生きた動物の大脳皮質から小脳までを 高精細かつ長期的に光イメージングできる手法を開発 ~高分子ナノ薄膜と光硬化性樹脂による超広範囲な観察窓~

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2024-03-04 東海大学

研究の概要

東京理科大学先進工学部の髙橋泰伽 助教(兼任:自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS:エクセルズ)特別訪問研究員)、ExCELLS/生理学研究所の根本知己 教授、大友康平 准教授のグループは、東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター/工学部応用化学科の岡村陽介 教授、天津大学の張宏 准教授、生理学研究所の鍋倉淳一 教授、揚妻正和 准教授と共同で、高分子ナノ薄膜*1と光照射によって状態変化する光硬化性樹脂*2を用いた透明な素材で頭蓋骨を代替する手法(NIRE法)を開発し、マウスの大脳皮質から小脳までの頭頂部広域の神経細胞を6ヶ月以上の長期間に渡って二光子励起顕微鏡法*3で観察することに世界で初めて成功しました。開発された手法により、生きた動物の大脳皮質から小脳までの多数の神経細胞を長期間観察できるようになるため、複数の脳領域の協調的な活動が関与する高次脳機能の解明につながることが期待されます。

本研究成果は、2024年3月4日に国際科学雑誌「Communications Biology」に掲載されます。

発表のポイント

  1. 高分子ナノ薄膜と光硬化性樹脂を用いた透明な素材で広範囲の頭蓋骨を代替して観察窓を作成する手法を開発しました。
  2. 大脳皮質から小脳までの多領域に位置する神経細胞を同一マウスから可視化する手法を確立しました。
  3. 従来の技術よりも広範囲の脳領域を同時に光計測できるようになるため、高次脳機能の理解や神経疾患の機序解明につながることが期待されます。

1.背景

ヒトを含む高等生物の脳機能は、脳全体の多数の神経細胞によって構成される多細胞ネットワークが担っています。そのため、脳機能の解明には複数の脳領域に存在する神経細胞の一つ一つを同時に観察することが必要となります。近年、二光子励起顕微鏡法によって、生きたままの動物の脳内に存在する個々の神経細胞の形態や活動を観察できるようになりました。一般的に、生きた状態の動物の神経細胞を二光子励起顕微鏡法で観察する際には、光の透過を妨げる頭蓋骨をカバーガラスで置換し、透明性の高い観察窓を作成するオープンスカル法が用いられています。しかし、この手法で広範囲の観察窓を作成する場合には、汎用的なカバーガラスが平坦かつ硬質であるために、表面が曲面である脳組織を圧迫してしまう課題がありました。この課題を解決するために、曲げたカバーガラスや柔軟なシリコンゴムなどを用いて脳への圧力を減らした広範囲の観察窓の作成手法が報告されていますが、大脳皮質の観察のみを目的として成形済みの素材を用いており、複雑な表面形状と高い曲率を有する小脳までを観察対象に含む広範囲の観察窓作成手法は報告されていませんでした。

2.本研究の内容

本研究グループでは、高い柔軟性、接着性、透明性を有する高分子ナノ薄膜と紫外線の照射によって硬化する光硬化性樹脂を組み合わせ、マウスの広範囲の頭蓋骨を透明な素材で代替することで観察窓を作成する手法を開発し、NIRE(Nanosheet Incorporated into light-curable REsin)法と名付けました(図1)。

NIRE法では、止血と炎症防止効果を有するPEO-CYTOPナノ薄膜*4を脳表面に貼りつけたのちに、液体状の光硬化性樹脂をナノ薄膜表面に滴下してから紫外線照射により硬化させることで頭蓋骨の一部を透明な素材で置き換えます。この手法の特徴として、脳組織と生体に害のある物質の接触を防ぐ保護膜としてナノ薄膜を利用することにより、液体から固体へ状態変化する特性を持った光硬化性樹脂を観察窓の素材として活用できる点があります。これにより、小脳などの複雑な曲面を持つ領域を観察対象とする場合においても脳組織を圧迫することなく、脳組織にフィットした観察窓の作成が可能となっています。また、先立って報告したPEO-CYTOPナノ薄膜のみを観察窓の素材とする手法と比較して、光硬化性樹脂によって観察窓の機械的強度を強化することでマウスの体動による視野ブレの発生を防いだ安定的な観察がNIRE法により可能となりました。

実際にNIRE法を用いて作成した観察窓を通じてイメージングを行った結果、一匹のマウスにおいてミクロな神経細胞のスパイン構造からマクロな多数の神経細胞群までマルチスケールに観察することに成功しました(図2)。さらに、大脳皮質から小脳までの広範囲における脳領域の神経細胞の形態を、6ヶ月以上の長期間に渡って経時的に観察することに世界に先駆けて成功しました(図3)。

生きた動物の大脳皮質から小脳までを 高精細かつ長期的に光イメージングできる手法を開発 ~高分子ナノ薄膜と光硬化性樹脂による超広範囲な観察窓~
1. ナノ薄膜と光硬化性樹脂を用いた観察窓の作成法「NIRE法」
 A.ナノ薄膜、食品用ラップ、カバーガラスの厚さ比較。ナノ薄膜の厚さは食品用ラップのわずか100分の1程度。
B.PEO-CYTOPナノ薄膜の模式図。
C.光硬化性樹脂の模式図。
D.NIRE法の実施方法。

光イメージング2.png
2. 同一個体での多数の神経細胞群から微細なスパイン構造までカルシウムイメージング
 A.大脳皮質のおよそ2mm四方の広範囲で多数の神経細胞の観察結果。
B.図2A中の各細胞のカルシウム濃度変化のヒートマップ。
C.大脳皮質の神経細胞の細胞体、樹状突起、微細構造の樹状突起スパインの観察結果
D.図2Cに数字で示された領域にて検出された神経細胞の活動データ。

光イメージング3.png
3. 大脳皮質から小脳までの頭頂部広域の二光子イメージングによる神経細胞の可視化

大脳皮質から小脳までのおよそ直径9 mmを二光子励起顕微鏡法でイメージングした観察結果。ここでは、神経細胞に蛍光タンパク質YFPを発現するマウスにNIRE法を施したのち観察を行った。広域を観察後、高倍率の対物レンズを使用して四角で示した大脳皮質、中脳および小脳の神経細胞の微細形態を観察した。

3.本研究の意義と展望

本研究の成果により、従来よりも広範囲で生体組織の光学計測が可能になることから、これまで観察できなかった複数の脳領域の同時計測を実現し、高次脳機能の解明や複数の脳領域が発症に関与する精神・神経疾患の機序解明への貢献が期待されます。また、本研究の技術は、表面形状や個体差に合わせて観察窓を作成可能であるため、生体内の生理的条件を阻害せずに計測を行うことができます。加えて、一個体の生体組織を微小領域から広域までシームレスかつ長期的に観察できるため、分子レベルから細胞、臓器、個体レベルまでの多階層性を有する生体システムの異常によって起こる癌をはじめとした種々の疾病のメカニズムの解明、治療法や創薬の研究の進展にもつながります。

現在、国内外の研究グループや企業によって広視野イメージングの関連技術の開発が進められている中で、光硬化性樹脂の観察窓素材としての活用方法は例が無く、今後新しい派生技術や新規材料の開発が行われる可能性があります。

(用語説明)

*1 高分子ナノ薄膜
数十~数百ナノメートルの厚さに対して、数平方センチメートル以上の面積を有する高分子からなる極薄の薄膜。高い柔軟性と接着性を有しており、接着剤を使用せず物理吸着のみで貼付できる。生分解性高分子を素材とした生体組織の創傷保護材や、乾燥防止効果を有する高分子を素材としたサンプル保定材などの用途で利用がなされている。

*2 光硬化性樹脂
特定の波長の光により光重合開始材が反応することでモノマーやオリゴマーの重合が起こり、液体から固体に変化する樹脂。光学部品の接着剤や歯科治療の材料、3Dプリンターの素材など様々な用途の製品が販売されており、多岐に渡る分野で利用されている。

*3 二光子励起顕微鏡法
励起光の2つの光子を蛍光分子が同時吸収して励起状態に遷移する非線形光学現象を利用した蛍光顕微鏡法の一種。生体組織透過性の高い近赤外光を励起に用いるために光が強く散乱する厚い組織や生体内をサブミクロンの空間分解能で観察することが可能であり、従来の蛍光顕微鏡法と比べ、生体組織のより深い領域を低侵襲的に観察できるといったメリットがある。

*4 PEO-CYTOPナノ薄膜
生体脳組織のイメージング用に開発されたナノ薄膜。高い光透過性、水の屈折率に近い屈折率(1.34)を有するフッ素系樹脂CYTOPを主な構成素材としている。さらに、CYTOP層が脳組織と接着する面には炎症抑制効果を持つ生体適合性高分子polyethylene oxide(PEO)を修飾することで、撥水・撥油性を有するCYTOP表面を親水化し、湿った環境の生体組織への接着力を高めている。

研究サポート

本研究は、AMED革新脳プロジェクト(JP19dm0207078 根本知己; 19dm0207087 岡村陽介; 19dm0207086 揚妻正和)、科学研究費補助金(“Resonance Bio” JP18H04744 岡村陽介; “Advanced Bioimaging Support” JP16H06280, JP22H04926 根本知己、鍋倉淳一、揚妻正和; JP20H05669, JP22K21353 根本知己; JP21J14773, JP23K14294髙橋泰伽; JP21H02801, JP22H05081, JP22H05519 揚妻正和; JP21K19346, JP22H02756 大友康平)、 科学技術振興機構(JST) CREST(JPMJCR20E4 大友康平)、JST ACT-X(JPMJAX2228 髙橋泰伽)、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業2014-2018(岡村陽介)、生理学研究所共同利用研究(20-121, 22NIPS131 岡村陽介)、ExCELLS共同利用研究(23EXC601 根本知己; 23EXC337 髙橋泰伽)の支援を受けて実施されました。

掲載論文

雑誌名: Communications Biology
論文名: Large-scale cranial window for in vivo mouse brain imaging utilizing fluoropolymer nanosheet and light-curable resin
著者: Taiga Takahashi, Hong Zhang, Masakazu Agetsuma, Junichi Nabekura, Kohei Otomo, Yosuke Okamura, Tomomi Nemoto* (*責任著者)
DOI: 10.1038/s42003-024-05865-8

<お問い合わせ先>
(本資料の内容に関するお問い合わせ)
自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所
教授 根本知己

東京理科大学
助教 髙橋泰伽

東海大学 マイクロ・ナノ研究開発センター/工学部応用化学科
教授 岡村陽介

(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 先進融合研究グループ
宇佐見健

(広報に関するお問い合わせ)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

東海大学 学長室広報担当
喜友名、林

科学技術振興機構 広報課

生物工学一般
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