2024-11-18 理化学研究所,東京大学
理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 生体非平衡物理学理研白眉研究チームのローリー・サーバス 研究員(発生エピジェネティクス研究チーム 研究員)、川口 喬吾 理研白眉研究チームリーダー(開拓研究本部 川口生体非平衡物理学理研白眉研究チーム 理研白眉研究チームリーダー、東京大学 大学院理学系研究科附属知の物理学研究センター 准教授)、発生エピジェネティクス研究チームの平谷 伊智朗 チームリーダーの研究チームは、四肢動物[1]の椎骨の数(背骨の数)のパターンを網羅的に解析し、哺乳類と鳥類の脊椎骨の数の多様性においてこれまで知られていなかった進化的制約[2]を発見しました。
本研究成果は、動物の形態進化のメカニズムの解明に貢献し、種の分類や進化系統の推定にも役立つ可能性を秘めています。
哺乳類の首の骨は、ヒトもキリンも7個という共通ルールの存在はよく知られています。このような形態的な制約は進化の過程で獲得され、体の各部分を作るホックス遺伝子[3]などの働きによりその一部は規定されると考えられています。しかし、哺乳類以外のさまざまな脊椎動物に共通する制約があるかは系統的に調べられていませんでした。本研究では、国内外の博物館の記録や標本コレクションを参照することで、両生類、爬虫(はちゅう)類、鳥類、哺乳類の四つのグループから数百種の四肢動物の椎骨の数を調査し、その中に見られるパターンを調べました。その結果、哺乳類では隣り合う領域の椎骨の数が変化しても、その合計数がほぼ一定に保たれる「総数一定型制約」、鳥類では体の軸の中の前後で椎骨の数をそろえる「バランス型制約」が見られることが分かりました。また、鳥類の「バランス型制約」は、飛行能力と関連して恐竜[4]から鳥への進化の過程で獲得された可能性が示唆されました。
本研究は、米国の科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』(11月11日付)に掲載されました。
データ収集と系統樹解析から浮かび上がった「背骨数ルール」
背景
動物の体の形は、進化の過程で環境や生活様式に合わせて変化してきました。その中でも脊椎動物の特徴の一つである椎骨は、体を支え、運動を可能にする重要な器官であり、その数は動物種によって異なります。このような椎骨の数の多様性がどのように進化してきたのか、そして、その進化にはどのようなルールがあるのかは、長年の謎でした。例えば、ヒトを含む哺乳類の首の骨(頸椎(けいつい))は、ほとんどの種で7個と決まっていますが、鳥類では種によって大きく異なり、10個以下の種もいれば、20個以上の種もいます。このような椎骨の数の多様性は、体の各部分を作る遺伝子によって制御されていると考えられています。特に、ホックス遺伝子と呼ばれる遺伝子群は、動物種をまたいで広く保存されており、体の前後軸に沿った発現パターンとゲノム上の遺伝子の並びがよく一致し、個々のホックス遺伝子が椎骨を含む体の構造を決める役割を担っています。
近年、遺伝子操作技術の発展により、特定の遺伝子の働きを変化させることで、マウスを用いた実験などにおいて椎骨の数を人為的に変えられることが分かってきました。これらの実験から、ホックス遺伝子の発現領域を変化させると、しばしばあるタイプの椎骨が隣り合う別のタイプに変化する「ホメオティック変換[5]」が起きることが示されてきました。これは、椎骨の進化が、遺伝子の働きによって規定されていることを示唆する重要な発見です。
しかし、ホメオティック変換が椎骨の数の多様性においてどの程度重要なのか、また、ホメオティック変換では説明できない進化的制約が存在するのかは、明らかになっていませんでした。そこで、研究チームは、さまざまな四肢動物の椎骨の数を網羅的に解析することで、椎骨の進化における遺伝子の役割や、進化の制約を明らかにすることを目指しました。
研究手法と成果
本研究チームは、世界中の博物館の記録や、国内唯一の鳥専門の博物館である我孫子市鳥の博物館注1)などの標本コレクションを参照することで、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類の四つのグループから計388種の四肢動物の椎骨の数を収集し、その多様性のパターンを解析しました。解析に当たっては、それぞれの種の進化的な関係を示す系統樹の中で、椎骨数の違い(ゆらぎ)が大きい領域や小さい領域を網羅的に抽出する新たな方法を考案しました。(図1)。
図1 データ収集と系統樹解析による新たな制約の探索
椎骨の内で各領域の骨の数は動物種によって異なっており、今回の研究では388種の四肢動物のデータを収集した。このデータと進化系統樹を照らし合わせることにより、動物の椎骨の数が従っている隠れたルール、すなわち制約を網羅的に抽出する方法を考案した。
上)椎骨の数のパターン(椎式(ついしき))と系統樹の模式図。カモノハシを例に、頸椎(首の骨)、胸椎、腰椎、仙椎(骨盤を構成する癒合した椎骨)、尾椎を示す。系統樹は、進化的に近縁な種同士をつないで樹状に表現したもの。この系統樹では、左端の共通祖先から大きく三つの分類群が出現したことを示す。
下)分類群ごとに椎骨の各領域の数をグラフ化したもの。これにより、各グループ・領域ごとに定数型制約やバランス型制約などのルールがあることが浮かび上がった(後述)。
解析の結果、哺乳類の椎骨の構成は、隣接する領域の椎骨の数の合計がほぼ一定というパターンで説明できる「総数一定型制約」の下にあることが明らかになりました。このタイプの制約として、胸椎の数が少ない種は腰椎の数が多いという傾向は従来から知られていました(図2、図3グラフ①)。今回の研究ではさらに、腰椎の数が少ない種は仙椎の数が多く(図3グラフ②)、仙椎の数が少ない種は尾椎の数が多い(図3グラフ③)という傾向も新たに明らかになりました。さらに、頸椎から仙椎までの合計数が多い種は尾椎の数が少なく、それは尾椎3個が仙椎の骨1個に相当する(仙椎の数が一つ増えれば、尾椎の数が三つ減る)、というような傾向であることも確認されました(図3グラフ③)。
図2 哺乳類の胸椎と腰椎に見られる「ホメオティック変換」
カモノハシとキリンとカバの椎式のうち、頸椎(青)、胸椎(赤)、腰椎(紫)を模式図で示す。三者を比較すると、頸椎はいずれも7個だが、胸椎の数が多いカモノハシは腰椎の数が少なく、逆に胸椎の数が少ないキリンは腰椎の数が多い。また腰椎がキリンより少ないカバでは代わりに仙椎が多い。このような変化は、ある椎骨が別の領域の椎骨に変化する「ホメオティック変換」で説明でき、隣り合う領域の椎骨の数の和がほぼ一定になっていることから、「総数一定型制約」に分類される。このルールは頸椎が7個であることのように絶対的なものではなく、哺乳類全体で見た傾向であり(図3参照)、例えば腰椎と仙椎の合計数は10個程度が標準であるところ、カモノハシでは5個とやや少ない。本研究ではこのような全体的な傾向が広くどの動物種で見られるか、さらに他のパターンも見られないかを網羅的に探した。
図3 哺乳類の「総数一定型制約」と鳥類の「バランス型制約」
哺乳類では頸椎の数が7個にほぼ固定されていることはよく知られており、また胸椎と腰椎の数の和がほぼ19であるというルールも知られていた(図2およびグラフ①)。本研究ではさらに、腰椎の数が少ない種は仙椎の数が多く(グラフ②)、仙椎の数が少ない種は尾椎の数が多い(グラフ③)傾向があること、仙椎1個の増加は尾椎3個の減少に対応すること(仙椎数×3+尾椎数が一定、グラフ③)など、他の部分についても同様の定数型制約があることを発見した。一方鳥類では、「頸椎と胸椎の数の合計」と「腰椎と仙椎と尾椎の数の合計」が等しくなる「バランス型制約」が見つかった(グラフ④)。グラフ⑤は、「頸椎と胸椎の数の合計」から「腰椎と仙椎と尾椎の数の合計」の差を取ったもので、両者が等しければこの値は0になる。鳥類と哺乳類のさまざまな種でこのヒストグラムを取ると、鳥類(赤)は0付近に集中するのに対し、哺乳類はコウモリ(黒)を例外として負の値に広がっていることが分かる。
一方、鳥類では、哺乳類のような総数一定型制約は見られず、むしろ体の軸の中の前後の椎骨の数がほぼ等しくなるという、これまで知られていなかった「バランス型制約」の下にあることが分かりました。現生鳥類では、頸椎と胸椎の数の合計が、仙椎と尾椎の数の合計とほぼ等しくなっています(図3グラフ④、図4)。さらに、化石種の椎骨を解析したところ、このパターンは、非鳥類型恐竜[4]の中でも比較的現生鳥類に近い獣脚類に属するティラノサウルスには当てはまりませんでしたが、始祖鳥などの原始的な鳥類ではほぼ当てはまっており、これは進化の過程で鳥類が現れた初期から生じているパターンであることも分かりました。また、同様のパターンは哺乳類のコウモリにも見られるため、飛行という移動方法に適応するために、体の重心を一定に保つ必要性から生まれたパターンである可能性も示唆されました(図3グラフ⑤、図4)。
図4 現生鳥類、始祖鳥、コウモリに見られる「バランス型制約」
鳥類では頸椎と胸椎の数の合計が仙椎と尾椎の合計とほぼ一致しており、前後の数がバランスされている傾向にある。鳥類の祖先であるティラノサウルスなどの恐竜ではこのバランスが見られず、一方で始祖鳥ではこのバランスがほぼ満たされている。哺乳類では、ヒトと異なりコウモリがバランス型制約の傾向が見られた。なお鳥類の腰部は複合仙骨と呼ばれる癒合した骨から成る特殊な構造をしているが、発生学的には複合仙骨は腰椎と関連していると考えられている。本研究では鳥類の腰椎を0個とし、哺乳類との比較では、哺乳類の腰椎を仙椎の要素と見なした。
離れた領域の椎骨の数がバランスしているというパターンは他にも、四肢動物全体において頸椎と仙椎の数の間に見られました(図5)。このように離れた領域にある椎骨の数の間の正の相関は、隣接領域の境界を決定し、その前後で異なる形態を作るというホックス遺伝子の働きでは説明できません。実際、今回調査した範囲では、種ごとのホックス遺伝子や周辺のゲノム配列情報と椎骨の数の間には、明らかな関係が見つかりませんでした。このことは、脊椎動物の椎骨の数のような、重要で基本的な形態の情報に関してすら、ゲノム配列と形態の間の関係が単純なものではなく、今後さらに詳細な解析が必要であることを示しています。
図5 四肢動物に共通する頸椎と仙椎の数の「バランス型制約」
両生類、哺乳類、鳥類、爬虫類の系統樹と、頸椎と仙椎の数の関係を示すグラフを並べた。四肢動物全体にわたって、頸椎と仙椎の数がほぼ等しい傾向にある(哺乳類とカメ類を除き、頸椎と仙椎の数の差が、その和や和の分散に比べて著しく小さい)ことが分かる。
注1)我孫子市鳥の博物館
今後の期待
本研究成果は、動物の形態進化のメカニズム解明に貢献すると期待されます。特に、鳥類の「バランス型制約」は、生物種の分類や進化系統の推定にも役立つ可能性を秘めています。例えば、ある鳥類に近い生物種の化石が見つかった場合、それが鳥類に十分近いのか、それとも非鳥類型恐竜とすべきか判断する際に、椎骨の数が「バランス型制約」に従っているかどうかを指標として用いることができます。また、本研究で網羅的な調査により見つかった他のさまざまな制約についても、それらに従う生物種と従わない生物種を比較することで、進化の過程でそれらの制約がどのように獲得され、どのような役割を果たしてきたのかを明らかにすることができます。
また、本研究で開発された解析手法は、他の動物群にも応用可能であり、生物の進化史をより深く理解するための基盤となることが期待されます。さらに、ヒトを含む哺乳類においても、椎骨の形成に関わる遺伝子の変異が、側彎(そくわん)症[6]などの先天性疾患の原因となることが知られています。本研究で得られた知見は、これらの疾患の原因解明や治療法開発にも役立つ可能性があります。
補足説明
1.四肢動物
魚類を除いた脊椎動物の総称。四足動物ともいう。
2.進化的制約
進化は生物の機能や形態を多様化するが、それらの多様性は無制限ではなく、一定の制約や方向性が存在すること。哺乳類の首の長さにはさまざまな多様性があるが、頸椎の数がほぼ7個に限定されるのは進化的制約の例とされる。
3.ホックス遺伝子
ホックス(Hox)は、動物の前後軸に沿った領域特異的な構造の形成に関わる転写因子群。ホメオボックスと呼ばれるDNA結合ドメインをコードする共通配列を持つ10個程度の遺伝子が、染色体上に一列に並んでクラスターを形成している。多くの脊椎動物は、二度の全ゲノム重複の結果、A、B、C、Dという四つのクラスターを持ち、クラスターに含まれる個々のHox遺伝子は、クラスター内の位置によって1、2、3…13までの番号が付けられている。番号が若いHox遺伝子は体軸の前方に発現する傾向がある。ホックス遺伝子はショウジョウバエのホメオティック変異の原因遺伝子として最初に単離され、その後ほとんどの動物群に存在していることが分かった。
4.恐竜、非鳥類型恐竜
恐竜は、古典的な分類では白亜紀に絶滅した爬虫類の一群を指すが、現在では「現生鳥類とトリケラトプスの最後の共通祖先から分岐したすべての子孫種」と定義されることが多い。この定義では鳥類と恐竜は同じ分類群に属するが、鳥類以外の恐竜を特に区別したい場合、しばしば「非鳥類型恐竜(non-avian dinosaurs)」の用語が用いられる。
5.ホメオティック変換
ホメオティック変換(ホメオティック変異)は、遺伝子変異により体のある領域が(失われるのではなく)別の領域の構造に置き換わる現象のことで、これを引き起こすこと(ホメオティックボックス)からホックス遺伝子は名付けられた。脊椎動物のホメオティック変換では、例えばマウスでHox10遺伝子の機能が失われると、腰椎がすべて胸椎のような形に変化してしまうことが知られている。
6.側彎(そくわん)症
側彎とは、椎骨が横に曲がった状態。ヒトの椎骨は完全に真っ直ぐではないが、曲がりの角度が10度以上の場合は病的な状態(側彎症)とされる。
研究支援
本研究は、理化学研究所運営費交付金(理研白眉、生命機能科学研究)で実施し、理研BDR-大塚製薬連携センター(RBOC)かけはしプログラム、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「ゆらぎと応答の基本限界から探索する生体分子の設計原理(研究代表者:岡田康志)」、同基盤研究(B)「自己駆動する集団におけるカイラル輸送現象の研究(研究代表者:早田智也)」、同基盤研究(A)「細胞内構造を支えるヘテロポリマー間相互作用の網羅的解析(研究代表者:川口喬吾)」、理研新領域開拓課題「TADからゲノム構築原理を読み解く(領域代表者:古関明彦)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
Rory T Cerbus, Ichiro Hiratani, Kyogo Kawaguchi, “Homeotic and non-homeotic patterns in the tetrapod vertebral formula”, Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS), 10.1073/pnas.2411421121
発表者
理化学研究所
生命機能科学研究センター
生体非平衡物理学理研白眉研究チーム
理研白眉研究チームリーダー 川口 喬吾(カワグチ・キョウゴ)
(開拓研究本部 川口生体非平衡物理学理研白眉研究チーム 理研白眉研究チームリーダー、東京大学 大学院理学系研究科附属知の物理学研究センター 准教授)
研究員 ローリー・サーバス(Rory Cerbus)
(発生エピジェネティクス研究チーム 研究員)
発生エピジェネティクス研究チーム
チームリーダー 平谷 伊智朗(ヒラタニ・イチロウ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室