ヒトにおけるインスリンによる血中アミノ酸および脂質の異なる選択的代謝制御を数理モデルにより同定~糖摂取後のインスリンによる代謝制御はアミノ酸と脂質によって異なる~

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2024-05-17 東京大学

発表のポイント

  • ヒト健常者の経口グルコース摂取に対する血中代謝物の応答について、複数の数理モデルを構築し選択することで、インスリンのアミノ酸と脂質に対する選択的代謝制御を同定しました。
  • ヒト健常者におけるグルコース摂取後のインスリンの代謝制御に関する個別研究は多くありましたが、摂取量と摂取速度を変化させ、血中アミノ酸と脂質の応答を測定したデータに対する数理モデル研究は本研究によって初めて行われました。その結果、インスリンによるアミノ酸と脂質の異なる代謝制御が明らかになりました。
  • 健常者における糖グルコース摂取時のインスリンによる代謝制御を、肥満や2型糖尿病患者における代謝制御と比較することによって、肥満における代謝異常のメカニズム解明や代謝疾患の予防や治療に役立つと考えられます。

ヒトにおけるインスリンによる血中アミノ酸および脂質の異なる選択的代謝制御を数理モデルにより同定~糖摂取後のインスリンによる代謝制御はアミノ酸と脂質によって異なる~
ヒトにおける血中アミノ酸・脂質の数理モデル解析

発表概要

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の藤田卓特任研究員(現所属:同大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻)、廣中謙一客員研究員、黒田真也教授らによる研究グループは、東京大学医学部附属病院脳神経外科の唐沢康暉客員研究員と共同研究を行い、経口グルコース摂取に対する血中代謝物の応答について、インスリンによる代謝制御構造を表すシンプルな数理モデルを複数構築し、モデル選択(注1)をすることでインスリンの血中アミノ酸、脂質代謝に対する実効的な制御の違いを同定しました(図1)。肥満や2型糖尿病患者では血糖以外にも、インスリンの血中アミノ酸や脂質の代謝制御が破綻することが知られているため、本研究成果は、病態における代謝異常や治療介入の可能性について貴重な洞察を与えるものであると考えられます。


図1:アミノ酸と脂質の選択されたモデル構造の違い
複数の数理モデルを構築し、臨床データを最もよく反映するモデルを選択することで、アミノ酸と脂質の制御構造を同定した。Aは血中代謝物、Yは血中代謝物を制御する作用インスリンを表す。時系列は、赤点が臨床データ、黒線がシミュレーション値を表す。

発表内容

インスリンは代謝の制御に重要な役割を果たすホルモンです。インスリンの主な機能のひとつは血糖値の調節ですが、アミノ酸や脂質など他の血中代謝物の代謝制御にも臓器や血液を介して関与しています。本研究グループの以前の研究では、仮説駆動型解析とデータ駆動型解析を組み合わせて、経口グルコース摂取に対する血中代謝物とホルモンの応答の異なる時間パターンを調べました。その結果、アミノ酸と脂質はそれぞれ、インスリンの時間パターンの振幅と速さの特徴を選択的に反映することがわかりました。つまり、インスリンによるこれらの代謝物の制御は選択的であることが示唆されましたが、この背後にあるメカニズムについては完全にはわかっていませんでした。インスリンによる血糖調節の数理モデル化については広範な研究がなされていましたが、血中アミノ酸と脂質の選択的制御に関する研究は限られています。

本研究では、グルコース溶液を一過的または持続的に、容量を変化させそれぞれ3回摂取した、3名のヒト健常者における、血中代謝物およびホルモンの経時データを用いました。このデータに対して、考えられる制御を単純化した、インスリンによるさまざまな代謝制御モデルを構築・比較し、統計的に最良なモデルを選択しました。

その結果、分岐鎖アミノ酸(BCAA)(注2)は血中への流出に対してインスリンによる正の制御(促進)のみを受けるのに対し、脂質は血中への流出に対して正の制御を、血中への流入に対して負の制御(抑制)を受けることがわかりました(図1)。選択されたモデル構造を先行研究と比較すると、BCAAの流出に対する正の制御と、脂質の流出・流入に対する制御は一致しました。一方、先行研究で報告されたインスリンによる負の制御は、本研究のデータセットにおけるアミノ酸の流入に対して必要ではありませんでした。このことは、インスリンがBCAAの流入を抑制するのではなく、むしろ流出を効果的に促進していることを示唆しました。

選択されたモデルを用いて、入力値としてのインスリンの振幅と速さを変化させた時の、アミノ酸と脂質の振幅と速さの変化具合を調べました(図2)。その結果、アミノ酸は振幅を、脂質は速さをそれぞれ強く反映していました。このことからインスリンは、振幅を変化させることでアミノ酸を、速さを変化させることで脂質をそれぞれ選択的に制御していることが示されました。このように、数理モデル選択と血中代謝物のグルコース用量依存的経時データを用いることにより、選択的代謝制御の実効的なメカニズムを同定しました。本研究成果は病態における代謝異常や治療介入の可能性について貴重な洞察を与えるものであると考えられます。


図2:インスリンの振幅と速さによる選択的な代謝制御
インスリンの時間パターンの特徴のうち、振幅はアミノ酸、速さは脂質にそれぞれ反映される。線の色はそれぞれ異なる振幅、速さを表す。

論文情報
雑誌名
iScience論文タイトル
Model selection reveals selective regulation of blood amino acid and lipid metabolism by insulin in humans

著者
Suguru Fujita, Ken-ichi Hironaka, Yasuaki Karasawa, Shinya Kuroda*

DOI番号
10.1016/j.isci.2024.109833

研究助成

本研究は、科学技術振興機構における戦略的創造研究推進事業「多細胞間での時空間的相互作用の理解を目指した定量的解析基盤の創出」研究領域 研究課題名「時空間トランスオミクスを用いた多細胞・臓器連関代謝制御の解明」(課題番号:JPMJCR2123 研究代表者:黒田真也)、日本学術振興会における科学研究費助成事業の新学術領域研究(研究領域提案型)「2型糖尿病の代謝アダプテーション」(課題番号:JP17H06299, JP17H06300 研究代表者:黒田真也)、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2136の一環として行われました。

用語解説

注1  モデル選択
シミュレーションによりデータを再現する複数のモデルを、統計的な基準に基づいて比較し、最も良いモデルを選ぶ手法。

注2  分岐鎖アミノ酸(BCAA)
骨格が一部分岐した分子構造をもつ、バリン、ロイシン、イソロイシンの3つのアミノ酸のこと。

医療・健康
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