研究グループはこの特徴を利用して、細胞内の様々な分子に応答できる遺伝子制御システムの開発を目指しました。
抗体を用いた遺伝子制御に向けて、研究グループはバクテリオファージT7 RNAポリメラーゼ(T7 RNAP)に着目しました。T7 RNAPは高い転写活性を示し、追加の因子を必要とせずにDNA鋳型からRNAを合成できます。さらに、T7 RNAPは二つの断片に分割することができ、これによって、それぞれの断片に融合したタンパク質間の相互作用によってRNA転写活性を制御することが可能です。
本研究では、様々な細胞内分子に応答して遺伝子発現や細胞機能を制御できる普遍的な遺伝子制御プラットフォームとして、抗体とスプリットT7 RNAPを組み合わせた標的依存性スプリットT7 RNAポリメラーゼ(TdRNAP:Target-dependent RNAP)の開発を試みました。

Fig. 1 今回開発したバイオセンサーの概要

3. 研究結果

1. TdRNAPのデザイン
まず、標的物質の例として、酵母の転写因子であるGCN4を取り上げました。ヒトの細胞内には存在しないタンパク質であるため、標的物質の有無を細胞外から容易に制御できます。GCN4を認識する抗体のVHドメインとVLドメインを用いて、TdRNAPを設計しました。VHドメインとVLドメインをそれぞれスプリットT7RNAPの二つの断片に融合させて、GCN4依存性RNAP(GCN4-dRNAP)を作りました(Fig. 1)。
蛍光タンパク質であるEGFPをGCN4ペプチドと融合させたタンパク質(EGFP-GCN4)を標的(インプット)として用い、GCN4-dRNAPの機能を検証しました。ヒト胎児の腎由来細胞である293FT細胞注3)を用い、アウトプットとして、蛍光タンパク質であるiRFP670が働くようにプラスミドを導入しました。その結果、コントロール(EGFP)と比べてEGFP-GCN4ではGCN4-dRNAPが働いてiRFP 670を発現していました。

Fig. 2 蛍光顕微鏡画像

2. 抗体を置換することで分子標的を変更できる
TdRNAPの抗体部分を、3種類のタンパク質(GCN4、FLAG、EGFP)を認識する抗体(Anti-GCN4、Anti-FLAG、Anti-EGFP)に置換したものをそれぞれ作りました。4種類の標的物質(Azami-Green、EGFP、EGFP-GCN4、EGFP-3xFLAG)を細胞内に導入し、それぞれ特異的に反応するかどうか検証しました。ルシフェラーゼアッセイ注4)により、それぞれのTdRNAPは対応する標的に対してのみ活性化されることが示されました。

Fig. 3 ルシフェラーゼアッセイの結果

コントロール(Azami-Green)と比較して、どの程度遺伝子が働いているかを表している。

3. ターゲット依存的なゲノム編集を行うことができる
TdRNAPを使うことで、ターゲット分子をもつ細胞だけで特異的にゲノム編集を行うことができると考えられます。試しに、EGFPを認識するgRNA注5)を用いて、GCN4依存的にEGFPにゲノム編集が起こり、EGFPの遺伝子がノックアウトされるように設計しました(Fig. 4)。

Fig. 4 GCN4依存的にEGFPをノックアウトするTdRNAPの設計

GCN4-dRNAPとEGFPを認識するgRNAを、Cas9発現プラスミドとともに細胞に共導入しました。その後、フローサイトメトリー注6)でEGFP陰性細胞集団を測定しました。GCN4-dRNAPはEGFP細胞株よりもEGFP-GCN4細胞株でより優先的にEGFPノックアウトを誘導することが示され、EGFP-GCN4自体が自身の遺伝子をノックアウトするためのドライバーとして用いられていることが実証されました(Fig. 5)。

Fig. 5 フローサイトメトリーの結果

縦軸は細胞数、横軸はEGFPの蛍光強度を表す。EGFP-GCN4+の方ではT7-gRNAを加えたことでEGFPができず、ノックアウトされ、ピークが低くなっている。

4. まとめと展望

今回の研究では、抗体を用いて細胞内の様々な分子を検出し、望みのRNAやタンパク質を作り出すことができる遺伝子制御システムを開発しました。抗体部分は既存の様々な抗体を利用することができるため、これまでの遺伝子制御システムでは対応できなかった様々な細胞内分子を標的として遺伝子発現をコントロールできます。また、応用例として、特定のペプチドを発現する標的細胞を検知して、その細胞特異的にゲノム編集できるような新技術が開発できました。
これらの成果から、任意の分子入力情報を、任意のRNA (ゲノム編集の場合のgRNAなど)やタンパク質(バイオセンサーの場合のレポータータンパク質など)に変換できる、「細胞内情報変換システム」を構築できたと言えます。この特徴を利用することで、遺伝子疾患によって生じる変異タンパク質や、がん化や老化に伴う翻訳異常によって生じるペプチドを発現する細胞にのみゲノム編集を行うなど、様々な疾患治療法への応用も期待できます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Target-dependent RNA polymerase as universal platform for gene expression control in response to intracellular molecules

  2. ジャーナル名
    Nature Communications
  3. 著者
    Shodai Komatsu1,2, Hirohisa Ohno1, Hirohide Saito1,2*
    *責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 京都大学大学院医学研究科
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラムSPRING(JPMJSP2110)
  2. 日本学術振興会(JSPS)科研費(JP20H05626、20H05701)
  3. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1) バイオセンサー
生物が自然界で行っている分子認識機構を利用して、細胞内外の状況を認識する装置のこと。

注2)単鎖可変領域フラグメント
抗体の一部分。抗体が物質の認識するために必要な最小限の単位であるVHおよびVLから構成される。

注3)293FT細胞
ヒト胎児の腎由来の細胞株の一種。細胞実験にてよく用いられる。

注4)ルシフェラーゼアッセイ
発光物質が光を放つ反応を進める酵素(ルシフェラーゼ)を用いて、対象となる遺伝子がどれくらい働いているのかを発光量として測定する方法。

注5)gRNA
CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集で、ターゲットの遺伝子を見分けるために使われるRNA。

注6)フローサイトメトリー
細胞一つ一つに対してレーザーを照射し、蛍光を観察することができる装置を用いて、細胞を分類する方法。レーザー光を用いて光散乱や蛍光測定を行うことにより、水流の中を通過する単一細胞の大きさ、DNA量などを解析することや、細胞の生物学的特徴を識別して細胞を選別することができる。

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