アタマをつかった紫外線対策~メダカは脳下垂体で紫外線を感じ、身体を黒くして紫外線を防ぐ~

ad

2025-01-07 東京大学

発表のポイント
  • メダカにおいて、脳下垂体の黒色素胞刺激ホルモン産生細胞が太陽光に含まれるUV光を直接受容し、ホルモンを放出し、強い太陽光下では体色を黒くすることでUV光に対する防御を強めることがわかりました。
  • 脳下垂体の内分泌細胞自体が光受容して直接ホルモン放出を引き起こす仕組みを持つことは今回初めて明らかになりました。
  • 魚類等の頭蓋が比較的透明な動物は、我々が想像する以上に、光を眼以外で感受することで環境適応していることが示唆され、生物の多くのユニークな現象の発見に繋がることが期待されます。
概要

東京大学大気海洋研究所の神田真司准教授と、岡山大学学術研究院医歯薬学域の佐藤恵太助教らによる研究グループは、東京大学大学院理学系研究科、京都大学、神戸薬科大学と共同で、メダカの脳下垂体のホルモン産生細胞が体外からのUV光を受けて、黒色素胞刺激ホルモン(MSH)(注1)を放出し、体表でのメラニン産生を促進することでUV光に対する防御を強化することを明らかにしました(図1)。

これまでも、眼以外の脳などの組織で光受容体遺伝子が発現していることは知られていましたが、本研究では、脳よりもさらに深い位置にある脳下垂体のホルモン産生細胞が機能的な光受容体を持ち、光を受容してホルモンを放出する仕組みを持つことを初めて明らかにしました。多くの先行研究では、それぞれの非視覚性光受容体(注2)が特定の波長の光を感じる意義は未解明でしたが、本研究成果は、脳下垂体でUV光(UV-A)を受容して体表のUV対策を強化する、という、波長の意味も説明された点などにおいてさまざまな新規性があります。この研究成果は、頭が比較的透明な生物では未知の光の利用経路が隠されていることを示唆し、今後の多くの発見に繋がることが期待されます。

アタマをつかった紫外線対策~メダカは脳下垂体で紫外線を感じ、身体を黒くして紫外線を防ぐ~
図1:メダカで見つかった、脳下垂体の光受容によるUV防御機構
メダカの脳下垂体が直接光を受容して、ホルモンを放出するという新規現象を発見した。UV光(UV-A)を含む太陽光はメダカの頭蓋を透過して脳下垂体(Pituitary)に到達する。その光をMSH産生細胞(Melanotroph)上の非視覚性光受容体Opn5mが受容して細胞内Ca2+を上昇させ、MSHの放出を引き起こす。放出されたMSHは体表においてメラニン産生を促進させることで、体色を黒くする(Melanogenesis)ということが明らかになった。この仕組みはUV光から体を防御することに役立つと考えられる。Reprinted with permission from Fukuda et al., Science (2025)

発表内容

我々脊椎動物は光を主に眼で感じていますが、近年の研究により、脳をはじめとする身体のさまざまな細胞に、非視覚性光受容体(非視覚性オプシン)と呼ばれる光センサーが存在し、眼以外で光を受容する仕組みを持つことがわかってきています。しかし、この多くの機能や存在意義はわかっていませんでした。本研究ではメダカを用い、ホルモン分泌器官である脳下垂体の中の、黒色素胞刺激ホルモン産生細胞がUV光(UV-A)に強く応答する現象を発見し、細胞上の光受容体を介したUV光受容が、身体を黒くするホルモンを放出させる一連のメカニズムを示しました。すなわち、単純に体表の日焼けではなく、脳下垂体が受け取った光の強さに応じて、体色を調節している、という新しい仕組みが見つかりました。

本現象発見のきっかけは、脳下垂体の黒色素胞刺激ホルモン(MSH)産生細胞の放出動態を解析するために、Ca2+イメージング実験(注3)を行ったところ、特に刺激を与えていないのにも関わらず、観察時の青色励起光に応答して細胞内Ca2+濃度が上がっていくことを偶然見つけたことでした。内分泌細胞にとっての細胞内Ca2+濃度の上昇は、ホルモンの放出を示唆するため、MSH産生細胞はこの励起光を感知してホルモン放出を起こしているのではないか、という作業仮説を立てて、さまざまな角度から解析を行いました。そうしたところ、MSH産生細胞が非視覚性光受容体の一種であるOpn5mを発現しており、UV光(365nm)に特に強い応答を示すことがわかりました(図2)。また、質量分析により、放出されるホルモンの定量を行ったところ、UV光を照射すると実際にMSHホルモンの放出が促進されていることがわかりました。これら一連の細胞・組織レベルでの解析により、MSH産生細胞は内分泌細胞でありながらUV光を浴びるとホルモンを放出する自律的な仕組みを持つことが明らかになりました。


図2:メダカ脳下垂体MSH産生細胞のCa2+イメージング
A.脳下垂体の黒色素胞刺激ホルモン産生細胞(melano)が、短波長光を直接受容して細胞内Ca2+を上昇させる。Ca2+はホルモン放出を引き起こす。副腎皮質刺激ホルモン産生細胞(cortico)では、この応答は見られず、黒色素胞刺激ホルモン産生細胞特異的な現象である。スケールバー、50µm。
B.さまざまな波長の光の効果を解析したところ、短波長光(特にUV-A光、波長365nm)を直接受容してホルモン放出する仕組みをもつことが明らかとなった。縦軸はGCaMP蛍光強度を表す。
C.この光応答は光受容分子opn5mをノックアウトしたメダカ(下段, opn5m-/-)では見られなくなったことから、Opn5mが光受容の鍵となる分子であることが明らかとなった。スケールバー、50µm。
Reprinted with permission from Fukuda et al., Science (2025)


次に、この現象が個体レベルでどういった生物学的意義をもつのか調べるため、opn5mをノックアウトした個体を用い、UV光を含む光環境で飼育しました。その結果、opn5mノックアウトメダカの表皮では、メラニン合成に関わるチロシナーゼ遺伝子の発現が低く、体表の光の透過性が野生型に対して上昇している、すなわち、メラニンの体表への蓄積が少ない、ということがわかりました(図3)。したがって、MSH産生細胞のOpn5mがUV光を感知し、身体を黒くしてUV光に対する防御を強めている、ということがわかりました。これらの実験は太陽光よりも弱い光で行ったため、自然の太陽光の下でもこのメカニズムは働いていると考えられます。この一連の仕組みによって、体色が黒くなってくると、その分UV光が脳下垂体に届きにくくなるため、この仕組みは働きにくくなると考えられます。すなわち、この仕組み自体がフィードバック機構になっており、体のサイズ(透過度)や環境光に応じた最適な体色の黒さに落ち着いてくると示唆されます。


図3:UV光受容分子Opn5mを機能喪失したメダカの体色
UV光受容分子であるopn5mをノックアウトしたメダカは、野生型に比べてA.体表のチロシナーゼ遺伝子発現量とB.体色の不透明度(身体の遮光性)が共に低いことが明らかになった。これは、野生型において、脳下垂体のMSH産生細胞に発現するOpn5mが体外のUV光を感知して、体色を黒くするホルモンMSHを放出することで、表皮におけるチロシナーゼ遺伝子発現を上昇させ、メラニン産生を促進させた結果であると考えられる。Reprinted with permission from Fukuda et al., Science (2025)


本研究は、脳下垂体のホルモン産生細胞において光受容によってホルモン分泌を促進するという機能を持つことを初めて示し、非視覚性光受容体の新しい可能性を明らかにしました。また、これまであらゆる非視覚性光受容体において、特定の波長に感受性を持つ意味がほとんど説明されてきませんでしたが、本現象は特定の波長(UV)に吸収特性を持つ意義(UV光からの防御)が示された非常に希有な事例です。また、脳下垂体はこれまで視床下部の強い制御下にあると考えられてきましたが、今回の発見は、身体の外部の情報を直接受容してホルモン放出を行うという、脳下垂体の独立した機能を新たに明らかにしました。

今回の発見の鍵となる技術はCa2+イメージングという技術で、ミリ秒単位でのホルモン放出を間接的に観察出来ます。しかし、蛍光を利用するに励起光照射をともなう観察となるため、光受容の機能の解析にはほとんど用いられてきませんでした。今回、蛍光観察と光刺激のタイミングをずらすというちょっとした工夫を施すことで、この問題を回避して解析を行いました。この研究成果は、頭が比較的透明な生物では、未知の光の利用経路が眠っていることを示唆すると共に、ホルモン放出の光制御技術への応用も期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学
大気海洋研究所
神田 真司 准教授 兼:大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授
藤森 千加 研究当時:特任研究員
現:北海道大学 大学院理学研究院 助教

大学院理学系研究科
福田 彩華 研究当時:博士課程/日本学術振興会特別研究員
現:自然科学研究機構 基礎生物学研究所 特任助教
馬谷 千恵 研究当時:助教
現:東京農工大学 大学院農学研究院 助教

岡山大学学術研究院医歯薬学域
佐藤 恵太 助教
大内 淑代 教授

京都大学理学研究科
山下 高廣 講師

神戸薬科大学薬学部
竹内 敦子 研究当時:准教授
現:神戸常盤大学 特命教授

論文情報

雑誌名:Science
題 名:Direct photoreception by pituitary endocrine cells regulates hormone release and pigmentation
著者名:Ayaka Fukuda, Keita Sato, Chika Fujimori, Takahiro Yamashita, Atsuko Takeuchi, Hideyo Ohuchi, Chie Umatani, Shinji Kanda*
DOI:10.1126/science.adj9687
URL:https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj9687

研究助成

本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:JP22J11967, JP22KJ0833)」、科研費「挑戦的萌芽研究(課題番号:24657050)」、「挑戦的研究(萌芽)(課題番号:18K19323)」、「新学術領域研究(公募研究)(課題番号:18H04881)」、「基盤研究(B)(課題番号:23H02306)」、「基盤研究(C)(課題番号:20K08885、23K05850)」、日本応用酵素協会 The Medical Frontier Conferenceに関する研究助成、笹川科学研究助成、三菱財団 自然科学研究助成、加藤記念バイオサイエンス振興財団 研究助成、住友財団 基礎科学研究助成の支援により実施されました。

用語解説
(注1)黒色素胞刺激ホルモン(MSH)
脳下垂体から放出されるホルモンで、体表の黒色素胞上に発現する受容体に作用し、体色の黒化に関わる。黒色素胞において、色素顆粒を拡散させたり、メラニン合成を活性化させるといわれてきたが、今回メダカで顕著に見られたのは、メラニン合成の活性化経路の賦活であった。
(注2)非視覚性光受容体
我々の視覚ではオプシンファミリーに属する光受容体が網膜で光を感じている。オプシンファミリーの遺伝子は網膜の外でも発現しており、これらは非視覚性光受容体と呼ばれるが、その多くの機能は未知である。
(注3)Ca2+イメージング
Ca2+が結合すると蛍光強度が変化する分子を用い、その蛍光を経時的に写真として撮ることにより、細胞内のCa2+濃度をリアルタイムで計測する技術。GFPを改変したGCaMPなどがそのプローブとして用いられている。
問合せ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生命科学部門
准教授 神田 真司(かんだ しんじ)

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました