今は失われた古代のタンパク質構造を発見~今は失われたタンパク質構造が解き明かす「RNAポリメラーゼ」と「リボソームタンパク質」の進化的繋がり~

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2024-07-19 早稲田大学

発表のポイント

  • 地球上の生命はDNAの遺伝情報から機能分子であるタンパク質を合成する遺伝子発現機構を共通して持っていますが、このような精巧なシステムがどのように誕生したかはよく分かっていません。
  • 本研究では、遺伝子発現機構で働く多種多様なタンパク質の構造に着目し、これらタンパク質間の進化の実験的再現を試みたところ、全く新しいタンパク質構造「DZBB」を発見しました。
  • この「DZBB」を介してRNAポリメラーゼやリボソームタンパク質などに重要な複数のタンパク質構造へと進化可能であることを実験的に確かめました。
  • 鳥と恐竜の進化的関連性を示した始祖鳥のように、「DZBB」は複数のタンパク質の進化的繋がりを示すミッシングリンクである可能性が高いと言えます。
  • 本研究で明らかにした遺伝子発現に関わるタンパク質の進化は、今後、生命がどのように遺伝子発現機構を獲得してきたかを探る上で重要な道標になると期待されます。

早稲田大学人間科学学術院の八木 創太(やぎ そうた) 講師(理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター客員研究員)と理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 田上 俊輔(たがみ しゅんすけ)チームリーダーの共同研究グループは、進化のミッシングリンクとなる新しいタンパク質構造を発見し、これを用いることで遺伝子発現系に重要なタンパク質構造の進化を実験的に再現することに成功しました。
本研究成果はSpringer Nature社が出版する『Nature communications』(論文名:An ancestral fold reveals the evolutionary link between RNA polymerase and ribosomal proteins)にて、2024年7月18日(木)にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

生命にとってタンパク質は水の次に多い構成物質であり、生命活動には欠かせない機能分子です。我々の細胞内では遺伝情報物質であるDNAから「転写反応」によってRNA分子が作られ、そのRNAから「翻訳反応」によってタンパク質が作られます。これまで多くの研究で、この遺伝子発現機構の詳細な制御機構の解明が進められてきましたが、太古の地球上で遺伝子発現機構がどのようにして成立してきたのかについては多くの謎が残されています。
「転写反応」の中心的な役割を果たす分子はRNAポリメラーゼというタンパク質です。その一方「翻訳反応」ではリボソームというRNA・タンパク質複合体が重要な役割を担っています。これらの分子は巨大な構造を持っていますが、古代の生命が最初からこのような複雑な分子を持っていたとは考えにくく、当時はもっと小さく単純な分子であったと推定できます。興味深いことに、両者の分子構造に着目すると小型のβバレル型構造*1を重要な構成要素として有していることが分かります。例えば、RNAポリメラーゼの活性コアを形成する①Double-psi β-barrel(DPBB)構造、リボソームタンパク質L3が持っている②RIFT 構造、同じく複数のリボソームタンパク質に高度に保存される③OBフォールド、④SH3フォールドが挙げられます(図1)。これらの異なるタンパク質構造は部分的な類似点も多いことから、その進化的関係性について議論がなされていました。しかし、これらのβバレル構造間のアミノ酸配列の違いは大きく、実際どのようにして多様なβバレル構造が進化してきたのかはよく分かっていませんでした。

今は失われた古代のタンパク質構造を発見~今は失われたタンパク質構造が解き明かす「RNAポリメラーゼ」と「リボソームタンパク質」の進化的繋がり~
図1:RNAポリメラーゼとリボソームを構成する4つのβバレル構造と提唱される進化的関係性

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

これまでの研究で八木らはDPBB構造が7種類のアミノ酸を43個繋げた単純なペプチドで再構成できることを実証しました。この単純なペプチドは水溶液中では特定の構造を形成できませんが、マロン酸やリンゴ酸などの有機酸を含む溶液中では結晶化してDPBB構造を作ることが分かっていました(図2左)(Yagi et al., JACS, 2021)。本研究では、この単純なペプチドが硫酸イオンを含む条件でも結晶を形成し、DPBBとは異なるβバレル構造を作ることを見出しました。このβバレル構造はこれまで自然界では見つかっていない全く新しい構造であり、立体構造を模式的に表すとギリシャ文字のZに似た特徴的なループ構造を2つ持つことから、八木らはDouble-zeta β-barrel (DZBB)構造と名づけました(図2右)。つまり、この単純なペプチドは同じ配列でも異なる条件では異なるタンパク質構造を作るMetamorphicタンパク質*2であることが分かりました。


図2:単純なペプチドによるDPBB型とDZBB型の結晶構造とトポロジー図。両者で特に異なるループ構造をピンクでハイライトしている


また、このDZBB構造はリボソームタンパク質に含まれるRIFT構造・OB構造(図1中の②と③の構造)と構造類似性が認められました。そこで、DZBB型タンパク質からRIFT型構造・OB構造への変換を実験的に試みました。その結果、DZBB―RIFT構造間の変換は1つの短い配列の欠失、DZBB―OB構造間の変換は一つの短い配列挿入と5つのアミノ酸置換のみで達成しうることを突き止めました。さらに、作成したOB型のタンパク質改変体を循環置換(circular permutation)*3させたタンパク質はSH3構造(図1中の④の構造)を形成することも実証しました。これらのタンパク質進化の実験は、DPBB、RIFT、OB、SH3の4つの異なるβバレルタンパク質構造が同じ祖先タンパク質から進化してきたこと、その進化の過程ではDZBBという今は失われた進化中間体構造があった可能性を強く示唆します(図3)。この結果は、「転写反応」をつかさどるRNAポリメラーゼと「翻訳反応」を司るリボソームが共通の祖先タンパク質から誕生したことを裏付ける証拠だといえます。
加えて、本研究では従来考えられてきたよりも少ない遺伝子変異だけでタンパク質構造の進化が起こることを明らかにしました。従って、動物の多様化が急速に進んだカンブリア爆発のように、非常に短い時間でこれら4種のβバレル構造が誕生した可能性を示しています。


図3:実験的に再現したDZBB構造から他のβバレル構造への進化の模式図

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究では現存する4種類のタンパク質構造(DPBB、RIFT、OB、SH3)の進化プロセスを解明することができました。この結果は今後、リボソームやRNAポリメラーゼなどの巨大な分子がどのように誕生してきたのか、遺伝子発現機構がどのように誕生してきたのかといった謎を探る上で重要な道標になると期待できます。また、古代のβバレルタンパク質の進化は非常に短い期間に完了していた可能性を示しました。これはタンパク質の初期進化を探求する上で重要な視点を与えるものと言えます。
現在、タンパク質の構造を計算科学的に予測する技術が急速に発達していますが、発見したDZBB構造は最先端の技術を持ってしてもその構造を予測することは困難でした。つまり、本研究成果は生命進化分野だけでなく、タンパク質科学の分野の発展にも貢献できる可能性を秘めています。

(4)今後の課題

タンパク質は特異的な構造を形成し機能を果たすことで生命活動を支えています。そのため、古代生命の進化の謎を解くためには、構造だけでなくそのタンパク質の機能についても検討していく必要があります。本研究で再構成したβバレルタンパク質の一部もDNAやRNAと結合することが分かりました。今後、これらのβバレルタンパク質がDNAやRNAとどのように結合し、どのように機能するかを明らかにしていくことで、タンパク質と核酸による共進化の歴史も解明できるかもしれません。

(5)研究者のコメント

近年、計算科学を利用した生命進化の研究が活発になってきています。ただし、コンピュータ上で予測される生命現象が本当かどうかは、実験をしてみないと分かりません。本研究でも実験をして初めてDZBB構造を発見でき、さらには多様なタンパク質構造への進化の道筋を再現することができました。「生命の起源」という究極の問いを解明するためには、地道な実験的検証が極めて重要であると感じます。

(6)用語解説

※1 βバレル型構造
タンパク質の特徴的な分子構造の一つであり、βシート構造が丸まって樽のような構造をしている。

※2 Metamorphicタンパク質
同じアミノ酸配列から成るタンパク質は、同じ3次元的な構造へと折り畳まれると一般的に考えられている。しかし、まれに同じアミノ酸配列であっても複数の構造を形成するタンパク質が存在する。このようなタンパク質はMetamorphicタンパク質と呼ばれている。

※3 循環置換(circular permutation)
タンパク質の持つN末端側もしくはC末端側の配列領域が切り出され、異なる末端側に再接続される変異の名称。

(7)論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文名:An ancestral fold reveals the evolutionary link between RNA polymerase and ribosomal proteins
執筆者名(所属機関名):八木 創太(早稲田大学人間科学学術院、理化学研究所生命機能科学研究センター)、田上 俊輔(理化学研究所生命機能科学研究センター)
掲載日時(現地時間):2024年7月18日 10:00
掲載日時(日本時間):2024年7月18日 18:00
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41467-024-50013-9
DOI:10.1038/s41467-024-50013-9

(8)研究助成
  • 研究費名:日本学術振興会/科学研究費助成事業 若手研究
    研究課題名:単純なペプチドから汎用的な祖先タンパク質フォールドへの進化
    研究代表者名(所属機関名):八木 創太(早稲田大学)
  • 研究費名:日本学術振興会/科学研究費助成事業 基盤研究(B)
    研究課題名:初期生命におけるRNA・タンパク質共進化プロセスの再現
    研究代表者名(所属機関名):八木 創太(早稲田大学)
  • 研究費名:日本学術振興会/科学研究費助成事業 基盤研究(B)
    研究課題名:非生命的原始タンパク質誕生可能性の探索
    研究代表者名(所属機関名):田上 俊輔(理化学研究所)
  • 研究費名:アストロバイオロジーセンター プロジェクト研究
    研究課題名:セントラルドグマを担うタンパク質群の隠された進化関係
    研究代表者名(所属機関名):田上 俊輔(理化学研究所)
(9)研究者の略歴

八木 創太:2016年東京薬科大学生命科学部博士後期過程修了、博士(生命科学)。理化学研究所 生命機能科学研究センター 研究員、基礎特別研究員を経て、現在、早稲田大学人間科学学術院 講師および理化学研究所 生命機能科学研究センター 客員研究員。

田上 俊輔:2010年東京大学大学院理学系研究科修了、博士(生物科学)。理化学研究所生命分子システム基盤研究領域 博士研究員、英国MRC分子生物学研究所 博士研究員を経て、現在、理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー。

細胞遺伝子工学
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